11 初依頼
定期報告を終えて辺境伯の館から戻るなり、私の下へエミリアがやってきた。
「副ギルドマスター、帰って早々申し訳ありません。大切なお話があります」
いつも冷静なエミリアが慌てた様子で要件を告げようとする。少し声が弾んでいることから判断すると、どうやら良い報告らしいが……まさか結婚のため退職するとか……それはないか。
「実は……」
「……魔導士! ……さらに女神アリューシャ様の加護だとっ!?」
ここまで衝撃を受けたのは私の人生でも初めてのことだ……いや、私の美しい妻に一目惚れをした時以来のことだろうか。
「そ、それは間違いのないことなのだな」
エミリアは優秀な受付嬢であり、誤った報告をすることはないと分かってはいたが、確認せずにはいられなかった。女神様の加護とはそれほど重大なことなのだ。
「はい、間違いありません。また、冒険者としての実力も申し分ありません」
「直接彼に会って話を聞きたいな。いや聞くべきだな」
「彼にはまだ冒険者ランクを伝えていません。明日の朝に面談の場を設定しています。こちらに出向いていただけるということです」
「さすがだな、助かるよ。よし、さっそく彼のギルドカードを緑色で作製してくれ」
「D級ですか!? はい! かしこまりました」
翌朝、約束通りに彼はやってきた。そして彼を見た瞬間、私の体に震えが走った。元B級冒険者の私が震えを覚えたのはいつ以来のことか……そう、私の美しい妻から妊娠したという報告を受けて以来のことだろうか。
イオリと名乗った少年はこの世界にはめずらしい黒髪・黒目で、中性的な顔立ちをしていた。彼が実力のある冒険者だと紹介されても、信じる者は少ないだろう。だが、彼の華奢に見える身体の中に、とてつもない力が秘められているのを感じることができた。
「……は? 自由に……生きろ?」
私は間抜けな声を出してしまっていた。まさか神託がそんな内容だとは思っていなかったのだ。私がこのような声を出したのはいつが最後だったか……そう、私の可愛い娘に「もうパパとはチューしない」と言われたとき以来のことだろうか。
神託といえば「王国を救うために英雄が……」とか「魔人族に魔王が誕生して……」というようなものを想像していた。もしそうであれば、すぐにでも辺境伯を通じて国王に報告すべきなのだが、女神様の考えることはよく分からない。
ともかく、この面談でイオリ君の誠実さを実感することができた。私には天使アナフィエル様の加護があり“看破”のスキルを用いることができる。これは相手の噓を見抜くスキルだが、条件として相手の身体に一度触れる必要がある。また、かなりの魔力が必要で、私の魔力量で使えるのは1日に2回程度が限界である。
私の問いかけに対して、彼が嘘偽りを語っていないことは明らかだった。彼にはこの街で自由に冒険者をやってもらうのが良いだろう。人族の母たる女神様の神託を無視するわけにはいかない。さて、辺境伯にはどう報告したものか……
「副ギルドマスター、“看破”の結果はいかがでしたか?」
「信頼に足る人物のようだ」
「そうでしたか! ありがとうございます」
「おや、どうしてエミリアがお礼を言うのかな?」
「えっ、あっ、その……すいません」
エミリアが恥ずかしそうに下を向く。これまで何人もの冒険者に誘いを受けても断り続けた“鉄壁のエミリア嬢”に、ようやく春が来たのだと感じて私は嬉しくなった。
◇◇◇
「おすすめはありませんか?」
「もう、イオリ様。ここは居酒屋じゃないんですから。ふふふ……」
副ギルドマスターと面談をした翌日、僕は冒険者ギルドで初依頼に挑戦しようとしていた。そこでエミリアさんに何かおすすめの依頼がないか聞いたところ、さっきのように笑われてしまった。
「ええっと……そうですね、こちらなんかはいかがでしょうか? ここから真西にある“ヴェステン村”付近でシルバーウルフが多数目撃されています」
エミリアさんから1枚の依頼書を受け取る。そこには「D級依頼シルバーウルフ討伐」と書かれていた。期限は6日以内。最低でもシルバーウルフを5匹討伐すること。報酬は銀貨8枚となっている。
エミリアさんの説明によると、依頼にはランク・期限・報酬などが定められていて、期限を過ぎるなど失敗すれば当然報酬は受け取れず、逆に報酬の2割を冒険者ギルドへ支払わなければならないということだった。つまり、今回の依頼に失敗すれば、銀貨1枚に銅貨6枚の罰金ということだ。
こうすることで、冒険者の無謀な受注や無責任な依頼放棄を防げるということだった。なるほどよく練られたシステムである。
「じゃあ、この依頼を受けようかな」
「イオリ様の実力ならば十分に対応できると思います。ただし、シルバーウルフは群れで行動することが多く、連携して狩りをする魔物ですのでその点にご注意ください」
「うん、ありがとう。じゃあ、行ってきます」
「はい、お気をつけて。いってらっしゃいませイオリ様」
初めての依頼に高揚感を覚えながら、僕はシルバーウルフの討伐に向かったのだった。
◇◇◇
「エミリア~、今の男の子がイオリ君? エミリアのお気に入りでしょ?」
「そ、そんなことありません!」
エミリアに軽口を叩くのは同じ受付嬢のニーナだ。人族の国においてはめずらしい獣人族の女性で、より正確に言えば猫獣人に分類される。ピンクの髪をショートボブにしており、頭に猫耳がかわいらしくついている。身長はエミリアより少し低く胸もやや小さいが、すらりとした体型と愛らしい顔立ちをしている。そのため、冒険者ギルド(領都オルデンシュタイン支部)において、男性冒険者の人気をエミリアと分け合っていた。
「またまた~、そんなに否定しにゃくてもいいじゃん」
「事実です!」
「お堅いエミリアちゃんに春が来て、うちは嬉しいにゃよ~」
「もう、ニーナ! 真面目に仕事をしなさい!」
「そんなこと言うと、うちがイオリ君をもらっちゃうにゃ~」
「そ、それはダメです! イオリ様はまだ15歳ですよ!」
「15歳はもうほとんど大人にゃよ~。エミリアのこの武器を使えばイオリ君も……」
そう言いながらニーナはエミリアの後ろから抱き着き、両手でわしわしと胸を揉む。
「ちょ、ちょっと止めなさい! ニーナ!」
「はぁ~、やっぱりエミリアの胸は最高だにゃあ」
この二人はこれから先イオリを巡って何度も火花を散らすことになるのだが、やがてそれはこの冒険者ギルドの様式美の一つとなるのだった。
◇◇◇
昨日の午後、僕はレッドムーンベアを倒して得たお金で装備を整えた。とはいっても、布製の服の上に胸部を保護する金属製の部分鎧を着て、下半身は厚手のズボンにロングブーツを履いている程度だ。まだお金がないので最低限度の装備だ。もちろん≪ストレージ≫の中にはたくさんの魔物が眠っているが、目立ちたくないので小出しにするつもりだ。
早速僕は西門から街の外へ出て“ヴェステン村”を目指すことにした。依頼書によるとここから村までは歩いて2時間程の距離にあるそうだ。馬車を使うほどの距離ではなく、お金の節約も兼ねて簡単な地図を見ながら徒歩で村を目指すことにした。
「この討伐依頼が成功したら、皮手袋とフード付きマントが欲しいなぁ」
「取らぬ兎の皮算用よ、伊織」
「狸じゃなくて?」
「どうして狸が出てくるのよ。兎に決まってるでしょ!」
僕のいた世界とこの異世界はとても似ている部分が多いが、今のことわざのように微妙に異なる部分もある。この異世界では1日は24時間、1週間は6日で1ヵ月は60日、1年は6ヵ月で360日だ。
季節は春夏秋冬がある。月の名前は木の月、風の月、水の月、火の月、土の月、光の月とされている。現在は『女神暦2041年、風の月51日、季節は春』である。
「はい、お気をつけて。いってらっしゃいませイオリ様……ですって!」
「結構似てるね……ははは」
「あの眼鏡女、完全に伊織に惚れてるわよ」
「そんなことないよ。まだ出会ったばかりじゃないか」
「魔導士はこの世界では超優良物件よ! それに、伊織は自分の顔が凶器だということを自覚しなさい!」
「凶器ってそんな……あ、僕はアリューシャの物真似ができるよ」
「な、なにを言っているのよ……」
「人の子よ、座りなさい……」
「ちょ、やめてー!!」
こんなお馬鹿な会話をしながら村を目指して歩いていると、やがて目的の村らしきものが見えてきた。
「ようやく着いたわね。歩き疲れたわ……そろそろ昼食にしない?」
「アリューシャは浮いてるじゃないか」
「むう……宙に浮くのも大変なの! ……って、村の様子が変じゃない?」
「村に火の手が上がっている!? 急ごう!!」
僕は全力で走って村へ向かった。村人の怒声や悲鳴に加えて、獣の唸り声がだんだんと大きく聞こえてくる。
「あれは……シルバーウルフ!!」
「20匹はいるわよ! 伊織、気合を入れなさい!」
僕は頷くと≪ストレージ≫から慈愛のナイフを取り出し、村の中へ飛び込んでいった。




