40 全滅
体躯は3m50cmほどでしょうか。
耐火素材で作られた学院の制服を一瞬で焼き尽くす炎はとてつもない熱量で、この魔物が尋常でない力を秘めていることは確実でした。
「ゲルハルディ、ラヴィニア!! すぐに迎撃態勢をとれ!!」
”断金の契り”の3人がすぐに各々の武器を手に炎の魔物に立ち向かいます。
「俺が一撃で決める!!」
生半可な攻撃が通じないことを瞬時に悟ったのか、ミゲル様は他の2人に時間を稼ぐよう命じました。
「おう!」
「まかせて!!」
その意図を察知した2人は魔物の注意を引き付けるように立ち回ります。一方、ミゲル様は体勢を低くして剣を構えると、目を閉じて何事かを呟きながら意識を集中させ始めました。
A級冒険者が3人もいるのだから大丈夫だろう、という私の考えはやはり間違ったものでした。
「ぐああああああ!!」
魔物の左腕がゲルハルディ様の胸を貫き、あっという間に炎に包まれた彼は絶命します。
残されたのは彼が手にしていた重厚な槍だけでした。
「そんな……」
その様子を見て身体を一瞬硬直させたラヴィニア様の顔めがけて魔物の右手が迫ります。
「し、しまっ――きゃああああぁぁ!!」
顔面をつかまれたラヴィニア様の体も一瞬にして燃え上がり、国内最高峰と謳われるA級冒険者パーティーがあっけなく壊滅してしまいました。
情けないことに、私はその凄惨な光景に足を震わせることしかできません。
「ゲルハルディ、ラヴィニア!! お前たちの死は決して無駄にはせんぞ!!」
そう叫んだミゲル様が剣を縦に構え、鋒矢のような勢いで魔物に突っ込みます。
「くたばれ化け物っ――”神煌斬”!!」
ミゲル様が魔物を斬りつけるその瞬間、彼の剣が煌々と光り輝き、何倍もの大きさに膨張したように見えます。
(これは……ミゲル様のスキル!?)
その巨大な光の剣が魔物の身体に吸い込まれ、これで勝負は決したかのように思えました。
しかし、結果は無残にも私の期待を裏切るものでした。
「き、傷一つ……あ、与えられぬか。女神アリューシャ様……どうか、人間族をお救い……」
そう言った所でミゲル様は倒れ、次の瞬間、彼の全身もまた炎に包まれて黒焦げとなりました。
ミゲル様の言葉通り、彼の渾身の一撃でさえ魔物はほとんどダメージを受けていないように見えます。
「グオオオオオオォォォ!!」
獲物を仕留めて興奮しているのか、炎の魔物は両手を広げて咆哮していました。
(A級パーティーが一瞬で全滅するだなんて……)
これで、炎の魔物の眼前には私とグスタフだけが取り残されることとなりました。
(悔しいけれど、これが私の最期になるのですわね……それでも!!)
死ぬ覚悟を決める一方で、私は命尽きるまで全力で抵抗しようと決心したのでした。
◇◇◇
「私が時間を稼ぎますわ。すぐにお逃げになって!!」
私の言葉にグスタフは何の反応も示しませんでした。
「早くお逃げなさい!!」
ようやく私の声が届いたのか、グスタフはびくりと体を震わせました。
「い、いやだ! お前が逃げて助けを呼んで来い!!」
顔を蒼白にしながらグスタフは声を絞り出しています。
「逃げなければ死にますわよ?」
「女に助けられるくらいなら死んだ方がましだ!!」
ぞんざいな返答に呆れつつも、私はほんの少しだけですが彼への評価を上方修正しました。
「あの炎の魔物はおそらくグルズウィードですわ」
「グルズウィード? 弱点はあるのか?」
「書物によれば水魔法が有効なのだそうですが……」
かつて何人もの討伐隊が犠牲となり、最終的には魔法で封印せざるをえなかった怪物。
「当時の実力者たちが束になってもかなわなかった……ましてや今の人間族にとっては災害級と言える存在ですわね」
私の絶望的な話を耳にして、グスタフはますます顔を青くしていました。
「あなたの加護は何でして?」
「光の精霊ウィスプだ」
「……私は火の精霊サラマンダー様ですわ」
一瞬、沈黙が流れました。
獄炎を身に纏うこの怪物にダメージを与えるには、書物にあるように水魔法が最適であることは間違いありません。
水の精霊ウンディーネ様の加護のない私たちでは、この魔物を倒せる可能性が限りなく低いことは明らかでした。
「水魔法は使えますの?」
「いや、練習したことすらない。お前はどうなのだ?」
「使えます……ですが、一番苦手な魔法ですわ」
「だが、奴を倒すにはそれに賭けるしかない。普通の攻撃が通用しないのは明らかだ」
ゆっくりと作戦を考えたい所でしたが、グルズウィードはそれを許してはくれませんでした。
「長期戦は不利ですわ!!」
「分かっている!!」
グルズウィードが両手をこちらに向け、手のひらに魔力を集中させ始めました。
私もそれに対抗し、急いで魔法の詠唱を始めます。
「水の精霊ウンディーネよ……」
グルズウィードがこちらを見て笑ったような気がしました。そして次の瞬間、怪物の両手から紅蓮の炎が放たれました。
「くっ……≪ファイアランス!!≫」
「なっ!? 火魔法だと!? お前、水魔法を詠唱していたはずでは……」
隣で驚くグスタフと目が合い、彼は私の意図を瞬時に理解したように思えました。
私は大得意な火魔法ならば無詠唱で発動できます。しかし、苦手な水魔法の発動には詠唱の時間と大量の魔力が必要でした。
グルズウィードの放った炎と私の炎の魔法が衝突します。
押し切られないよう私は必死に炎に魔力を注ぎ、その一方で水魔法の詠唱も続けなければなりません。
「――我が魔素を糧にして、氷霜より紡がれる真槍を顕現せしめたまえ……」
ぶつかり合った炎はしばらく均衡状態が続き、大きな衝撃音を残してお互いの魔法が相殺されました。
(今ですわ!!)
その瞬間、私は必死に足を動かしグルズウィードに接近を試みました。
「ガアアッ!!」
それに気づいた怪物が左腕を振り上げ、私に向かってそれを叩きつけようとします。
(くっ、間に合いませんわ!!)
私が死を覚悟したその時、頭上より何本もの光の矢が降り注ぎ、グルズウィードの足元を次々と射抜きました。
地面が大きく抉られ、怪物はバランスを崩して私は一命を取り留めました。
(お見事ですわ!!)
私は心の中でグスタフに喝采を送りながら、すぐに意識を右手の杖に集中させました。
予定通り、私の握る杖の先端はキラキラと紺碧に輝いています。
「食らうがいいですわっ!! ≪アイスランス!!≫」
私が全身に猛烈な脱力を感じるのと引き換えに、冷気を纏った巨大な氷の槍が飛び出します。
「ギギギッ!?」
突然のことに奇声を上げて驚くグルズウィードでしたが、それを無視するかのように氷の槍が至近距離の顔面めがけて吸い込まれていきます。
「グギガアァァーー!!」
醜い断末魔を残して、氷の槍は炎の怪物の頭部を完全に打ち抜いたのでした。




