39 最深部
「いけっ! ≪ファイアボール!!≫」
べルティーナ王女殿下の持つ杖から火球が次々と放たれ、低級の魔物たちが悲鳴を残しながら消し炭となっていく。
予想だにしない衝撃の光景に私は言葉を失っていた。
(これでEクラス? 信じられない!?)
王女殿下の魔法は洗練さに欠けるが威力は申し分なく、私がA級冒険家としてこれまでに目にしてきた一流の魔法と何ら遜色のないものに見えた。
(ただのお飾りの少女ではないというわけか……)
王国軍直属の魔導士にも、このレベルの魔法を使いこなせる者は何人といないだろう。
そして驚くべきは王女殿下の魔力量の凄まじさだ。あれだけ魔法を連発していながら魔力切れの兆候はなく、マナポーションに手を伸ばそうともしない。
彼女のペアの黒髪の少年は一切手出しすることなく、戦う様子を少し離れたところから眺めているだけだった。
私はこれまでの王女殿下に対する認識を改めさせられることになった。彼女はこの試験に挑戦するだけの実力を確かに持ち合わせているのだ。
「ここで少し休憩をしませんか?」
少年の声かけに頷いた王女殿下が腰を下ろしたので、私はさっそく質問することにした。
「君の魔法は学院の中でも上位に位置するはずだけど、どうしてEクラスに在籍しているのかな?」
王女殿下に対する言葉遣いではない、ということは分かっているけどこれが私のやり方だ。
実力主義の世界で生きてきた私には、身分や礼儀作法などどうでもいいことだ。
「魔法は……最近までほとんど使えなかったのよ」
「ええっ!?」
私の質問に王女殿下は気分を害した風もなくさらりと答える。けれど、その返答は別の意味で私を驚かせるには十分だった。
「最近までって……それじゃあ短期間であれだけの魔法を!?」
「師が優秀なのよ」
そう言って王女殿下はクスクスと笑った。
「Eクラスの担任の先生って、ええっと……」
「イルメラ先生のことじゃないわ。ふふっ、私の魔法の師は彼よ」
そう言って微笑を浮かべたまま王女殿下は地図を見ている黒髪の少年を指し示した。
「彼が……魔法の先生!?」
王女殿下はウンウンと頷いているが、少年の方は何の反応も示さず地図に目を落としたままである。
(嘘でないのならば、この少年の能力は王女殿下以上と考えるべきか)
私は俄然この黒髪の少年に興味を引かれた。
(見目が良いだけでなく実力も申し分なし。ふふふっ、これは何としでも”あーしのモノ”にしないといけないなぁ)
もう何年も経験していない湧き上がる興奮を覚え、私はブルブルと何度も身体を震わせたのだった。
◇◇◇
「どうやら私たちが一番乗りのようですわ」
「当然のことだ、俺様が……いや、私があんな連中に負けるはずがない」
坑道の最深部はかなりの広さがありました。一番奥に祭壇のようなものが設置されていて、そのすぐ近くの机上に4枚の木札が並べられています。
グスタフが札を1枚手に取り得意気に胸ポケットに収めました。
「それにしてもこの祭壇、何だか気味が悪いな」
グスタフはなかなかの魔法適性を持っている生徒でした。
彼の光魔法は魔力の制御がほぼ完璧で、流れるように放たれる光の矢は一流と評して良いものです。
(ですが、実力はあのお方の足元にも及びませんわね)
性格も狭量な所が見え隠れし、男性としての器もあのお方には遠く及びません。
(ここまでにしましょう。イオリ様を他の男性と比較することすら失礼ですわ)
この坑道のどこかで王女殿下とともにいる彼を思い、私は少し胸が締め付けられる思いがしました。
「流石はSクラスというわけだ」
私の思考を断つようにぼそりと呟いたのは、”断金の契り”のリーダーのミゲル様でした。
Sクラスに「子守など必要ない」という意見で一致した私とグスタフは、ミゲル様を置き去りにするため様々な算段を試みました。
例えば、あえて魔物を彼の方に誘導したり、隙を見て姿を隠したりしましたが、いつの間にかこの男は私たちの傍にいるのでした。
「ミゲル様こそ、流石はA級の冒険者ですわね」
私の賞賛の言葉に、彼はフンッと不服そうに鼻を鳴らしただけでした。
「おい、さっさと出口に向かうぞ!」
そう言い残すとグスタフが早足で歩き始めますが、なぜかすぐに足を止めました。
「ちっ、もう来やがったか」
グスタフの言葉の通り、遠くに見えるのはAクラスの受験者4名。そしてサポート役の”断金の契り”のメンバーでした。
つまり、イオリ様たちをのぞくすべての生徒がほぼ同時に最深部へ到着したことになります。
「へへっ、俺たちの合格は間違いないな」
「あーら、Sクラスも大したことないわね」
鉱山の攻略速度が私たちと大差ないことに安心をしたのか、Aクラスの方々は軽口を叩いていました。
一方、ミゲル様たち”断金の契り”のメンバーも情報を交換しています。
「ゲルハルディ、ラヴィニア、異常はないか?」
「ああ、何も問題ない」
「こちらは異常なしだよ」
槍を手にした筋肉質の大男がゲルハルディ様、そして両手にナイフを握る小柄な女性がラヴィニア様のようです。
一方、Aクラスの方々は賑やかに会話をしながら奥に進み、さっそく机上の木札に手を伸ばしています。
「おっと、最後に残った1枚は王女殿下たちの分かな?」
「ふふふっ、それ、捨てちゃっていいんじゃないの?」
「Eクラスがここまでたどり着くことなんてありえないさ」
「あははっ、それもそうね!」
愚にもつかない彼らの会話が耳に届くのを煩わしく思い、私は早々にこの場を去ろうとしました。
「きゃぁぁぁぁ!!」
突然Aクラスの女子生徒が大きな声叫び声をあげました。
それも無理はありません。
なぜなら彼女の隣にいたペアの男子生徒が一瞬にして炭化し、両足を残して崩れ落ちたからです。
「ひいいぃぃぃ!!」
「うわあぁぁぁ!!」
ガタガタと震えていた彼女たちも次の瞬間には炎に包まれ、気付けばAクラスの生徒4人は一瞬にして全滅していました。
そして呆気にとられる私たちの眼前に、真っ赤な炎を全身に纏った人型の魔物があらわれたのでした。




