38 A級冒険者コリンナ
「あーしの名前はコリンナ、よろしく~」
気さくに挨拶するのは僕らの担当となった”断金の契り”の女性冒険家だった。
Sクラス昇格試験に参加する各ペアには、A級冒険者がサポートにつく。特に今回は王女殿下が挑戦するため、彼女に万一のことがないように手配されたものだろう。
クロスボウを背負う小柄なこの女性は、まるで猫を思わせるような顔立ちに、愛くるしい笑みを浮かべながら日に焼けた手を僕に差し出した。
(しばらく会っていないけれど、”紅の乙女”のみんなは元気にしているだろうか?)
コリンナさんにリーリカに似た雰囲気を感じ、僕は彼女たちが今どうしているのか思いを馳せた。
「ボーっとしてどうしたの?」
われに返り慌てて握手をするが、コリンナさんは握った僕の手をなかなか離してくれなかった。
「へぇ~、人間の男でこんな優男は久しぶりに見たよ」
興味深そうな表情でコリンナさんは手を握りしめたまま僕に顔を近づける。
「不躾なお願いをさせてもらうけど、一晩だけでいいからあーしに付き合ってもらえない?」
本当に無作法なお願いだったが、それを無邪気に行えるところが彼女の魅力の一つなのだろう。
「お気持ちはうれしいのですがお断りします」
「嘘っ!?」
コリンナさんは飾ることなく驚いていた。
確かに彼女は愛くるしい顔立ちと健康的な美しい体躯をしており、親しみの持てる性格は多くの男性を魅了するはずである。
さらに彼女はA級パーティーに所属する冒険家であり、その財産も巨額であることが想像できる。そんなコリンナさんとお近づきになりたい男性は山ほどいるのだろう。
「誘いを断られたのは久しぶりだねぇ。ますます君に興味が出てきたよ~」
そう言って彼女はケラケラと笑うが、「余計な話はそこまでよ」という王女殿下の一言に、コリンナさんは露骨に不服そうな顔をしながらしぶしぶ従った。
「現時刻をもってSクラス昇格試験を開始する!!」
先生が試験開始を高らかに宣言した。それを合図に、各ペアはそれぞれの経路で坑道最深部を目指し始めたのだった。
◇◇◇
(面倒だなぁ~、サボりたいなぁ~)
魔導学院の生徒の子守をするという依頼に対し、私が最初に抱いた感想がそれだ。
断固反対したかったのだが、リーダーのミゲルが乗り気であり、さらに私のもとに1通の手紙が届いたのだから従うしかなかった。
『王女殿下を坑道最深部まで丁重にご案内せよ』
手紙の送り主はブルーノ伯爵だった。上級貴族である彼は、私たちが懇意にしている個人依頼主の一人だ。
(なるほどね。そうまでして王女殿下を試験に合格させたいわけだ)
王女殿下が王位をめぐってレイノルド侯爵と対立していることは公然の事実だ。
ブルーノ伯爵の意図になど興味はないが、魔導学院のSクラスというステータスは王女殿下の王位継承に利点となるのは確かだろう。
(魔導学院ねぇ……ほんっと下らない)
魔導学院の生徒といえば、少し魔法が使えるだけの良家の御曹司や令嬢が大半だ。
知識先行型で実戦経験に乏しく、ちょっと強い敵を目前にするとガタガタと震えて何の役にも立たない。
当然だが”断金の契り”には軟弱な魔導士など一人もいない。全員が努力して己の身体を鍛え、命を懸けてA級まで昇り詰めたのだ。
貧しい家庭に生まれた私は毎日が死と隣り合わせで、これまでに魔物に襲われ死を覚悟したことは何度もあったし、男たちに囲まれて気絶するまで犯されたこともあった。
だからこそ、ぬるま湯の中で大きな顔をしている魔導学院の生徒など、唾棄すべき存在の一つだった。
そして、Eクラスという最下層にいながら、王女の特権で昇格試験を受けようというこの女も軽蔑の対象でしかない。
さらにはブルーノ伯爵まで動かし、姑息な手段でSクラスに昇格しようというのだから論外だった。
(その澄ました綺麗な顔が歪む所がもうすぐ見られるかな?)
ハニエム鉱山の坑道には強力な魔物はいない。しかし相当数いるのが厄介で、油断すれば囲まれて一流の冒険者でも命を落とす。
だから、そんなことにならないように今回は”断金の契り”が子守をさせられるのだ。
(上流階級の道楽に付き合わされるあーしの身にもなってほしいよ)
この女が無様に泣き叫ぶ様を想像しながら、私は漫然と2人の後をついていく。
(おしり……美味しそうだなぁ。この少年の名前は何だったっけ? まぁ、そんなのどうでもいいや)
嫌々の仕事になったけれど、思いがけない収穫もあった。それが私の眼前を歩く美少年の存在だ。
この世界では珍しい黒髪に黒い瞳をしていて、中性的な整った顔立ちに少し大人びて見える可憐な少年。
(王女殿下の付き人か……いや、これほどの上玉なら情夫かもしれないな)
王女殿下ともなれば夜の相手は選びたい放題だろう。うらやましく思う一方、私は魅力的な妄想を拡大させる。
(んふふふっ、あーしが彼を凌辱したらどんな表情で喘ぐのかなぁ?)
少年の蕩けるような表情を想像すると、じんわりと身体の奥が熱くなる。私は舌なめずりをしながら、王女殿下の泣き顔と少年のあられもない姿を想像しながら歩き続けた。
(ふふふっ、子守の駄賃として少年はあーしの玩具になってもらうね~)
当然だが王女殿下のことはブルーノ伯爵との契約もあるので保護はする。けれども、この黒髪の少年については特に何も指示されていない。
私は道具袋から痺れ薬を取り出し、こっそりとポーションの瓶に注ぎ込んだ。
(魔物にやられて怪我をしたら、このポーションをプレゼントしてあげるからね)
しかし、そんな私の考えを吹き飛ばすような光景をこの直後に目にすることになるのだった。




