37 Sクラス昇格試験
早朝、魔導学院の制服に身を包んだ僕と王女殿下はハニエム鉱山の坑道入口にいた。
ここにいるのは僕たち受験者と試験官だけではなかった。他にも同様の格好をした若者がたくさん集まっていて、僕たちを離れた場所から見物しているようだった。
彼らは昇格試験への挑戦者というわけではく、ただの野次馬の集団だった。やはり王女殿下(Eクラス)の飛び級での昇格試験は好奇心をそそるのだろう。
ここにアリューシャがいれば間違いなく辛辣な表現で彼らを罵ったはずである。彼女には引き続きヨゼフィーヌの警護をお願いしていて、大変残念だがここにはいない。
「よし、全員そろっているようだな。それではこれよりSクラス昇格試験の説明を行う」
そう宣言したのはSクラスの担任の先生だった。そして彼は大きな声でよどみなく試験の概要を語り始めた。
「――参加者は4組8名、それぞれのペアが協力して坑道の最深部を目指してもらう」
今回の昇格試験にはSクラスから2名、Aクラスから4名、そしてEクラスから僕ら2名の合計8名が挑戦するようだった。
Eクラスからの飛び級での挑戦については多くの反対意見もあったそうだが、担任のイルメラ先生が全責任を負うという形で了承されたらしい。
さて、Sクラスから参加する2名の生徒について、僕はその内の1人に間違いなく見覚えがあった。
(あれはバルザック法務卿の息子のグスタフだな)
春の入学試験で僕と戦い、そして路地裏でエルドウィンに叩き潰された少年に間違いなかった。
ただし、以前は長髪だったと記憶しているが、今は短く刈り揃えられていた。
そして、彼の隣には金色の巻き髪に綺麗な花装飾の髪飾りをつけた美少女が立っていた。
(グスタフとこの少女がSクラスの代表というわけか)
上品で優雅な雰囲気を漂わせる彼女の姿を眺めていると、僕の隣にいる王女殿下に肘で脇腹をつつかれた。
「へぇ~、あなた、ああいう可愛らしい娘が好みなのね」
ささやき声だが詰問調の王女殿下の言葉に、僕は姿勢を正して先生の説明に集中した。
「――坑道の最深部にはこれが置いてあり、到達の証拠として持ち帰らなければならない」
そう言って先生は1枚の木札を掲げて見せた。それは何の変哲もないただの木製の板だった。
「坑道には低級だが多数の魔物の存在が確認されている。君たちが後れを取ることはないとは思うが、十分に気を付けてもらいたい」
先生の言葉に対してAクラスの女子生徒が「合格の条件を教えてください」と質問した。
「制限時間は日没まで、Sクラスの2名より先にここへ戻ってくるか、または2時間遅れまでを合格とする」
Sクラスの2人がここに戻ってくる時間が合格の基準となる。彼らが優秀であればあるほど、他の受験生にとっては不利になるということだ。
次に、僕たち全員に鉱山の詳細な地図が配付された。
地図に目を落とすと、鉱山内は坑道が迷路のように入り組んでいるのが一目瞭然だった。そして、それら複数の坑道は最終的には最深部で合流している。
「もしも坑道の奥深くで不測の事態が生じ、身動きが取れなくなってしまっても大丈夫だ」
そう言って先生が合図をすると、僕たちの正面に何か特別な雰囲気をまとった4人の男女が整列した。
「我々は冒険者パーティー“断金の契り”の者だ。今回、万一に備えて君たちの支援をさせてもらうことになった」
まるで古武士を思わせる年嵩の男がそう告げると、周囲で見物をしていた生徒たちが一斉に色めき立った。
「も、もしかしてA級冒険者のミゲルさんですか!?」
一人の生徒の質問に対し男がわずかに頷くと、生徒たちはさらに興奮の度合いを強める。どうやらこの冒険者たちは、王都では名の知れた凄腕のパーティーのようだった。
冒険者はB級で一流、A級ともなれば国家を代表するような冒険者と言えるのだから、生徒たちがこのような反応を示すのも無理はなかった。
騒ぐ生徒たちを鎮め、今度はイルメラ先生が説明を始めた。
「今回の試験では各ペアに“断金の契り”から1人ずつサポートに付いてもらうことになりました」
Aクラスの受験生たちから喜びの声が上がるが、「試験の手助けは一切しない」ということで、それはすぐに失望の声に変わった。
「それでは30分後に試験を開始します。各自、装備品の最終確認を怠らないように!」
イルメラ先生の言葉を合図に散開し、いよいよSクラス昇格試験が幕を開けたのだった。
◇◇◇
「おいお前、ちょっとまて!」
呼びかけられて振り返ると目の前に短髪となったグスタフがいた。
「ん、何か用かな?」
「……お前の使用人を侮辱したことを謝罪する……すまなかった」
父親であるバルザック法務卿からは話を聞いていたが、確かに以前の彼とは若干様子が違うようだった。
「しかし、エルドウィン殿はお前のような凡夫にはもったいない逸材だ。彼女は必ずや私が手に入れて見せる!」
いや、前言を撤回しよう。やはり人間がそう簡単に変わることはできないのだ。
「いいか! 今回の昇格試験で手を抜くつもりは一切ない! 全力で挑み、お前たち受験者全員を不合格にするのが俺様の……私の目標だ!!」
一方的にそう宣言すると、グスタフは顔を赤くしたまま走り去ってしまった。
「アルグイン・ツェーザル伯爵の愚妹ロゼリッタと申します。イオリ様、お初にお目にかかりますわ」
そう言ってスカートを摘み、膝を折ってうやうやしく挨拶をしたのは先ほど見た可憐な女の子だった。
「お兄様からご活躍を拝聴しておりますわ。ツェーザル家のためにご尽力いただき、感謝の念に堪えません」
僕より年下に見えるこの少女の所作は洗練されており、まるで貴婦人のような優雅さがあった。
僕が見惚れていると、「久しぶりね、ロゼリッタ」と言って王女殿下が会話に加わってきた。
「最高の舞台でべルティーナ様と競い合えることを光栄に思いますわ」
「私の成長をしっかりと目に焼き付けてもらうわよ」
2人は旧知ようで楽しそうに会話に花を咲かせているが、ツェーザル伯爵が熱烈な王女殿下支持派であるならば仲が良いのも当然だった。
王女殿下とロゼリッタ嬢という美女2人が談笑している姿は、ここが殺風景な岩場だということを忘れさせるようだった。
「ところでロゼリッタ、こちらの殿方はあなたのことが気になっているようよ」
「まぁ、そうですの!? うれしゅうございますわ!!」
そう言って彼女は両手を合わせ、キラキラとした緑色の瞳で僕の方を上目遣いで見る。その姿が先ほどの洗練された所作とのギャップを感じさせ、彼女をより魅力的なものにしていた。
(お主さえ良ければ年の離れた可愛い妹を側室に……)
かつて提案されたツェーザル伯爵の言葉を思い出し、僕は急速に顔が熱くなるのを自覚した。
アリューシャがここにいれば、間違いなく僕の頬を強くつねっていたことだろう。
「それではお時間のようですので失礼いたします。イオリ様……いえ、あなた様。よろしければ私の側室の件、再考していただけると幸甚の至りですわ」
そう言ってエレガントに去っていく彼女に対し、僕だけでなく王女殿下も唖然としてしばらく声を出すことができなかった。




