35 謝罪
「お見事です、べルティーナ様。さぁ、この大罪人めに死を賜りください」
すべてを諦めたような顔をしてイルメラ先生が言った。
先生の放った魔法は明らかに殺意を含んでおり、それを言い訳することはしないのだろう。
先生の懺悔に対してべルティーナ王女殿下は静かに首を横に振った。
「その前に教えてほしいことがあるの。どうして私の命を狙ったの?」
「侯爵派なのか?」と問い質す王女殿下に対し先生は自嘲気味に笑う。
「ふふふっ、次の国王が誰だとか、そんなことは私にとってどうでもいいこと」
「それではどうして私を……」
「……私には婚約者がいるのです」
イルメラ先生は呼吸を整えながら、少しずつ絞り出すように事情を話し始めた。
先生の幼馴染の婚約者は男爵位にあり、あのルーカス子爵の部下であること。
かつて王女殿下の暗殺に失敗し、その責を負わされ牢に幽閉されていること。
先生が王女殿下を殺害すれば、その罪が許され解放を約束されていること。
「そういうことだったのね」
「……ですから、あなた様の殺害に失敗した私にはもはや生きている理由がありません。死後の世界で彼に再会できることを願うのみです」
すべてを告白して気が抜けたのか、先生はへなへなと膝を折って崩れ落ちた。
「ええっと、僕の知る限りではルーカス子爵は間もなく失脚しますよ」
魂が抜けてしまったかのような彼女に対して僕は声をかけた。
「……へっ?」
「えっ? どういうことなの?」
僕の発言にイルメラ先生だけでなく王女殿下も驚いた表情をこちらに向ける。
ルーカス子爵は聖女ヨゼフィーヌ暗殺だけでなくアレグリア暗殺の黒幕でもある。
それに気づいた(怒った)アレグリアが動いたのだから、彼の運命は決まったようなものだ。
(早急にアレグリアと連絡を取り、先生の婚約者の保護を依頼しないと)
ルーカス子爵領の周辺を探れば、おそらくアレグリアと接触することができるだろう。
「言葉の通りですよ」
そう言って僕は王女殿下に近づくと、先生に聴こえないように小声で理由を簡潔に説明し、そしていくつかの提案をした。
王女殿下は最初は驚き渋っていたが、やがて納得したのか僕の提案をすべて認めてくれた。
「確かに事情を鑑みれば情状酌量の余地はあるわね。わかりました。今回の件はとりあえず棚上げとします」
「え? い、一体どういうことだか……」
「先生は今まで通りの生活を続けてください」
「し、しかし……」
急な話の展開に先生の思考は追い付いていないようだった。
「先生の婚約者は必ず救出してみせます。ですから自暴自棄にならず、吉報を待っていてください」
僕の言葉に先生は慌てたように首を横に振る。
「急がなければ彼はすぐにでも処刑されてしまうのよ!」
「それでは時間を稼ぐためにこうしましょう。今から先生に重大な秘密をお伝えします」
僕は先生に王女殿下のスキルについて簡単に説明した。
「じ、自動障壁!? そ、それでは王女殿下の暗殺なんて絶対に不可能じゃないの!!」
厳密にいえばそうではないのだが、僕はあえてその事実は伏せておくことにした。
あまり現実的な方法ではないが、王女殿下の魔力量を超える攻撃をぶつければ“絶対防御”は突破できる。
「おそらく侯爵派の連中もその事実に薄々気付いているはずです。これだけ何度も暗殺に失敗しているのですから」
先生から王女殿下のスキルについて報告があれば、彼らは失敗の理由を確信することとなり、一方で先生は大きな信用を得ることになる。
そして先生はルーカス子爵に「引き続き王女殿下のスキルの弱点を調査する」と伝えればよい。
そうすれば、しばらくの間は“有用な駒”として先生と婚約者は生かされることになるだろう。
「わかりました。私にはその希望にすがるしかありませんね。それに……」
いつの間にか先生の両目からは大粒の涙があふれていた。
「分かってはいたのです。王女殿下を暗殺したとして、その事実を知る私たちが生かされる理由はないのだと」
その通りだった。冷血な侯爵派の連中が将来の災いの芽を摘まないはずがなかった。
座り込んだままうつむく先生に王女殿下は近寄ると、両肩にやさしく手を置いて語りかけた。
「先生、安心してください。隣にいるこの少年は……おそらく人間族最強ですわ」
そう言って王女殿下がこちらに振り向いてウインクする。
(先生を納得させるために、僕の力を少し披露しろということかな?)
そう理解した僕は2人から離れて中位の火魔法を詠唱した。
瞬時に形成された渦巻く巨大な炎の奔流を目の当たりにして、先生は大きく目を見開きわなわなと唇を震わせていた。
「わ、私は何も……何も気づいていない本当の愚か者だったのですね」
すぐに僕の実力を悟った先生は再び自嘲気味に微笑を浮かべた。
「今後はすべて王女殿下のご指示に従います」
そう言うと先生は地面に頭をつけ、僕たちに対してこれまでの非礼を謝罪した。
何はともあれ、こうして無事に王女殿下はS級クラスへの昇格試験を受けられることになったのだった。




