34 任務
「さあ、準備はいいですか?」
担任のイルメラ先生がべルティーナ王女殿下に問いかけた。いよいよ今日は先生に対して王女殿下の実力を披露する日だ。
Sクラスへの昇格試験を受けるための条件として、王女殿下はここで自身の実力を証明しなければならない。そして、そのための訓練を毎日のように行ってきたのだ。
「はい、大丈夫です」
少し緊張した表情で王女殿下は答えた。
訓練場には彼女と先生と僕しかいない。Eクラスの生徒たちは観戦を熱望したが、先生はそれを却下した。
王女殿下の無様な姿を見せないようにとの先生なりの配慮なのだろう。ちなみにアリューシャには聖女ヨゼフィーネの警護をお願いしていてここにはいない。
「はっきり言いましょう。王女殿下には魔法の才能はありません。将来のためにも魔導学院を退学し、政治学や経済学を修めるべきです」
先生の辛辣な言葉を受けても、王女殿下は表情一つ変えることはなかった。
「先生のおっしゃることは正論だと思います。でも……」
「でも?」
「次代の王を目指す者として、国民に対して恥ずかしく情けない姿は見せられません」
王女殿下は毅然とした態度でそう答えた。
彼女は突然に魔力を失った。しかし、それでも諦めずに足掻き続けた。前を向き、あえて自身を過酷な環境に置いた。
クラスメイトからは馬鹿にされたが、それでも彼女はここまで努力を重ねてきたのだ。
しかし、王女殿下の思い対する先生の反応は冷淡なものだった。
「その姿勢はご立派ですが、実力がともなわなければ意味がありません。国民の期待を裏切る前に、その玉座を有能な者に譲るべきです」
先生の言葉はあまりにも不敬・不遜だった。確かに魔導学院においては実力主義が採用され、貴賤に関係なく生徒は平等に扱われる。
だが、それでも相手は王女殿下なのだ。普通の教師ならば、王女殿下を無能呼ばわりすることなど出来るはずがなかった。
「……これは失礼しました。少し口が過ぎたようですね」
イルメラ先生は謝罪をしたが、表情は能面のように無表情だった。
「かまいません。その実力を今から証明してみせるのですから。私が先生を納得させることができれば、私と彼はSクラスへ挑戦させてもらいます」
「ええ、それができればの話ですけれどね」
両者が距離をとって魔法の詠唱を始める。僕は王女殿下の後方に下がり、不測の事態に備えることにした。
「こちらから行きます! ≪ファイアボール!!≫」
先生の手元からお手本のように美しい炎の塊が王女殿下へ向けて放たれた。
「負けるものですか! ≪ファイアボール!!≫」
お互いの魔法が中央で衝突し、衝撃音を残してすぐに消失した。
「あ、あなた……その魔法は……」
先生が驚くのも無理はなかった。魔力がほとんどない王女殿下が、自分と同等の威力の魔法を放ったのだから。
「先生、これでSクラスへの挑戦を認めてもらえますか?」
王女殿下の問いかけに対してイルメラ先生は首を横に振った。
「これは小手調べです。次は本気で行きますよ」
そう言うと先生は杖を構えて再び詠唱を始める。
「願うは強く煌々たる紅き輝き。深淵の炎を統べる火の精霊サラマンダーよ、我が魔素を糧にその力を顕現したまえ……」
先生の詠唱により訓練場の室温が急激に上昇を始める。
(この魔法は危険だ!!)
王女殿下の生命の安全を無視したかのような先生の魔法に対し、僕は危機を感じて王女殿下の助けに入ろうとした。
「手出し無用よ!」
しかし、それを制したのは王女殿下だった。彼女もまた杖を構えると魔法を詠唱し始めたのである。
僕は王女殿下を信じて後方に待機することに決めた。
「さあ、これを返すことができるかしら? ≪ヘルフレイム!!(地獄の業火)≫」
名前の通りにすべてを消し炭にするかのような巨大な紅蓮の炎が王女殿下に向かって放たれた。
その魔法の威力の凄さは、唱えた先生自身の膝が震えていることからも明らかだった。
「絶対に負けない!! ≪フレイムアロー!!(炎矢)≫」
臆することなく王女殿下の杖から綺麗な3本の炎の矢が放たれる。
しかし、それは先生の放った業火と比べると明らかに頼りなさそうなものに見えたのだった。
◇◇◇
まさか王女殿下が短期間にこれほどまで実力を向上させるとは思いもしませんでした。
確かにこれならば、Sクラスに挑戦する資格はあると言えるでしょう。
しかし、私には絶対にそれを許すわけにはいかない事情がありました。
「ふふふっ、そんな玩具のような火矢で私の魔法に勝てる道理がありません」
口ではそう言うものの、彼女の火魔法は玩具どころか一流そのもの。
相手が王女殿下でなければ手放しで褒めていたことでしょう。
(……ごめんなさいね。恨みはないのだけれど、あなたにはここで死んでもらうわ)
べルティーナ王女殿下を殺害すること。
これが私に課せられた任務でした。
「ぐうっ……」
業火のとてつもない熱量に対し、王女殿下は苦しそうな声をあげながら必死に魔法を放ち続けています。
しかし、力の差は歴然で、私の巨大な炎が彼女を飲み込むのは時間の問題でした。
「まさかあなたがここまで成長するとは思いませんでした。敬意を表します」
私はそう言うと、勝負に決着をつけるべくさらに業火に魔力を注ぎました。
「く、くううぅぅ……ま、負けないんだから……」
王女殿下は諦めることなく、汗まみれになりながら無駄な抵抗を続けていました。
(苦しまずにお逝きなさい)
そんな彼女に憐憫を覚えながらも、私は自分の役割を果たすべく止めを刺すことにしました。
ところが、そんな私の思惑を一変させる出来事が起きたのです。
「ぐぐっ…………はああああぁぁ!!」
突如として王女殿下の大きな咆哮が訓練場に響き渡りました。
そしてそれを契機として彼女の炎の矢は勢いを取り戻し、私の地獄の業火を押し返し始めます。
「そ、そんな馬鹿な……くっ、させるものですかっ!!」
慌てて私も抵抗しましたが、肝心の魔力が尽き始めたのか、胸が苦しく足腰から力が抜けるような感覚に襲われました。
そして数秒後、大きな衝撃音とともに魔法は相殺されて、辺りには静寂が戻ったのでした。




