33 バルザック法務卿
「訪ねてくるなら事前に連絡を寄越さぬか!」
「いやぁ、申し訳ない」
白髪を巻き髪にした(おそらくカツラ)大柄の老紳士がひたすら恐縮して謝罪している。
幼女が仁王立ちして国家の重鎮を叱りつける様は何とも現実離れした光景である。
言わずもがな、可愛らしい幼女は冒険者ギルマスのアイーネさん、そして頭を下げているのが法務卿のバルザック伯爵だ。
詳しく話を聞けばこの二人は旧知の仲で、バルザック卿は若いころから随分とアイーネさんにお世話になっているようだった。
そう考えるとアイーネさんの年齢が気になる所だが、彼女はハーフエルフということで寿命が人間族より大幅に長いのだろう。
「ずっと顔を見せなかったおぬしが訪ねてくるとは、いったいどういう風の吹き回しじゃ?」
最近のバルザック卿はあえてアイーネさんと距離を置いているそうだ。
理由は単純なもので、アイーネさんがアレグリア辺境伯に近い立場にいるからだ。
明確に王女殿下を支持するアレグリアに対し、バルザック卿は早くから公に中立を宣言している。
そのため王位をめぐる王女殿下と侯爵の争いが激しくなると、二人は自然と疎遠になってしまったのだそうだ。
「目的は2つある。1つはイオリ殿に感謝を伝えたい。そしてもう1つはイオリ殿に謝罪を行いたい」
そう言ってバルザック卿は人懐っこそうな笑みを僕の方へ向けた。
「感謝と謝罪、ですか?」
そもそも、どうして彼は僕の名前を知っているのかが謎だった。
「うむ。王都騎士団の件では大変世話になったそうだな。ヴォルフがおぬしのことを大層褒めておったぞ」
どうやらヴォルフ新団長から話を聴いたようで、僕の行動に感じ入ったバルザック卿は直接会って感謝を伝えたくなったそうだ。
「悪いが少し調べさせてもらったら、なんとその若さでB級冒険者というではないか! そして学院では王女殿下の警護も担当しているという……」
楽しそうに、そして饒舌に語るバルザック卿に僕は驚かされ、一方でアイーネさんはうんざりした表情をしている。
「さすがはB級ともなると騎士団長とも互角に戦えるだけの実力が……おおっと、これは申し訳ない」
僕がポカンとしているのに気づき、ようやくバルザック卿は口を閉じた。
「昔からこやつはこうなのじゃ。興味をそそられたら自制することができぬ」
アイーネさんの言葉にバルザック卿は苦笑いを浮かべていた。
「ともかく、王都騎士団の危機は国家の危機。それを救ってくれたイオリ殿に、国を代表して礼を言わせてもらいたい」
バルザック卿はじっと僕の目を見ながら感謝の言葉を述べ、さらには「ゼアヒルト殿とともに晩餐会へ招待したい」と告げた。
「おぬし、何を考えておるのか知らんが、その少年を囲い込むのは止めた方がよいぞ」
僕が返答に困っていると、すかさずアイーネさんが助け舟を出してくれた。
「いやいや。そんなつもりではないのだが……」
再びアイーネさんが立ち上がり、人差し指を真っ直ぐにバルザック卿に突きつける。
「よいか、この少年はすでにオルトヴァルド辺境伯に忠誠を誓う名誉男爵じゃ。おぬし、あの赤薔薇と正面切って喧嘩するつもりか?」
アイーネさんの言葉にバルザック卿は目を丸くして驚いていた。
辺境伯といえばこの国でも有数の実力者であり、なによりその軍事力は国内最強を誇る。その辺境伯が認めた“名誉男爵”ということは、僕とアレグリアが個人的に懇意にしていることの証明なのだ。
つまり、それに手を出すということは彼女に対する宣戦布告に等しい。
「ううむ……それは残念無念」
そう言いながらもバルザック卿は悪びれることなく笑っている。
「おぬし、まさかそれが目的でここに参ったのではあるまいか!?」
不機嫌そうにアイーネさんが眉を吊り上げるが、彼女のその幼女姿は何とも可愛らしく魅力的なものにしか見えなかった。
◇◇◇
「それで、謝罪というのは何のことじゃ?」
ようやく落ち着いたアイーネさんが口を尖らせながら言った。
「うむ、わしの愚息のことで謝罪したい」
これまでとは一転したバルザック卿の真剣な表情に、僕は過去の記憶をたどるが彼の息子との接点が見出せなかった。
「わしの息子の名前はグスタフという。魔導学院の入学試験でイオリ殿に多大な迷惑をかけてしまったことを謝罪したい」
そこまで言われてようやく思い出すことができた。そういえばグスタフの取り巻きたちが、「彼の父親が法務卿だぞ」とか言っていたような気がする。
エルドウィンが散々に懲らしめて以来、彼らとはまったく接触がなかったのですっかり忘れてしまっていた。
「年老いてできた初の男児ゆえに甘やかし過ぎたのか、職責で自領を離れることが多かったのも災いした」
バルザック卿の表情には後悔の念がにじみ出ていた。
彼自身は王都で過ごすことが多く、息子のグスタフは安全な自身の領地で養育した。しかし、彼の目の届かない所でグスタフは誤った教育を受け、完全に増長してしまったということだった。
「それに加えて馬鹿息子がイオリ殿と使用人を傷つけようとしたことも判明している。重ね重ね本当に申し訳なかった」
そう言ってバルザック卿は謝罪するが、当の僕は今の今まで忘れていたことであり、おそらくエルドウィンも何とも思っていないだろう。
「ところで、どうして僕らが襲われたことを知っているのですか?」
あれは人気のない路地裏で起きた出来事で、おそらく誰の目にも触れられていないはずである。
「息子からすべて打ち明けられた」
思いがけないバルザック卿の言葉に僕は心底驚いた。
とてもではないがグスタフがそのような殊勝な人物には思えなかったからだ。彼にどういう心境の変化があったのか、とても興味を引かれた。
「イオリ殿が不思議に思うのも無理はない。父親であるわしが言うのもなんだが、グスタフは自己中心的で横柄な性格をしておる」
ついつい僕が頷くとバルザック卿は乾いた笑みを浮かべた。
「しかし、イオリ殿だけでなく使用人にも打ち負かされたことで息子は変わった」
あの日以来、これまでの居丈高な態度は鳴りを潜め、まじめに勉学に取り組むようになったという。
玩具にしていた奴隷もすべて解放し、悪友との付き合いも一切を絶ったそうだ。
「イオリ殿、愚息の愚行を心より謝罪したい。そして愚息を改心させてくれたことに心より感謝申し上げる」
バルザック卿の赤心を受け取った僕は「何か謝礼をしたい」という彼の言葉を断って、その後しばらく3人で歓談を続けた。
こうして生まれたバルザック法務卿との個人的な接点は、図らずものちに僕らの大きな後ろ盾となるのだった。




