デキる美人令嬢の姉と違って愛されない娘だった私ですが、姉の想い人に気に入られたので姉を見返そうと思います
それは、私の中に、びっしりと埋めつくされた記憶。
「アーラは本当にいい子ね」
母様が姉様の頭をなでていた。父様も、その横でうなずいた。
「アーラは私達の自慢の娘だよ」
姉様はいつものように、愛らしい笑顔。
でも私は、姉様が誉められて嬉しそうにしているのを、横でみているだけだった。
「ーーねえ、ユーラもそう思うでしょう?」
母様が、私に聞いた。
「…はい」
……私のことは誉めないのに。
心の中で、母様に悪態をつく。
姉であるアーラと妹の私、ユーラは、伯爵家の長女と次女。
私たちは、社交界でも有名な姉妹だった。
何故かってーーそれは、私たちが、双子の姉妹だから。
そのせいで、昔っから何かと比べられた。でも、比べるまでもなく、母様達にとっては、いつだって姉様が一番だった。
賢くて、要領が良くて、人に好かれる術を生まれながらに持っている姉様。
私達二人が並べば、姉様の方がずっと綺麗で圧倒的に目立ったし、何をしても姉様の方が常に上手だった。生まれたときは同じ立場だったというのに、歳を重ねるにつれて、どんどん差は深まるばかりで……。もう縮められないほど差は開いていた。
私がいくら努力しても、姉様に適うことは……なかったの。
だからそのうち、姉様も私を軽く扱うようになった。
可愛いドレスを私が見つけても、
「ユーラは着こなせないわよね、私が着てあげるわ」
と当然のように言って、横取りしてしまうのだ。それをみても、母様も父様も何も言わない。
ーー「私も着たい」
そう思ったって、姉様が一回着た物はもう着ない。
いや、着れない。着ようとも思わないけれど。
姉様が着た後に私が着ても、いろんな差が目に見えるようになるだけだもの……。
だから私のクローゼットにある服は、わりとシンプルな服が多い。対照的に、姉様は派手で華美な服が多いのだ。
まぁ、それは他ならぬ姉様のせい、なんだけれども。
突然だが、姉様には、想いを寄せる人がいる。
それは、名高い公爵家の唯一の跡継ぎ、リアードさま。彼はなかなかの美形で、社交界では注目の的である人物。
リアードさまの話を持ち出せば、それだけでおしゃべりがずっと続いてしまうくらいに、令嬢たちの憧れの存在だった。
私は姉様の思いに随分前から気付いていた。姉様は、何でも1番になりたい人。そのせいなのか…リアード様まで狙い出す。
もう呆れに呆れ、呆れ疲れた私は、何も言わなかったけれど。
今日は我が伯爵家主催のお茶会がある。
もちろん、あの評判のリアードも参加する予定だった。
「アーラ、ユーラ。準備はできたかい?」
父様が、それぞれの支度を終えて部屋から出てきた私達に言った。
「できましたわ、お父様」
姉様が人を惹き付ける微笑みで答える。
だから令息達にもモテているのだろうか、この人は。でも、彼女がその笑みを食らわせたいのは……。
リアードに会えるから、ご機嫌なのだ。私には分かる。
父様はいつものように親バカだ。
「アーラ、今日も綺麗だよ。さすが自慢の娘だ」
「あら、お父様ったら。ユーラにも何か言ってあげてくださいな」
姉様が、私にちらりと目を見やってから、言った。
ーーわざとらしい。
父様は何と言うのだろう? 私はいつものように地味な服装だというのに。姉様は本当に意地悪だ。
「ああ…ユーラも、な」
心にもないことを言わないで。
ーーわかってるから。父様の目には、姉様しか映ってないって。期待なんか、しないよ……。
「早く行きましょうよ」
母様が、私達を急かした。姉様だけが、元気よく返事をした。
お茶会には、名門の貴族の娘や、息子達が沢山来ていた。
その中でも、姉様が密かに目をつけているリアードは、やっぱりひときわ輝いていた。
「リアード様、このお菓子は当家が開発したものですの。召し上がってくださいな」
姉様がリアードに積極的に話しかけていた。
姉様が私をにらんだから、仕方なく姉様の横で姉様のために相づちをうつことにする。
姉が言いたいことは、何となくわかるようになったこの頃だった。
「姉様はとてもお綺麗ですから」
「私なんかより、ずっと頭がよくて」
スラスラと、姉様の賞賛の言葉を述べていく私。
その心は、空っぽだった。
お世辞じゃない。姉様の恋を応援するのはあまり気が乗らないけれど、嘘をつかない限りは耐えられる。
「なるほど、アーラ様はとても素敵な方なんだね」
リアードが私に言った。彼特有の、完全無欠の、穏やかなほほ笑みで。
これはモテるだろうなぁ、と、うっすらと思った。
姉様が「まあ、嬉しいですわ」と、ふふふと笑う。
「デキるお姉さんがいて、羨ましいな」
リアードが王子様スマイルでウィンクする。それを見た姉様が、リアードにみとれ……。
……みていたくない。リアードの王子様スマイルなんて、結局は本心で笑っているんじゃない。
姉様には、わからないのかしら?少しの可能性にでもすがりたいの?どうして?リアードを手に入れて、社交界の注目を集めたいってこと?
「リアード様、私ともっとお話ししませんか?」
姉様がリアードにアタックしているのを、ぼんやりと眺める。太陽の日差しが反射して、姉様のドレスに散りばめられた宝石がきらりと光った。
きっとOKなんだろうな。私は興味ないけれど。
……そう思っていたのに。
リアードは、私の意に反してこう言った。
「いや…、遠慮させてもらうよ。……ユーラさん、僕と話さないか?」
「………………は?」
思わず失礼な返答をしてしまった。
は?って。
姉様が「信じられない……!」と、わなわなと震えていた。
怒らないでください、姉様。
私に怒りの矛先を向けないで!
どうして輝く姉様ではなく地味な私をこの人が指名したのか、私にもわからないのに。
「い、妹、ですか?」
私への怒りーーもう恨みに変わりそうになっている感情を押し殺し、姉様がリアードに聞いた。
「ああ。また次の機会にね、アーラ様」
「………っ」
姉様がキッと私をにらんだ。
「ね、姉、様……」
ああ、姉様がこんなに怒っているのをみたことがない。
姉様は昔から自分が思い通りにならないと気がすまない人だった。だから私から物を奪うことを覚えたのかもしれない、と、ふと思った。
『お父様ぁ、ユーラがもってるのにどうして私には買ってくれないの? 私にも買ってよお~』
『でもアーラ、アーラには別のものを買ってあげたじゃないか』
『でも私はあれも欲しいの!』
『……しょうがないな。ユーラ、アーラにあれを譲ってくれないか?』
『え、ユーラ、くれるの?! お父様、ありがとう!!』
私が譲っても、姉様が私に感謝することはなかったけれど。
それは、幼き日の記憶。いつからか、訴えることも忘れた……私への、屈辱。
「……………」
姉様がきびすを返し、サッと去っていった。……涙も、まじっていたかもしれない。
「あぁ、姉様!」
私は叫んだけれど、追いかけはしなかった。意外にも、心の中で、楽しんでしまっている自分がいるのだ。
ーーいつもかなわなかったはずの姉様が私に負けたのだ。
「ユーラさん、お姉さんを怒らせちゃったかな?ごめんね」
リアードがいだずらっぽく笑うのに、私は頬を少し緩めた。
「いえ構いません。よくあることですから」
素知らぬふりをして、私はリアードに笑いかけた。
……今までずっと、姉様に負け続けていた。馬鹿にされ続けてきた。
でも、もう、限界だ。
私はもう、遠慮しない。姉様に媚びへつらったりしない。
ーーだから、リアードは私の物にする。
姉様から、奪うんだ。
「ユーラ!」
父様に謁見室に呼び出された。
リアードと姉様のことかしら?
「なんですか、父様」
素知らぬ振りをして、父様に問いかける。
「何って、ユーラ! あれからアーラは毎日泣いてばかりなんだぞ。姉があんなうちひしがれる姿に、何も思わないのか?」
父様、やっぱりあなたはオンリー姉様なんですね。
私はもう、苦笑することしか出来なかった。
私はあれから、リアードを私の虜にしてみせた。利用させてはもらったけれど、恋情がなかったわけではないから、嘘はついていない。
…嘘をつかなきゃ、何だっていいでしょ?
「そうよユーラ、お姉様の思いくらい、気づけないの?」
母様が私を責めるようにいった。
そんな彼らに、私は目をむいた。
何をいっているの?リアードは私の物だ。
姉様の物ではない。
今まで私がどれだけ姉様に物を奪われたと思っているの?この人達は。
「……アハハハハ!」
笑ってしまう。リアードは私が好きなのだ。姉様に入る余地なんてない。
いつ気づく?伯爵家の出世には、つまり公爵家に娘を嫁がせるためには、姉様より私の方が必要なんだってことに。
……うふふっ、アハハハハハハっ、ほら、つまりね!
ーー姉様と私の価値は逆転したんだって。
私は、にっこりと笑った。
「母様、父様、リアードは私の物。姉様に譲る気なんてないですわ」
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追記
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