第1話 無視の刑
無視の刑──ッ!
お隣の太介は一つ上の幼馴染みで、現恋人にて婚約者。
しかしながら申し上げます!
こやつは恋人にも関わらず、大学生同士の付き合いにも関わらず、その……キッスをしてこないんですよ。
ムカつかね?
普通の恋人同士であれば、女が嫌と言おうとも、そこら中に手を差し込んでくるような野獣みてーな行動をするんじゃねーの?
ところが聞いて下さる?
ウチの太介ときたら、デートプランは完璧に練るにも関わらず、キスの一つもしやがらない。
これにはさすがの私、カスミたんも苦笑い。
太介は、頭脳明晰、容姿端麗、オシャレな細マッチョの長身、将来は医者志望と、男の魅力が服が着たようなヤツなのだ。
対しまして私カスミは、そんじょそこらの平々凡々な十人前女。
しかし、太介は私にベタ惚れのために、構図は私が女王、太介は召使い。そんな間柄なのだ。
その召使いは、女王が心の中で求めているにも関わらず、サッパリ唇を押し付けてこようともしない。当然次のステップもなし。
婚約者の間柄にも関わらず頬にキスまでの段階でストップ。キョービ中学生カップルのほうが進んでるっつーの。
それがための無視の刑。太介は私を見ると何事もないように笑顔で手を上げてくるが視界にも入れずに通り過ぎてやった。
こうするとオドオドビクビクな太介の出来上がり。
ああん。もう、正直に言うと太介をいじめているとき、凄く好き。眉毛をハの字にして犬みたいについてくるだけ。タマラン。
もうかれこれ三週間も太介を無視してる。でもそろそろ許してやろうかなぁ~。あいつ嬉しすぎてパニクってキスしてくるかもしんねぇ。いいぞいいぞ~。
そうなったら早く行動せねば。私は外に出て太介の家の前まで行き、二階にある太介の部屋を見上げたが、動きがない。いないのか、寝ているのか。
ふと視線を駅へ向かう道へと移すと、太介の後ろ姿。しかもめかしこんでやがる。ラフな格好だがあのパーカーは数万するやつだ。人に会うんだな? 誰だ? 浮気かテメェ! たかだか三週間ダンマリ決められたくれーで心変わりかよ。オラァ! でもアレだ。太介は男の優良物件。そこら中に太介を狙う魔の手があるはず。かーっ。ちとやり過ぎたかもしんねぇ。
「カスミ、お前には飽きたんだよ!」
「ああん、待ってェ。太介ェ」
コノヤロー!
召使いのくせに女王の私を見限るとはいい度胸だぞ、おい。でもマジで太介に捨てられたらヤバい。
太介の背中を追いかけると足音で気付いたのか振り向いて来やがった。
「あ。カスミー♡」
うぉっと。やっぱりコイツ、私のこと好きでやんの。私はすぐさま眉間に皺を寄せ腕組みして女王のポーズをとって、太介を睨みつけた。
多少仰け反らないと上から目線の姿勢がとれない。コイツの身長182cmには苦労させられているのだ。
太介はそんな私を見て眉毛をハの字にして、視線を落とした。
「ゴメン……。オレ、カスミに怒らせるようなことしたのよく分からなくて……」
きゃ、きゃーわいい。
キュンとするわ。オメーのその姿。
まぁいい。今日は勘弁してやるつもりで来たのだから。
「もういいよ。それより太介──。おでかけ?」
太介の顔がパッと明るくなる。ようやく許して貰えたーみたいな。分かりやすいなぁオメーは。でもかわいいん♡
「そうなんだ。今から飲み会」
飲み会──。コイツは20歳越えてるから酒が飲めるというわけだ。
「なんの飲み会?」
「あ、バイト先の先輩に誘われたんだ」
バイト先……。塾の講師だよなぁ。つーと大学生か。大学生はハメ外すからなぁ。そういう遊びには知識がない太介に変なこと教えられたらたまらんわ。純真無垢の太介を調教できるのは私だけの権利なんだぞ、オイ。
「太介クン。このクスリ飲んでみろよ」
「気持ちよくなるぞ。ヒヒヒ」
うそー。麻薬とか? うーんあり得る。無知な太介の人生を変えるような真似をしてくるかもしれん。
いやぁ考えすぎか? しかし他にも──。
「太介クン、酔ったなぁ」
「ハイです。先輩」
「どうだ。風俗いくか?」
「ハイです。先輩」
あ り う る~ッ!
太介のことだから真面目一辺倒。風俗なんて知らずに人生歩んできたのに、ここに来て悪い人に騙されて風俗なんかに転がり込んでいくーッ!
クソが!
誰だその先輩は!
私のくだものナイフ捌きを見せてやろーか!?
いや、それよりも現実的にありうるのは……。
「可愛いわね、太介クン」
「え? あの先輩……」
「彼女なんて放っておいて私とホテル行かない」
「あの──ホテルって?」
「イイコトするのよぉ」
「あ、なーんだ。イイコトかぁ。行きましょ」
そーよ。先輩といえども性別が男子なんて決まってない。女豹のような女子も充分ありうる。そんで太介のアホは「イイコト」の意味も知らずにひょこひょこついていって「悪いコト」憶えさせられてしまうー!
クソ! 女豹先輩!
「……あのー、太介。先輩って女子?」
「ううん。違うよ」
ホッ。男子か。まぁ風俗の危機はまだあるけど……。
「でも女子もくるみたいだよ」
うかつ!
そうか、太介はなにも二人で飲むなんて言ってない。数人来る中でその中には女子もいるだろう。女豹のようなヤツも!
「あはぁーん。太介クン。私飲みすぎちゃったぁ」
「大丈夫?」
「太介クン、彼女いるんでしょ? でも私とはいい友だちになれそうね」
「んですね」
「ちょっと二人でここをでてどこかで遊ばない?」
「遊ぶんですか? かくれんぼですか? 鬼ごっこ?」
「もっと楽しい遊びよぉ」
「わー。なんか楽しそう!」
「じゃホテルに行きましょ」
「わーい。わーい。ホテルだ、ホテルだぁ」
バカかテメーは! まんまと騙されおって!
男は外に出たら7人の敵がいんだよ。少しは警戒しろよぉ。
「あ、そーだ。カスミも行く? オレがお金出すから」
お?
きゃわいいなぁテメーは。
まぁ私は未成年だからお酒は飲めないけど、その分、太介に悪い虫がつかないように、警戒してられる。第一種戦闘配置だわ。
「行っていいの?」
「いいさ。数合わせとか言ってたから、メンバーが足りないんだろう」
か、か、か、数合わせ? それって──。
「そ、それに。みんなに、カスミのこと紹介したいし──」
かーわいい。そーか、そーか。私との仲をみんなに公表したいわけね。分かる分かる。
「そっかぁ。それじゃ行きましょ」
「うん」
私は手を小さく上げた。顔を赤くする太介。
「手」
「う、うん。や、やばい。手汗凄いけど大丈夫?」
「大丈夫だよぉ。もう太介わぁ」
太介は大きな手のひらで私の手を包むように握る。手のひらから太介の鼓動が伝わってくる──。