異界の料理人Ⅴ(村の英雄)
大きな塊が凄い勢いで羽毛の方へと向かってくる。羽毛はこれまでに感じたことのない恐怖を体感することとなった。
命を懸けた戦いというと格好がいいが、これはそこまでフェアな戦いではないだろう。
なぜなら近づいてくるにつれ分かったのだが、羽毛とオークの対格差は大きくオークの腕や足の太さは人間の比ではないほど肥大化している。
必死で頭めがけて石を投げ続ける。大きなダメージを与えているのは見て取れるが、オークの足取りは止まらない。
残り2mほどのところまで血みどろになったオークが迫ってきた。
”もう間に合わない”
差し違える覚悟で渾身の力を振り絞った石を投げた。
石を投げた瞬間に自分の体が宙を舞っているのが感じられた。自分の見えている世界が2周するまでは本当に世界が止まっているのではないかと思うほどゆっくりと流れた。走馬灯のように過去の記憶もよぎる。
「あぁ、異世界にきても俺は大した存在にはなれなかったんだなぁ」
そうつぶやいた羽毛は遅れて痛みがやってきたことを感じた。地面に衝突するころには彼の記憶は失われ、衝突の痛みを感じることがなかったんは幸いだろう。
---どしゃ
先ほどまで悪逆非道の限りを尽くしていたオークが膝から崩れ落ちた。
羽毛が最後に振るった渾身の一撃は、オークのオデコの真ん中を捉えていたのだ。
羽毛の行動は無駄ではなかった。それどころか、羽毛がいなければ村は壊滅していただろう。
「俺、一番勇猛果敢だった男に”怖気づいたのか”っていってしまった。旅人がここまで体を張ってくれたのに・・・」
ケンショウは自分が放った言葉を後悔し、懺悔している。大の大人が周りもはばかることもせず、膝をつけ大声で泣き始めた。
周りでその一部始終を見ていたピクシーたちもケンショウの行動からダムが決壊したかの如く、泣き出し始めた。中には泣きながら大声で感謝を叫ぶ者すらいた。
ピクシーたちの泣き声が村中を包む。
---タタタッ、タタッ
「なにがあったの?」
葬式のような雰囲気に似つかわしくない声が響いた。
「オークの襲撃があって村が大変だっていうから急いで来てみたら、オークは死んでいるし。それなのにみんなは喜ぶじゃなくて大泣きしているし。」
走って大急ぎで現れたのはエルフの少女だ。彼女が困惑するのも無理はないだろう。
本来であれば、ピクシーは全くと言っていいほど力を持たない存在だ。
言うなれば、”無力”なのだ。
彼女が着いた頃には、無力であるはずのピクシーがオークを倒しており、それなのにみんなで泣いている。
不思議で仕方がない。
エルフとピクシーは共生関係にある。
今回のような襲撃者が暴れた際には、本来であればエルフが到着するまでピクシーは持久戦に持ち込むということになっている。そうすることで、ピクシーと村の犠牲は大きなものになるが何とかエルフが来るまでに弱いものの逃げる時間を稼ぐことができ、全滅が避けられるからだ。
--ピクシーは妖精としての特殊能力でエルフの魔法力を強化することができる。そのためエルフはピクシーが住んでいる場所とほど近い場所で生活をしている。
そのためピクシーは魔法力の強化、エルフは用心棒として共生の関係にある。
今回の一件においても”エルフが現れるまで時間を稼ぐはず”であった。
”無力”であるはずのピクシーがオークを倒すことができるはずがない。”何か”があるはずだとエルフの少女は当たり前のように考え、冷静に周囲を見渡す。
異変に気が付いた。
ピクシーの村にいるはずのない人間の男が倒れているではないか。
「なんでピクシーの村に人間が倒れているの!?」__
ブックマークありがとうございます(´;ω;`)
解除されると死ぬほどつらいことも理解できました。うれしさと辛さにサンドウィッチされていました。