異界の料理人Ⅱ
----戦略会議から2日後---
王国戦士長であるハンダは宮殿内の武器庫へつながる廊下を足早に歩いていた。
本来2週間後に戦争を控えていれば休養を取り英気を養ったり、武器の手入れや稽古に時間を使うべきであろう。
だが、王国戦士長を含めた、彼の指揮する軍団においてそれは、できない状況に陥っていた。
大貴族であるガーフィールド・ノウンに戦争前にエリス台地(戦争予定地)を偵察し、モンスターを討伐してこいと指示されたためだ。
「クソが、こんな時期に偵察や討伐なんて今更何の意味もない。カルバス帝国にバレたら今回の戦争は普段と違うと宣言しているようなものだぞ」
苛立ちは様相だけではなく言葉にも出てきていた。軍団の長が感情を見せるのは部隊の士気に関わるため、控えているのだが抑えることができなかった。
戦争前に敵を挑発する行為は自殺行為にも近いのだから。
だが、ハンダはこの命を拒否することができない。彼が拒否をすると自分のことを評価してくれている王の体裁が保てなくなってしまう。王としても大貴族と関係が悪化するのは内政・外交上好ましくないのだ。
王も懐刀であるハンダを危険に晒すことを黙認するしかない。
もっとうまく立ち回ることができたら、多くのリスクを抱え込む必要はなかった。平民である彼は武芸と忠誠心のみで王国戦士長になった。ハンダ自身も自分の能力はわかっている。そんな狡猾に根回しなんてできるはずはない。だが、わかっていても仲間の命を危険に晒し、王の苦渋の決断をさせてしまった自分とこんな姑息な手段を使う貴族たちへの苛立ちはかつてないほど沸騰した。
カルバス帝国との戦争、その作戦は奇抜で泥臭いもの、王国貴族としては辛酸をなめさせられた気持ちだ。戦争に勝利しても名誉を失うかもしれない。
誇りを重んじるアスタリッシュ王国の貴族たちは王の決断--ひいては、その決断をさせたハンダ--に憤りを感じていた。名声を失うかもしれない戦に貴族たちは兵士を貸し出さなければならい、さらに本来であれば王国内外での地位を押し上げてくれるはずだった戦争の価値を無くした(彼らの基準では、だが、)からだ。
--そんな理由もあり貴族たちは、平民上がりの男に陣頭指揮をされることに憤慨し、自滅ともとれる王国戦士長への命を出したガーフィールド・ノウンを筆頭に王への離反心も芽生え始めていた。
[--アスタリッシュ王国とカルバス帝国の戦争予定地の草原(エリス台地)--]
「んー!っと」
心地の良い睡眠から目を覚ました羽毛がそこに突っ立ていた。
周囲には目印となるような建物どころか土地の傾斜もない。
見渡す限りの草原が広がっており、その中心に自分がいる。風が吹く度に緑の絨毯が波を作りとても美しい。
そんな感慨に浸りながら自然の雄大さを感じ取る。
喧騒にまみれた日常生活のストレスからか、"自分がなぜこの状況にいるのか"や"ここはどこなのか"といった感情すらも抱かず、ただ雄大な自然(平原)を眺めていた。
どれくらい時間がたったのだろう・・・自分でもびっくりするほど時間を忘れ、その瞬間、この景色を感じて楽しんでいた。
羽毛が我に帰ったのは、「風の吹く音」と「風で草同士がかすれる音」しか聞こえていなかったはずなのに、「別の音」が聞こえてきたからだ。
・・・その音は背後から聞こえてくる。耳を澄ますと、音は一つではないことに気が付いた。
「ニンゲン、ニンゲンがいる」
「ほんとだ、みんなにホウコクしないと」
--甲高い小さな声で誰かが話をしている。
声の主は自分の背後にいるようだ。聞こえてくる音量から近さは5m程度だろうか。
この距離まで誰かが近づいてくるまで気が付かないなんて迂闊だった。だが、これは運がいいと羽毛は感じていた。なぜなら、"なぜこの場所にいるのか"や"ここはどこなのか"といった単純な疑問を解消できると思ったからだ。こちらから声をかけなければ。
自身の決断を実行すべく声のする方。背後に振り返った。
--何も見当たらない
声は確かに聞こえていた。だが、声の聞こえてきていた場所には<声の主>の姿は見当たらない。
「風の音と草のかすれる音が奇跡的に合わさって鳴っていた音だったのだろう。」
異変を感じながらも不安を感じないように小さく呟き自らを諭すように一人呟き前を向く。
だが、また、高音のひそひそ声が聞こえてくるような気がする。
「気づかれなかったようだぞ」
「危なかったね」
再度盛り返してきた恐怖心を抱きつつ、勢いよく声の方向へ振り返る。
そこには、
--緑色の服に身を包む。小さな(人形サイズの)2人の人が透明な羽をはためかせ羽毛の膝小僧あたりを飛んでいる。
互いに視線が交差する。
彼らの小さな顔がみるみるこわばっていくのが見て取れた。
「ヤバイ、見付かった」
「食べられるちゃう、早く逃げるよ」
慌てているようだ。
そそくさと逃げていく。
彼らのサイズでは、急いで逃げているのだろうか。それとも何かの罠なのか。
真偽は不明だが、彼らが飛んで逃げる速度はかなり遅い。驚愕で口を開け、啞然と立ち尽くしていた羽毛でさえも、気持ちを切り替え追いかけても話しかけられることができた。
「食べたりなんかしないよ。それより君たちは何ものなんだ?」__
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