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乙女よススメ!~妃が無理なら騎士になる~  作者: 愁
一章 騎士になる!
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私が好きな場所

 王宮の門近くへと到着すると、私はしばらく会えなくなるお兄様とお姉様に抱擁をして馬車を降り、騎士寮へと向かった。

 まだ早朝なせいかどこもまだ夜勤組の仕事中らしく、王宮内を移動していく人影はまばらだ。第三王子殿下近衛隊も、今はまだバルドさん達の小隊が仕事中だろう。交代時間はまだか、なんて言いながら、いつも遅れてくるアジリオさんに辟易しているんだろうな。

 そんなことを思いながら歩いていれば、一日ぶりの騎士寮へとついた。中からは様々な生活音や、話し声が聞こえてくる。少し建物前で立ち尽くしながら、私はその音を聞いていた。

 ……今は少し、この騒がしさが胸に沁みる。昨日のパーティー会場も騒がしかったけれど、あそこには悪意や好奇、貴族達の自分さえよければいい、というような思考に溢れていた。そして、私もそんな『貴族』の一人として、自分の保身のために多くの人を騙したし敵に回した。好意を寄せてくれる人達もいたけど。

 でも、騎士寮(ここ)の人達は自分でない誰かのために働いていて、仲間を思い、一緒に騒いだりして時間を共に過ごす。そりゃあダリアさんみたいな人もいて偶に怖くもなるけれど、あのアジリオさんだって、酷い態度ばっかりだけど、仲間をお酒の次くらいには大切にしていることは伝わってくる。武術大会の時はエドガーの応援にも来たし、基本的に誰かと一緒にいることが好きな部類の人間なんだと思う。

 誰かのためにあれる、ここの人達が好きだ。友を思い、仲間を思い、主を思う、そんな人達のいる、この場所が好きだ。そして――……

「あっ、フィーラッ! おはよ! 今帰ってきたの?」

「フィーラ、おはよう。僕ら食堂行くけど、一緒に行く?」

「フィーラ!? おかえりっ! あのね、私昨日新しいお友達ができたの!」

「朝から煩いわよ、あんた達。てかあれ、一方的過ぎて友達って言えるわけ?」

「エレナちゃん、その、朝から喧嘩はやめよう? フィーラさん、おかえりなさい」

 ちょうど玄関前の廊下を通りがかった一行に声をかけられる。

 エドガー、ジャン、ベッタ、エレナさん、ノーラさん。いつの間に仲良くなってたの? って組み合わせだけど、私は笑顔を浮かべながら、もう一つの家へと足を踏み入れた。

「みんなおはよう! ただいまっ!」

 ――……私は、今はここの、大好きな人達のいる大好きなこの場所にいる、一人なのだ。貴族であることを捨てたわけではないけれど、それでも、私は大好きな人達と同じ、騎士なのだ。

 それがとても嬉しいと、そう思える朝だった。


***


「そう言えば、昨日こっちは大変だったんだよ」

 皆で同じテーブルについて朝食を食べていると、ジャンが少し疲れた顔をしてそう言い出した。

「何かあったの?」

「あっ、元カノ事件のことですか?」

「元カノ?」

 ベッタが私の隣で言ったことに首を傾げれば、ジャンと、そして何故かノーラさんが激しく咳きこんだ。

「そのことじゃなくて!」

 ジャンが慌てて否定すると、エレナさんがニィッと猫のように笑いながらジャンとノーラさんに視線を向ける。

「えー、でも、私的にはそれが昨日一番の事件だったけど? ノーラに元カレがいたことも初耳だったし?」

 あれあれ? もしかして、そちらとそちらがそうだった感じの話ですか? 意外だ。そして詳しく聞きたい。

「ジャンってばノーラさんと付き合ってたの? どっちから告白したの? どこまでいったの? 何で別れちゃったの? ていうか昨日何があったの!?」

「フィーラまで興味示さないでよ!」

「ていうか、フィーラもこういう人の恋愛話が気になるタイプだったんだ……」

「女子はだいたいそうじゃない?」

 何故かちょっと重々しいトーンのエドガーの言葉に頷きながら私はそう言う。まぁ、私の場合はそもそも人との交流が無さ過ぎて、そういう話は本の中のことって感覚が強くて、つい興味が湧いてしまうっていうのもあるけど。あと、貴族的には付き合うイコール結婚前提ってところがあるから、自由に恋愛して、付き合ったり別れたり、そういう平民的な恋愛が凄いって思っている部分もあるわね。

 わくわくした瞳をジャンに向けると、ジャンは「あーもうっ」と頭を抱えた。

「騎士学校時代の話だし、ちょっとの期間のことだよ! 別に何も話して面白いようなことはないから!」

「えー、けちー! じゃあノーラさんに聞くもん」

「えぇっ!? いや、その、話さないといけませんか?」

「じゃあ別れた理由だけ!」

「魔法の実習のとき、ジャンくんとペアを組んだんだけど……一人で突っ走っていくし、いくら私が魔法で呼びかけても答えてくれないし、魔力切れになるまで魔法を撃ち続けるから辺りは火の海だし……それを素でやってるところが一番怖かったから、です」

「あー……」

 武術大会前の特訓を思い出して、私もノーラさんの気持ちに共感する。あの暴走ジャンを見ちゃったら、ほんとに付き合ってられないと思う。というか辺りが火の海ってどんだけやったのよ。ノーラさんの凄い魔法をもってしても止まらないとか、ジャン危険人物すぎる。

 うわぁ、という顔をしていると、ジャンが机に突っ伏して後悔にまみれた声で叫ぶ。

「わざとじゃないんだよっ!」

「「それが問題なんだよ」」

 私とノーラさんに同時に同じ言葉をかけられて、ジャンは完全に机上に撃沈した。エドガーがぽんと、屍と化したジャンの肩を叩いて慰めるも応答はない。ただのしかばねのようだ。

「で、結局ジャンは何が大変だったって言いたかったわけ?」

 しかばねのジャンを放っておいて、恐らく一緒にいたであろうエドガーに話を振る。基本、この二人はセットで行動しますからね。

 お茶を飲みながら私が聞けば、エドガーは「うーん」と首を捻りながら口を開いた。

「色々ありすぎて何から話したらって感じなんだけどさ。まず、昨日俺らクロエさんに誘われて、城で行われてた第一王子殿下主催のパーティーを覗きに行ってたんだよ」

「ゴフッ」

「フィーラッ!?」

 お茶が気管にいきそうになって咽る私の背中をベッタが心配そうにさすってくれる。けれど、今の私にはベッタに感謝している余裕はない。

 げほげほと咳き込みながら、私は死にそうな顔でジャンを見た。

「げほっ、だ、第一王子殿下主催のパーティーを、覗いたの!?」

 あの、私の黒歴史を、やばい恰好を見たと言うの!?

 顔を真っ青にしながら聞けば、エドガーは私に気遣うような視線を向けつつ控えめに頷く。

 エドガーの肯定に私の脳内は「やばい」という言葉で埋め尽くされた。リリアーヌ様も絶句するくらいの詐欺な恰好だったから、あれが私だとバレてはいないだろうけど、あの恰好を見られただけで充分アウトだ。恥ずかしいとかそういう気持ちより先に、ジャンとエドガーとクロエの記憶を抹消したいという思考が先に立つ。

 記憶を消す魔法ってあるかしら? 物理でいくなら思いっきり殴るとか? レンガとかでやっちゃう?

 私が危ない思考に陥っていることなど知らないまま、エドガーは昨日の話を続けた。

「俺らは覗きには興味なかったんだけど、クロエさんに引っ張られて行っちゃってさ。仕方ないから会場の中に目を向けてたら、クロエさんが貴族の一人に恋しちゃったらしくて」

「クロエが恋っ!?」

 しかも貴族に!? 自分達侍女のことを『他人の恋バナで盛り上がりつつも、心の底では“ないわ~”と現実を見て冷めた目を向けている、表面上だけ女子な集団』って言っていたクロエが恋に落ちちゃうとか、どんな貴族よ!?

 どんどん投げ込まれてくるびっくり情報に唖然としていると、エドガーが少し肩を竦めて苦笑を浮かべた。

「それがその人、女の人だったんだよ。異国風の男装をしている人で、見た目は完全に男だったから、クロエさんもショックで泣いちゃってさ。名前は確か……フィリーレラ・シル・ダイアスタ? だったっけ?」

 ――私じゃんっっ!?

「嘘でしょ……」

「男装している貴族女性がいるなんて嘘みたいだよな。でも、本当に女性らしいんだ。カミロさんが教えてくれて……あ、カミロさんも男爵家の三男だったらしくて。それで会場にいたカミロさんに覗きがばれてめっちゃ怒られて、その後に会場であったことを色々教えてもらったんだ」

「嘘でしょ……」

 知らないうちに友達の恋心を盗んでいたどころか、あのカミロさんが貴族で、しかも会場にいたですって?

 まぁ、カミロさんのことは納得できる部分もある。少しつかみどころがない人だとは思っていたけど、それも貴族だったからというわけね。基本物腰は柔らかいけど、その態度で誤魔化しつつ言いたいことは言うしやるときはやる感じ、思い返せばすごい貴族っぽいじゃない。そしてカミロさんは私がアルベール殿下達とやったあれこれを全部見ていたと。うわぁ、顔合わせずらい。

 というか、それよりどうしよう。クロエを惚れさせたうえに泣かせちゃったよ。私ってバレてないけど。え、これ次会った時確実に失恋話されるよね? 私が知らないうちに失恋させた相手の話を私が聞くの? 何て返したらいいのよ!?

 もう頭がいっぱいいっぱいで頭痛がしてきた。嘘だと思いたい現実に、救いを求めるように私は天を仰いだ。女神様、私、色々やらかしてはいるけれど、こんなにも一日で追いつめられるほどのことをやったでしょうか。やった気もするけど。

「そうそう。それで、カミロさんは奥さん候補になりそうなご令嬢を探しに来てたらしいんだけど、その、フィリーレラ様? にアプローチするのもありかもって言ってたんだ。『多少は親しいし、今日の姿は普段とは違って意外性があって面白かったから』って。カミロさん、休日もほとんど騎士寮にいるのに、親しいご令嬢なんているんだって、意外に思ったんだ」

「カミロさんッ!」

 ――確実にばれてるじゃないっっ!

 そりゃあ一緒に任務をしたこともあるし、親しいといえば親しいのかもしれないけど、でもアプローチ!? 奥さん候補!? 私を!? 何考えてるのカミロさん!?

 頭を抱えた私に、エドガーが心配そうにこちらを窺いながら聞いてくる。

「フィーラはその……カミロさんが好きだったり?」

「無いからっ!」

「そっか、うん、そっか……」

 即答した私に、エドガーはほっとした表情で胸を撫で下ろす。私があまりにカミロさんの話でショックを受けすぎて、叶いそうにない恋に悲しんでいるように見えたのかもしれない。心配させてしまったわね。

 私は深く溜息を吐きながら決意した。カミロさんとクロエはしばらく全力で避けよう、と。

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