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乙女よススメ!~妃が無理なら騎士になる~  作者: 愁
一章 騎士になる!
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結婚のその先で

 パーティー翌日の早朝、私は馬車で屋敷を出発して、王宮の門の近くまで送ってもらうことになった。

 ……お兄様とお姉様も一緒に。

 何故かお兄様とお姉様は何も言わずに当然のように乗り込んで来た。因みにさらっとお父様も乗り込んで来ようとしたから、思いっきり扉を閉めてやりましたよ。大人が四人も同乗するのは流石に狭いですからね?


 王宮へと出発した馬車の中、私は「ふわぁ……」と欠伸をこぼす。

 昨日はフェリシアン殿下をお兄様とお姉様がボコボコにした後、すぐに帰ろうと会場を出ようとしたのだけれど、三人揃って機を待ち構えていた女性貴族達に取り囲まれて結局長居させられたのだ。しかもやっと屋敷に帰って来ても、私はこってこての盛りっ盛りな恰好だったせいで、服を脱ぐのも化粧を落とすのも時間がかかってしまった。今の私は圧倒的に寝不足なのだ。

 だけど今日も仕事はお休みではない。リリアーヌ様は今日は午前の終わりに王宮に来て、夕方まで予定が詰まっている。私もリリアーヌ様も、あんなことをした次の日くらい丸っと休みで良いと思うのだけど、式の日程が差し迫っているせいで時間に余裕がないのだ。

 そりゃあ、結婚式の準備なんてものに追われるのは忙しくても幸せかもしれないけど、私は普通に仕事で、かつ配属もリリアーヌ様の近衛って……生活に潤いが無さすぎる。幸福度が低すぎる。私だってオーブエル殿下の顔が見れるなら忙しくても頑張るのに。

 寝不足やら幸福度格差やらで無性に癒しが欲しくなった私は、横に座っていたエイラお姉様へと甘えるような視線を向ける。

「お姉様ぁ……膝を貸してください」

「いいわよ、いらっしゃい」

 お姉様はそう笑顔で言って、自分の膝をぽんぽんと叩いて私に来るように促した。それに全力で甘えさせてもらい、私はお姉様のお膝へとがばっとダイブする。あ、お姉様の良い香りに包まれているみたい。最高。

 スーハーと深呼吸をしてお姉様の香りを堪能していると、私の頭を撫でてくれながら、お姉様は少し寂しそうな顔をした。

「あのね、フィーラ。慌ただしくて言う暇がなかったのだけれど、私達から大事な話があるの。聞いてくれる?」

 私達、という言葉にエリゼラお兄様へと視線を向ければ、お兄様も難しい顔で頷いた。何やら本当に重大なことらしい。

 膝の上に頭をのせたまま、私はお姉様を見上げて微笑むと、頭を撫でてくれていたお姉様の手に自分の手を重ねる。

「もちろんです、お姉様、お兄様。どんなお話でも、私はお兄様とお姉様がお話ししてくださること、それ自体が嬉しいのです。お二人にとって大事な事を話す、その輪に入れていただけるのもそうですし、お二人が誰かさんみたいに大事なことを話さずこそこそするような人間でないということも、妹として嬉しいですわ」

「そう……性格面でお母様に似たことを誇らないとね」

 私の言葉に少し苦笑をこぼしたお姉様は、少し口を閉ざすと、やがて意を決したように口を開いた。

「実はね、もうしばらく領地から出られそうにないの。フィーラに会いにも、しばらくは来られないわ」

「しばらくって、どれくらいですか?」

「さぁ……それもわからないの。早くて一年……もっと先になるかもしれないわね」

「どうして、ですか?」

 そんなに長くお姉様に会えないなんて、と寂しい思いが胸に溢れてそう聞けば、お姉様は寂しそうな顔から一転、額にピシッと青筋を立てて目から光を消した。

 おっと、私は何か聞いてはいけないことを聞いてしまったのでしょうか!?

 うん!? と焦る私に、お姉様は安心させるように笑顔を向けてきた。顔が引きつってるけど。

「あら、ごめんなさい。顔に出ちゃって。フィーラは何も悪くないから怯えないで。悪いのは全部、ぜーんぶ、あいつらなのよ」

「あ、あいつら?」

 お姉様をここまで怒らせるとはいったい何処の何方でしょう。怖いもの知らずも良いところですね。私、現在進行形ですっごい怖いもん。

 はぁっ、と大きな溜息を吐いたお姉様は、心底嫌そうに話し始めた。

「実は旦那の母親……義母にね、もう結婚して一年なのに子供はまだなのかってしつこく、しつっこく言われていて。私も旦那もダイアスタ領との交易が盛んになった影響で仕事が忙しいっていうのにあの女、自分はとっくに引退して毎日お茶してるだけの分際で、子供まで早く産めって煩いのよ! お前の飲んでるお茶代を誰が稼いでると思ってるの!? 旦那も旦那で今まで私の言いなりだったくせに、母親が言い出すなり早く子供をつくろうって言いだして! お前、誰が領地の実権握って、経営回してきたか理解してるのかって感じ。私の下で仕事をしていただけのくせに、私が妊娠したら俺が代わりに仕事をするからって、本気でできると思っているなら仕事をなめてるわ!」

 おおう、お姉様はどこに嫁いでもお姉様だった。というかあちらでしっかり実権握っていたんですね。旦那様を尻にひいているとは聞いていたけど、バリバリこき使って仕事をしていたらしい。

 でも、一般的には女は家庭を守るもの。嫁いだら子供をつくって家門を安定させることが求められる。お姉様がしているような、領地の経営は男の仕事で、女が口を出すことは忌避されることだ。そのことは嫁ぐ前からお姉様だって知っていたし理解していたはず。けれどそれを今まで許し、むしろ恩恵にあずかっていたのはお姉様の旦那様だ。つまり、お姉様が怒っているのは……

「私の自由なところが良いとか言っておいて、今更一般的な貴族女性の在り方に縛り付けようとするなんて最低っ! 結婚詐欺じゃない!」

 やっぱり、今になってご自分の自由さを縛られることに対してだったわけですね。

 お姉様は嫁ぐ時に、最後まで渋ったお父様に『女は黙って付き従い貞淑たれ、なんて思っている他の貴族よりマシだと思いますけれど?』と言って説得したと聞いた。お姉様の旦那様は、少なくとも結婚する前は、普通の貴族女性の型にはまらないお姉様を愛し、それを魅力とし、受け入れていたのでしょう。なんせ男装の麗人として名を馳せていたお姉様を娶ろうとする人ですから、それはもう普通とは違う価値観をお持ちだったのでしょうね。

 でも、結婚して一年経ったら変わってしまったと。子供をはやくつくろうと言うだけでなく、お姉様が担っていたお仕事までご自分が引き継ごうと言うなんて……お姉様からしたら、責任と誇りを持っていた仕事を取り上げられ、領地での地位と実権も同時に奪われ、子供をつくって大人しくしろと言われたような気になるでしょうね。

「……それでも、お姉様はそれを受け入れたから、領地からしばらく出られないと仰るんですよね?」

 とても辛い選択をしたのだろうな、とお姉様に気遣うような視線を向けると、お姉様はあっさり、首を横に振った。

「いえ、領地から出られないっていうのは、私の代わりになる人材を育て上げるためよ。平民だけど有能な女性を見つけたの。彼女も働くことを望んでいるから、私に付けて使い物になるまで徹底教育をするの。ダイアスタで領地運営を代行できているエリゼラにも教育に協力してもらって、領地一つ簡単に回せるくらいに育てるわ。いずれは代官として私が仕事を出来ないときの代わりになってもらうつもり。たとえ子供ができても、旦那には仕事も実権も譲る気は一切ないわよ」

「わお、さすがお姉様」

 簡単に私の想像の上を行きますね。きっと旦那様もそのお母様も、脳天ぶち抜かれた気分でしょう。

「じゃあお兄様とも協力して人材を育て上げたら、子供をつくって、産まれたらまたお仕事に復帰ですか?」

「そうなるかしらね。子供はちゃんと育てるけど、仕事中くらいは乳母に任せられるし、復帰を急ぎたいわ。あ、旦那を黙らせてられるうちにって人材育成を急ぐからしばらく領地から出られないけど、子供ができたらフィーラにも見せに来るわね。フィーラに似ると良いのだけれど」

「いや、私に似ても何も良くないですよ。お姉様に似るほうが絶対に良いです」

「私はフィーラに似てほしいの。私が一番愛しいのはフィーラなんだもの」

「その順位、子供ができたらちゃんと更新してくださいよ?」

 ふふふ、とお姉様と笑い合うと、お姉様はエリゼラお兄様に視線を向けた。

「エリゼラはどうなるかしらね。私の子供を一番に思うのかしら。フィーラのままなのかしら。それとも、もっと別の誰かを想うようになるのかしら。楽しみだけど、少し怖いし、寂しいわね」

 お姉様の言葉に、難しい顔をしていたお兄様がより眉間にしわを寄せて、面白くなさそうな顔をした。

「俺はいつだってフィーラも、エイラも一番だ。エイラの子供だって、一番にする。何も変わらないし、何も怖くも、寂しくもない。それに、妹達が一番な俺でいいと言う女でなければ結婚もしない。俺は……絶対に変わらない」

 変わってしまったお姉様の旦那様への怒りか、お兄様の瞳は鋭く細められた。同時に握りしめられた拳からは、自分は変わらないという、戒めのようなものも感じる。お姉様の今回の件、お姉様以上に怒っているのも、思いつめているのもお兄様の方なのかもしれない。

「エリゼラは一番が何人もいるなんて、狡いわね。因みに私の中でエリゼラは二番だから」

「……知ってる。エイラは二番が何人もいて酷いよな」

 からかうように言ったお姉様に、お兄様も不満そうだった顔を少し和らげて、呆れたような声でそう言った。

 やっぱり、二人は私を一番だと言うけれど、お姉様とお兄様の一番はお互いなんだろうな、と思う。どちらが欠けることも、傷つけられることも受け入れられないという感じ。やっぱりずっと一緒に、同じ感情を共有してきた双子だからかしら?

 この分かり合ってる感じ、羨ましいなぁ、と私が思っていると、お姉様は今度はターゲットを私にしたのか、悪戯っぽい笑みを浮かべてからかうように言ってきた。

「フィーラの一番は第三王子だったかしら? 性格とかよく知らないけど、あの害虫よりマシでしょうし、良い人選じゃない? 第三王子は結婚しても変わらない人だと良いわね。無事落とせたらちゃんと紹介してちょうだいね?」

「……だれにきいたんですか」

「イルダよ。お父様は認めなかったけど」

 もうイルダに手紙書くのやめようかな、と私はお姉様の膝の上で、恥ずかしさに赤くなった顔を隠しながら思うのでした。

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