観客席にて男は嗤う
※???視点
煌々と輝く城を一足早く馬車で去りながら、俺は込み上げる嗤いを抑えることができなかった。
「くくっ……ははははっ」
あぁ、本当に素晴らしい。今日はとても面白いものを見た。
俺が最初に描いた絵図とは違う結果になってしまったが、これはこれで……いや、俺が描いた以上の結果になったかもしれない。
「やはり良いな、フィリーレラ・シル・ダイアスタ」
あの女は今日、自身の価値を知らしめた。王族に、貴族に、そしてこの俺に。
たった一日で俺にとって、あの女は他の奴らに囲われる前に、何としてでも引き込みたい人材となった。これからは積極的に誘いをかけに行くとしよう。
「ちょうど、邪魔な女の相手をしなくて良くなったところだしな」
リリアーヌの親戚で、同年代、そしてリリアーヌへ嫉妬心を抱いている。それだけで捨て駒に選んだキアラという馬鹿な女は、思った通りに動くのは良いが、自己顕示欲と承認欲求の強いことが問題の女だった。近づくのも取り入りるのも容易だったが、構われたがりで俺の貴重な時間を奪うことも多い、身の程を弁えない女。
そして、自身が過去の言動を密偵に探られていたことにも気づかず、探りを入れていた当人である第一王子がわざわざ『大事な話がある』とふれ回ったパーティーに招待された不自然さに疑問を持たず、遅れて行った会場の中心にいた第三者の瞳の色を見ても何も察しない。
『飲み物を取ってきますから、キアラ嬢はお好きにお過ごしください』
そう言ってパートナーの俺が離れた瞬間が、切り捨てられた瞬間だとも気づかない。それどころか自ら渦中に飛び込んで行くとは。無知で愚鈍で、本当に救いようのない女だったな。
今頃はそれはそれは丁重な取り調べにあっている頃だろう。第一王子もリリアーヌも、あの女をいくら問いただしたところで、馬鹿な言動以外は何も出てはこないとも知らずにご苦労なことだ。
――さぁ、種も仕掛けもあるこの舞台で、客席に座る俺まで辿り着けるか? のうのうと生きる王族共よ。
俺の中にあるのは絶対の自信だ。俺は俺の計画を終えるまで絶対に舞台に上がりはしない。俺の立てた役者共がすべてを成すのを見物するだけだ。
この国の者が魔法を扱う者を愛し子や愛し子の騎士と呼び、魔法が女神から与えられた恩寵だと言うのなら、俺がその恩寵で、女神の愛で、この国を終わらせてやる。
「そのためにも、新たな役者を早く手に入れないとだな」
ただ一つの血筋にのみ受け継がれてきた薔薇の瞳を持つ女、フィリーレラ・シル・ダイアスタ。あいつならばきっと、俺の計画に乗ってくれるだろう。
多くの貴族を小馬鹿にして、第一王子の婚約者の親戚から観衆の中で罪の自白を引き出し、第一王子派筆頭の公爵家の勢力を削ぐ協力をし、第二王子に兄姉が不名誉な疑惑をふっかける原因にもなった。王族と公爵令嬢と親しいことを示し、貴族内での地位を確立させた一方で、多くの不興も一気に買ったとは、何とも面白い。
俺の下につくならば、隠匿の魔法で隠れきれないほどの非平穏な日常をプレゼントしてやろう。飽きることなく最期まで、面白可笑しく、そして愛と復讐の実現の両方を手にする、最高の喜劇を演じさせてやろう。あらゆる渦の中心に立って、かつて手にできなかったものを全て手にし、最高に幸せな破壊者で破滅者となればいい。
……これは、俺の為の舞台だ。俺の描く大団円の為に、フィリーレラ・シル・ダイアスタの存在は必要だ。
だが役者にだって舞台に立つかの選択くらいはさせてやるべきだろう。俺は一抹の良心を失ってはいないのでな。
簡単なことだ。誘いに乗るならそれでいい。
断るならば道は一つ。舞台に立たない役者には、退場してもらわないといけなくなるだけだ。
「以前の誘いは無視されたようだが、今回は餌も一緒に出してやる。無視してくれるなよ、フィリーレラ・シル・ダイアスタ」
脳裏に自らの存在をぼやかした薔薇の瞳の女を思い描き、そっと笑みを深くする。
舞台の幕は上がったばかり。
糸は絡まり心は動き欲望は膨らみ、舞台上の役者は終幕へと向かって行く。種も仕掛けもある舞台の上で、最良と信じた道が奈落へ続くとも知らずに進んでいく。
たとえ舞台がオペラでもバレエでも人形劇でも、望む物語の結末を見届けられて面白いならば、客からすればたいして関係のないことだ。何故なら重要なのは終幕を迎えるその瞬間なのだから。
糸は切れ心は壊れ欲望は否定され、役者共が壊れ堕ちるその様を、俺は見たいだけなのだから。
終幕の暁には万感の思いを込めて拍手を送ってやるさ。だがら精々、俺を楽しませてくれよ。
――この国の未来を担う、三人の王子殿下方?
かなり短くてすみません……




