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乙女よススメ!~妃が無理なら騎士になる~  作者: 愁
一章 騎士になる!
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舞台裏で絡まる糸~赤髪の麗人~

 パーティー会場となっている城の大ホールの、その裏側。給仕などをする使用人用の扉の奥は、厨房や客人用の休憩室への裏口に繋がっている場所らしく、端的に言えば廊下だ。次に給仕するものを運び入れたり一時的に置いておくために、少し広めに空間が作られているそこは、今は人でごった返す戦場と化していた。

「誰かそっちのワイン取って!」

「ご令嬢が数人体調不良で倒れられたから、手隙の侍女は休憩室の方を手伝いに来て!」

「厨房から料理持ってきたので道開けてくださーい!」

 などという、仕事関係での声が響き、てきぱきと忙しなく動き回る人々がいる一方で……

「あの人達やばくない!?」

「レベル高いなぁ! 目が浄化される!」

「ちょっとあんまり押さないでよ!」

「あんたもうずっとそこに居るんだから少しは譲ろうとか思わないわけ!?」

「ちょっと静かにして! あの人達が何話しているのか聞こえないじゃない!」

 という感じに、僅かに開いた扉の前を陣取って、覗きに来た侍女達も熾烈な戦いを繰り広げている。普段、王宮勤めの侍女として、完璧な仕事をこなしている人達には全く見えない。どちらかというと幼稚で、欲望に従順な彼女達の姿に俺は一歩後退った。

 が、隣のクロエさんは扉の前に集まる侍女達の姿に悔しそうに舌打ちをする。

「くっ、出遅れたわね! あたし達も行くわよ!」

「えっ!?」

 そう言ってクロエさんは果敢にも侍女達の壁の中へと突っ込んで行く。なお、俺の腕はクロエさんに掴まれて引っ張られていた。そして俺は咄嗟にジャンの腕を掴んで道連れにしていた。つまりは、料理食べたさに来たはずの俺達も、クロエさんによって覗きの仲間に引き入れられてしまったのだ。

「わっ、えっ、男!?」

「騎士が何でこんなところに!?」

 突然クロエさんに引き連れられて侍女達の中に入っていった俺とジャンに、侍女達はびっくりした様子で距離を取っていく。最前列までそうして進んで行って、俺達は見事に一番良くパーティー会場内が見える位置を陣取ることになった。

 俺の手を引くクロエさんがにんまりと笑っていたので、俺達は彼女に上手いこと利用されたらしい。すぐに効率的な方法を見つける頭の回転の速さと、使えるものは何でも使うその姿勢、できれば別のことに向けてくれ。

 やがて恐るおそる、といった風に俺達の後ろへとあちこちに散っていた侍女達は再び集まり始め、ただ料理目的だった俺達は、腹を空かせたまま料理一つ食べることもできず退路を断たれた。無慈悲。

 きゅう、と切なげに鳴く腹をさすりながら、俺は仕方もなしにパーティー会場の中へと視線を向けた。


 煌びやかに着飾った貴族達が大勢いる会場の中は眩しくて、遠い世界に目が霞む。

 主催者である第一王子殿下は、多くの貴族に囲まれていてすぐに見つけられた。こうして見ると、確かに美形が多い貴族の中にあっても、その美貌は抜きん出ている。次いで目に入った、やや人々に遠巻きにされている第二王子殿下も、何があったか知らないが酷い顔色ながら、その容姿はいつも自慢するだけあって輝いていた。やはり、殿下方は特別らしい。

 この二人に加えて、オーブエル殿下までも見慣れてしまっているフィーラが、相当な面食いになってしまうのも頷けた。そして、やはり容姿では殿下方には敵いようもない現実を突きつけられる。男は顔だけじゃない……とはわかっているが、やっぱり少しへこむな。

「……はぁ」

「はぁ~~っ」

 気分が沈んで溜息を吐くと、俺とは対照的に甘い色をのせた溜息を、隣のクロエさんがこぼした。溜息というか、もはや歓喜の声にも聞こえたが。

 何事かとそちらを見れば、クロエさんは両手を赤く染まる頬に添えながら、どこかを凝視していた。その瞳はキラキラと輝いていて、口角はすっかり上がりきっている。

 一体誰を見ているのか、クロエさんの視線の先を追うと、そこには女性達に囲まれる赤髪の三人組がいた。

 招待客用の出入り口の近くで女性に囲まれたその三人組は、帰るに帰れない、という様子で少し困った顔をしているが、全員がかなりレベルの高い美形だった。特に、真ん中に立っている一番派手な格好をしている男性には、何故か俺も目を惹きつけられた。金のアクセサリーが派手だとか、そういう話ではなく、この胸の感情は形容しがたいが、妙に気になる。

 三人組のうち二人は異国の衣装を身に纏った男性で、もう一人はポニーテールにされた長い髪や体形から、男の恰好はしているが女性であることが窺えた。兄妹か何かだろうか。

「変わっているし派手だけど綺麗な人達だな」

 ぼそりと直情的な感想を言えば、わかってるじゃない、というように無言で興奮したクロエさんに腕をバシバシ叩かれた。地味に痛い。

「ほんっとに、素敵! すっごいタイプ! あたし、恋しちゃったかも!」

「因みにどの人に?」

「あの真ん中の人!」

 おっと、クロエさんと同じ人を見ていたらしい。なんだか少し、残念な気分になる。

 きゃあきゃあと恋心に弾けるクロエさんの後ろで、集まっていた侍女達も各々の感想を述べていく。

「私はあの三人組の、一番背の高い男性が素敵だと思うわ! 派手に飾り立てているわけじゃないから、自然体って感じで好印象だわ!」

「私は真ん中の人ね。派手だしちょっと軟派そうだけど、そこがいいわ。一夜だけでも遊ばれてみたーいっ!」

「わたし、断然、あの女の人」

「え、あんたそういう趣味?」

「違うけどっ、でもあそこまで美しいともう性別とかどうでもよくない!? 男装の麗人って言うの? 男性らしい凛々しさのなかに女性らしい柔らかさもあって、もうっ……崇めたい」

 えぇと、趣味は色々、感性も色々だな。うん。

 耳に入ってくる侍女達の感想に遠い目をしつつ、俺は心底、この場にフィーラがいないことを感謝した。彼女達に混ざって誰が良いだのどういうのが良いだの話されたら、俺の精神が終わる気がする。

 そんなことを思い空笑いをする俺のもう片方の隣で、ずっと静かだったジャンが侍女達につられるように口を開いた。

「……ねぇ、あの真ん中の人、女性じゃない?」

 ぽつり、と呟かれたその言葉は、きゃあきゃあと盛り上がっていた侍女達を、一気に冷や水を浴びせたようにしんと静まりかえらせた。恋しちゃったかも、とまで言っていたクロエさんは、目も口もかっぴらいて硬直している。

 周囲の反応に「え?」と首を傾げたジャンは、真ん中の人へ視線を向けながら話し出す。

「そう思わない? あの服、異国の物だから構造はよくわからないけど、たぶん隣の男性と同じ国の物だよね。二人を比べたら、真ん中の人の方が胸元とかきっちり閉めているし、ウエストの帯のところは真ん中の人の方が断然細いでしょ。布の量も身長も体形もそんなに違って見えないのに、あそこまでウエストで差が出るのは、そもそも男女で体のつくりが違うからじゃない? それにほら、首の肉付きも隣の男性より薄いし、なんて言うか、全体的に線が細くない?」

 もちろんただ中性的な男性かもしれないけど、と補足しつつそう言ったジャンに、クロエさんはとうとう目元を覆って天を仰いでしまった。すっかり頬の赤みは引ききってしまっている。

 ジャンは基本的に気が使える良い奴だが、言わなくていいことを言ったり、逆に言っておくべきことを言わないままだったり、察しがいいようで空回っていたり、変なところでポンコツだ。ノーラさんは魔法実習での一件が無くても、いずれジャンと別れることになっていたんだろうな。

 俺はクロエさんの肩にぽんと手を置いて、気休め程度の慰めを口にする。

「こいつ、勘違いも多いから……その、あんまり気にするな」

「気にするわよバカァッ!」

 わぁっと失恋や怒りで涙をこぼしたクロエさんに、後ろにいた侍女がそっとハンカチを差し出しながら微笑みかけた。

「……崇めましょう」

 あ、この人さっきヤバめの感想を喋っていた侍女か。まて。そっちにクロエさんを引きずり込むな。その先には沼しかないぞ、たぶん。

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