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乙女よススメ!~妃が無理なら騎士になる~  作者: 愁
一章 騎士になる!
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舞台裏で絡まる糸~不純な思い~

※エドガー視点

 あまりの衝撃に叫んだ俺とクロエさんに、食堂中から視線が集まってきた。その視線の中には、フィーラと同じ隊の女性騎士達、そしてジャンの元カノのものもある。

 視線の多さに若干諦めたような顔をしたジャンは、はぁと溜息を吐いてから、元カノがいるテーブルへと向かって行った。

 やっちゃった、というように口を両手で覆ったクロエさんと横目に視線だけ合わせて、何事かと向けられる人々の目から逃げるように、俺達もこそこそと足早にジャンの背を追いかけていく。

「……騒がしくしてすみません。少し聞きたいことがあるのですが」

 一団の中、最奥に座していた銀髪の女性騎士へジャンが短く声をかけた。

 記憶が正しければ、恐らく彼女はフィーラの隊の隊長だ。王宮図書館に来た時や帰る時、隊員に護衛の指示を出していた。階級的には俺達より断然上だろうし、洗練された立振る舞いや目立つ艶やかな銀髪と赤い瞳は、彼女が貴族出身であることを窺わせる。

 俺はジャンの後ろで騒がせたことへの謝罪と、挨拶の意味を込めて頭を下げた。階級が上、かつ貴族を相手に、文句やらを付けられるのは面倒だ。先にこちらから礼を尽くしておくに限る。

 彼女はジャン、俺、それからどうしたものかと身を縮ませているクロエさんへと順番に視線を移していき、それからちらとジャンの元カノの様子を見て、ふっと赤い瞳を細めた。

「構いません。元々ここは皆の賑わう食堂。多少騒がしいのも醍醐味のようなものですからね。それで、聞きたいこととは何でしょう? 先ほど叫ばれていた『元カノ』に関係していることでしょうか?」

 俺が騒がしくしたことや食事の邪魔をしたことを不問にしてもらいほっとしている一方で、ジャンは一瞬元カノへと気まずそうに視線を向けてから首を横に振る。注目を集めることになった元カノの方も、ちょっぴり気まずそうに視線をジャンから逸らした。

 まだ偶に話すとか言ってたけど、実際のところ今この二人はどれだけ仲が良いんだ? 未だにギクシャクしたまま、ただ無視をするわけにもいかない相手、という感じか?

 過去に仲の良い女性はいても、彼女はひとりもいなかった俺には二人の気持ちは図りようもなく、ただ曖昧な同情心を向けるばかりだ。

「実は彼女がフィーラを探していて……部屋にはいないようなので、皆さんなら何か知っていないかと」

 ジャンは後ろに控えていたクロエさんを振り返りつつ事情を説明する。

 女性騎士達の視線を一身に受けたクロエさんは少し気圧されたのか硬くなりつつ、ぺこっと頭を下げてから自己紹介をする。

「フィーラの友人で侍女をしています、クロエと申します」

 流石に貴族っぽい人を前にしたからか敬語で丁寧に名乗ったクロエさんに、がばっと一人の女性騎士が立ち上がった。

「フィーラのお友達ということは私のお友達でもありますね! 友達の友達は友達って言いますし! 仲良くしてくださいね、クロエさん!」

 ぱぁっと顔を明るくして、独自理論でそう言った女性に、クロエさんは少し驚きつつもぎこちなく頷く。

 そしてそんなクロエさんの様子を見て、フィーラと仲の悪そうだった女性が呆れたように口を開いた。

「あんた、初対面の人相手に名乗りもせずにいきなりそんなこと言うなんて、礼儀がなってないんじゃないの? 普段は散々、私にケチつけてくるくせに、自分も大概じゃない」

「エレナさんこそ私の揚げ足をとるようなことばっかり言いますよね。第一、今はお友達相手なんですから、畏まりすぎる方が良くないと思いますけど? そんなだからノーラさん以外とまともに仲良くできないんじゃないですか?」

「あんただってフィーラにくっついてばっかりで人の事言えない立場じゃない!」

 突如としてガルルルル、と舌戦を始めた二人に、隊長さんの隣に座っていた茶色よりの金髪をした女性が雷を落とす。

「二人とも場を弁えなさい! 観衆の前で喧嘩など、騎士として恥ずかしいですよ! まして今はクラリーチェ様が親睦を深めようとお誘いくださった夕食会の最中ではありませんか!」

「「……申し訳ありません」」

 喝っ! と女性に怒られると、少し納得がいかないという顔をしつつも、喧嘩をしていた二人は謝罪を口にして大人しく席に座りなおした。

 そんな隊員の様子に苦笑を浮かべた隊長さん……クラリーチェ様と呼ばれていたその人は、呆然とするクロエさんに申し訳なさそうに眉尻を下げて謝罪を口にする。

「ごめんなさいね、こちらの方がよほど騒がしくしてしまって。侍女なら知っているかもしれないけれど、実は今日は第一王子殿下が主催のパーティーが城であるんです。公女様も今日はそちらに参加されるだけの予定なので近衛隊は丸一日お休みで、私達は女性騎士同士せっかくだから親睦を深めようとこうして一緒に夕食をとる会を開いたのだけれど……フィーラは生憎と実家に帰ってしまっていて。帰ってくるのは今夜遅くか、明日の朝になると思います」

「そうだったんですね。お教えくださりありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げて礼を言うクロエさんを横目に、俺は少し肩を落とす。

 フィーラ、たった一日の休みだったのに遊びも休みもせず実家に帰ったのか。前にも父親の腰が悪いようなことを言って実家に帰っていたし、俺が思っているよりフィーラの置かれている家庭環境は厳しいのかもしれない。

 フィーラが次実家に帰るときはついて行かせてもらおうか? 男手が必要なことくらいは手伝ってやれるかもしれない。まぁ、フィーラの家族と距離を縮める機会があるなら是非欲しいという我欲もあるけど。フィーラの両親に「婿に来い!」とか言われてみたい、というのは些か不純すぎるだろうか。

 やっぱり外堀から埋めるようなマネをするよりフィーラ自身と恋仲になるのが先だよな、と俺が思い直している間に、クロエさんはクラリーチェ様達との挨拶を終えて、ジャンと俺に「さっさと撤退するわよ」と視線を送ってきた。その視線に抗うことなく、俺はもう一度クラリーチェ様へ軽く頭を下げてクロエさんとその場を去ろうとする。

 だが、ジャンはその場を動かない。そして、少し迷うように瞳を伏せた後、意を決したように元カノへと声をかけた。

「その、迷惑をかけたようでごめんね、ノーラ。君は目立つのが苦手なのに……」

 ジャンの元カノの名前はノーラというのか。騎士学校時代の元カノなら一応俺とも学科違いの同期ということになるが、ノーラさんの顔にはまったく懐かしさも見覚えも感じない。魔法学科でも仲の良い女子の友人はいたが、俺の友人達は総じてアクティブな奴ばかりだったから、彼女のように大人しそうな子とは関わることがなかったのだ。

 ノーラさんはジャンの言葉に控えめな苦笑いを浮かべると、悟りきったような瞳でジャンを見た。

「ジャン君は優しくて大人しくて真面目な人に見えるだけで、関わったら大変なことになるのはもう知ってるから……。今はちゃんと暴走しないで話が通じているだけマシなんだと思ってるよ」

「本当に、わざとではないんだってことは理解して……」

「うん。理解してる。わざとじゃないから困ったし、わざとじゃないから付き合えないって思ったもん」

「……、……」

 元カノからの呆れと諦めを含んだ返答に返す言葉もなく、ジャンはただただショックと自己嫌悪で固まった。俺はその肩を無言で抱くと、そっと静かにその場を退場させる。親友があまりにも哀れだ。


 落ち込む親友に何と言葉をかけたらいいのかも分からないまま、俺はジャンを連れてクロエさんを騎士寮の玄関先まで送っていった。

「無駄足に付き合わせちゃって悪かったわね。最近フィーラと会えないから、今日こそはって思ってたんだけど、まさか実家に帰ってるなんて」

 はぁっと溜息を吐いたクロエさんに、そういえばと俺は尋ねる。

「クロエさんは結局、フィーラに何の用があったんだ? 遊びにでも来たのか?」

 俺が問えば、クロエさんは少し悪戯っぽい笑みを浮かべて内緒話をするように声を潜めた。

「今夜、第一王子殿下主催のパーティーをやってるっていうのは、さっき聞いたでしょ? あれに誘いに来たのよ。流石に正面入口は無理だけど、使用人が使う給仕用の扉からなら、こっそり中の様子が見れるの。貴族って美形が多いから見ているだけで目の保養だし、運が良ければ貴族間で流れる噂話なんかも聞けて面白いのよ。暇な侍女はみんな来るわ」

 フィーラを堂々と貴族のパーティーを覗きに行くのに誘おうとしていたのも凄いが、覗きが侍女の中では普通のこととして横行している事実も中々衝撃的だ。

 美形の貴族に胸を躍らせたり、貴族の噂話を面白いと収集したり、女性……というか侍女の感性はあまり理解できない。フィーラの不在を心から安堵しつつ、フィーラが彼女と同じ感性でないことを密かに願う。が、すぐにハッとした。

 もう既にフィーラは面食い疑惑がかかっているから、彼女と同じ土俵に片足突っ込んでいるかもしれない。手遅れだったらどうしたものか。

 頭の痛い現実に、ジャンと同じようにどよーん、と顔を暗くした俺に、クロエさんは「そうだ」と良いことを思いついたように両手を合わせて、少し高めのテンションで俺達に提案してきた。

「せっかくだから、二人も一緒に来ない? あたし一人で行っても味気ないし。失敗したり余ったお客様用の食事とかもちょこっと貰えるから、騎士寮のご飯より味も質もいいものが食べられるわよ? お腹すいてない?」

 言われて、思い出したように俺の腹が情けない音で鳴く。

 王侯貴族向けの食事か……少しだけ、興味がある。どうせ今から食堂に戻っても視線を集めて居心地が悪いだろうし、ジャンだってまた元カノがいる空間に戻るのは厳しいだろう。

 そう判断した俺は固まったままのジャンを道連れに、クロエさんの誘いに乗ることにして、小さく頷いた。

「ちょっとだけなら……」

「良かった、決まりね!」

 貴族をネタに楽しみたいクロエさんら侍女とは少し違うが、俺もまた不純な動機を持って、第一王子殿下主催のパーティー会場、その裏側へと足を向けるのだった。


 そこでまさかの事態に巻き込まれるとも知らずに――……

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