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乙女よススメ!~妃が無理なら騎士になる~  作者: 愁
一章 騎士になる!
89/120

舞台上で絡まる糸~寸劇、決着~

 アルベール殿下の僅かな笑い声が響くだけで、しんと静まり返った大ホールは、やがて大きなざわめきに呑まれていった。

「フィリーレラ・シル・ダイアスタ!? あれは女だというのか!?」

「ダイアスタってあの!? 男装の麗人と謳われたエイラ様の妹!?」

「でも妹の方は地味だったはずでは!? 幽霊だと言われていると聞いたのだが!?」

「知らないわよ、顔も憶えていないわ! でもダイアスタ家以外にこんなことする者はいないわよ!」

「あの異国の衣装は長男の影響か! 確か以前、長男も異国の衣装で社交界に姿を見せていたよな!」

 わぁ、凄い混乱だわ。カオスだわ。原因は私なんだけど。

 お兄様とお姉様の腕が凄すぎて、まったく私を女だと認識していなかった貴族達は、理解が追い付かないまま近くの人やパートナーと言い合いをしている。

 そしてその火は、この馬鹿げた寸劇の演者である私達三人へと向けられた。

「アルベール殿下は我々を愚弄したかったがためにこのパーティーを用意されたのですか!?」

 まったくその通りで。

「シャーディヨンご令嬢もわざとらしくダイアスタご令嬢とベタベタしたりして! 私達を嘲笑っていたのでしょう!?」

 おそらくその通りかと。

「ダイアスタ令嬢も今まで一度も男装で社交界に来られなかったのに、今になってその姿で来られるなんて、もしかしてシャーディヨンご令嬢の噂を広めたのも貴女ではありませんの!? 私達を嵌めたかったのでしょう!?」

 大いなる誤解が生じています! 原因は私でも広めたのは私ではありません!

 ひゃあああっ、と着せられた濡れ衣に冷や汗をかいていると、ヒートアップしていく人垣の向こう側から、一人の令嬢がきょとんとした顔でこちらに向かってきた。

「この騒ぎは一体何ですの、リリアーヌ」

「……キアラ」

 少し声のトーンを低くしたリリアーヌ嬢が、不思議そうに周囲を見渡す小柄な令嬢の名前を呼ぶ。

 そのキアラ、という名前は、打ち合わせのときにアルベール殿下に聞いていた名前だ。

 確かシャーディヨン家の親戚筋の、スミュエール子爵家の長女だったはず。そしてあの日、シャーディヨン家に男装で向かった私の姿を目撃し、そのことを社交界で話題に出した張本人。

 少しむっとしたリリアーヌ嬢とは対照的に、キアラ嬢はお気楽な笑顔を浮かべてリリアーヌ嬢に声をかけた。

「私はパートナーが用事で少し遅れたせいで、やっとこの会場に着いたところだったのよ。だからこんなに騒ぎになっていてびっくりしちゃったわ」

 あっけらかんと笑いながら言ったキアラ嬢は、その視線をリリアーヌ嬢の隣にいる私と、その奥に立つアルベール殿下に向けると、今度はわざとらしく眉を顰めながら、口元を隠しつつリリアーヌ嬢を嘲笑う。

「やだ、リリアーヌってばその外国人をパーティーに連れてきたの? その人、前に屋敷で密会していた外国人でしょ? しかも殿下と鉢合わせさせるなんて、自分を取り合う男の姿が見たかったのかしら? ちょっと趣味が悪いわよ」

「…………」

 遅れて来たことで騒ぎの原因を知らなかったことが幸か不幸か、キアラ嬢は自ら、私とリリアーヌ嬢が屋敷で会ってたことを見ていたと、この観衆の中で暴露する。

 そっと視線を向ければ、アルベール殿下は大変満足そうな微笑みを浮かべていた。手間が省けてラッキーとか思ってそう。

 ……今回の計画、貴族達を馬鹿にすることと私がリリアーヌ嬢の噂の相手だと大々的に喧伝することも目的ではあるけれど、本命はこちら。キアラ嬢。

 彼女はまず、第一王子妃となるリリアーヌ嬢に関する誤った情報を社交界で流したという罪が確定している。そして、リリアーヌ嬢の乗っていた馬車が暴走した事件とも関わっているという嫌疑がかかっていた。

 アルベール殿下が言うには、馬車が暴走した事件の前後に、ちょうどキアラ嬢はシャーディヨン家に宿泊していて馬車への細工は容易な立場であったと。そのうえ、リリアーヌ嬢の悪意ある噂の種となる話をわざわざ社交界でするという行為で、リリアーヌ嬢への何らかの悪意ないし敵意があり、事件との関連もありえると判断されたのだそう。

 本当は私が身元を明かした時点で、混乱する貴族の中からキアラ嬢を見つけ、噂の人物と私が同一人物であるという証言をさせることから、言質をとっていくプランだった。

 けれどキアラ嬢は遅れて来たことで、まったく私の正体を知らないまま騒ぎの中心の私達を見て誤解し、誰に言われるまでもなく、噂の人物と私が同一人物だと口にしたのだ。アルベール殿下からしたら楽なうえに滑稽そのものだろう。

 まぁ、ここは私が一肌脱いであげますか。私にもリリアーヌ嬢の噂の原因となった罪悪感がありますしね。別に全責任をキアラ嬢に一刻も早く擦り付けたいわけじゃない。ないですからね。

 私はお姉様スマイルを貼り付けると、キアラ嬢へとすっと近づいた。

「はじめまして、スミュエール子爵令嬢。愛らしい貴女のことをキアラ嬢、とお呼びしても?」

「え、えぇ」

 何にも知らないキアラ嬢は、お姉様特製の私の顔面、そしてお姉様スマイルにほんのり顔を赤らめながら頷いた。彼女の背後の貴族が「うわぁ」という引いた目をしていたのは気のせい。

「キアラ嬢は私とリリアーヌ嬢が二人で会っていたことをご存じだったのですね」

「えぇ。だって、あの日見たのも赤髪の外国人だったもの。服装の雰囲気も今日と似ていたし、同一人物なんでしょう?」

「なるほど、キアラ嬢のその瞳はきちんと人を見分けられる優れた瞳のようですね。そしてその薄桃色の唇は、私のことを語らずにはいられなかったと。好意を頂けていると勘違いしてもよろしいでしょうか?」

 お兄様とお姉様が私に向けるベタ甘な視点でキアラ嬢を褒め、本の中の王子様のようにキアラ嬢へそう囁けば、キアラ嬢はにへら、と口角を上げた。

「私が貴方のことを語ったのは確かだけど、それだけで好意を捧げているなんて、そんな単純に考えないでちょうだい。私の好意は、顔が良いってだけじゃあげられないわよ」

 貴族としてのプライドは見せつつも、明らかに照れながらそう語ったキアラ嬢に、私は内心ガッツポーズをする。

 そしてばっと、勢い良くアルベール殿下を振り返ると、アルベール殿下は私に向かって一つ頷いてから、少し大股でキアラ嬢の前へと進み出た。

「……キアラ嬢、今のお話を詳しくお聞かせ願いましょうか。私にはリリアーヌとこの者が会っていたことを、貴女が社交界で語ったと、そう聞こえたのですが?」

 闇深いオーラを背負いながら首を傾げたアルベール殿下に、キアラ嬢は「しまった」という顔をして、それから慌てて口を開いた。

「殿下、私がこの外国人とリリアーヌが会っていたと話したのは事実ですけれど、それだけですわ! 責めるべきは、殿下を差し置いて浮気をしたリリアーヌでしょう!?」

 ビシッとリリアーヌ嬢を指さして叫んだキアラ嬢に、もはや会場にいたすべての貴族が溜息を吐く。

「キアラ嬢、リリアーヌは浮気などしていません。ただ同年代の同性と、二人でお茶会をしていただけです」

「へ……は、え、同性?」

 目を白黒させながら私を見たキアラ嬢に、ほんの少し申し訳ない気持ちが湧いて苦笑を向ける。

 そしてアルベール殿下はそんなキアラ嬢を無視してたたみかけた。

「貴女は先ほど『密会していた外国人』『自分を取り合う男の姿が見たかったのか』『趣味が悪い』などと言っていましたね。それはすなわち彼女を男と認識している状態で、会っていることを趣味が悪いなどと思いながら、その真実を確かめることもなく、貴女はリリアーヌと彼女のことを社交界で話したということ。その時点で充分にリリアーヌへの悪意が貴女には認められますし、噂になると思わなかった、などとつまらない言い訳はしませんよね?」

「おまちを……そんなつもりは……信じてください殿下!」

 顔を真っ青にしたキアラ嬢は、縋りつくようにアルベール殿下へと手を伸ばす。

 が、その手はアルベール殿下に届く前に、リリアーヌ嬢によって叩き落された。

 パシンッと乾いた音が響いて、キアラ嬢は信じられないという顔でリリアーヌ嬢を見上げる。

「人の婚約者、それも第一王子殿下に許可もなく触れようだなんて、貴女の方がよほど趣味が悪いのではなくて?」

「リリアーヌ、あんた……っ」

 ぎりっと奥歯を噛みしめてリリアーヌ嬢を睨んだキアラ嬢。その首筋に、アルベール殿下は音もなく一瞬で内ポケットに入れていた万年筆を押し当てた。素早く鮮やかな手際でありながら、それはまるで真剣を罪人の首筋に突きつける執行人のように見えて、文武両道と謳われるアルベール殿下が、しっかりと剣の道を究めた一人であることを認識させられる。

「あまり往生際が悪いと、今度はペンでは済みませんよ? 貴女には他の事件での嫌疑も掛かっています。大人しく身柄を拘束させていただけますね?」

 覇気、あるいは殺意、を瞳の奥に滲ませたアルベール殿下に、キアラ嬢はすっかり怯えきってガタガタと震えながら頷いた。

 大人しくなったキアラ嬢を一度解放したアルベール殿下は、崩れ落ちたキアラ嬢には目をくれることもなく、リリアーヌ嬢のことを抱き寄せて、ただ呆然と事の成り行きを見ていた貴族達へ宣言した。

「今日ここへ皆を集めしたかった大事な話とは、リリアーヌの噂はこの通り、事実無根のものであるということ。そして私は彼女を手離す気など一切ないということです。式も予定通りに行います。この結婚が皆に祝福されることを、切に願うばかりです」

 アルベール殿下の言葉が会場中に響き渡ると、やがてぽつぽつと起きたまばらな拍手は、次第に大きな波となり、喝采と祝福が会場を埋め尽くしていった。

 いつか見たものと似た光景に、苦い過去を思い出して少し複雑な気分になりながら、私もまた、心から二人へ拍手を送る。かつては送れなかった祝福を、今度こそ、本心から。

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