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乙女よススメ!~妃が無理なら騎士になる~  作者: 愁
一章 騎士になる!
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舞台上で絡まる糸~主役は何者か~

※フェリシアン視点

 城の大ホールは、陛下でも滅多に使わないほど大きな舞踏会やパーティーを開くための会場だ。

 今、その大きな会場中を、数多くの貴族たちが埋め尽くしていた。老いも若きも関係なく、兄上の『大事な話』とやらに釣られてきた有象無象の端役達。

 そんな中においても、私という存在は埋もれることなく輝き、自然と私が向かう先には道ができる。主催者である兄上へのもとへと続く道が。

 通り過ぎていく群衆の中から、私の美貌への感嘆の声が漏れ聞こえる。いつもならば、その声の先に視線を向けるなり笑顔を向けるなりのサービスをしてやるのだが、生憎と今はそんな余裕はなかった。堂々たる笑みを貼り付け、美貌を見せつけるように悠然と歩きつつも、私の胸中を占めるのは、兄上への疑念と今日明らかにしたい真実への渇望だ。

 ――さて、兄上は何と答えるだろうか。

 私が人垣を抜け目の前へと辿り着くと、兄上はいつも浮かべている隙のない笑顔を私に向けてきた。私は昔から、この底の知れない笑顔が苦手なのだ。何を考えているのか、まるでわからない。

 その笑顔から逃げるように、私はすっと、第二王子として第一王子に頭を下げて挨拶をした。

「フェリシアン、よく来てくれましたね。同じ社交の場に立つのは何年ぶりでしょうか、懐かしいです」

 兄上の言葉に笑みを浮かべながら頭を上げつつ、私は内心少しばかりの毒を吐く。

 懐かしいも何もあったものではないか。兄上と私が同じ社交の場に立っていたのなんて、まだ王妃がいた頃の、遠く幼い過去の話だ。一人ひとりで社交の場に立つようになってからは一度もない。王太子の座を争う政敵であったし、特に有望とされた兄上は、周囲が地盤の強化を徹底していて取り付く島もなかった。

 私と兄上の間には、懐かしむようなものなど何もない。

 そう胸中では思いつつも、私も兄上に合わせて笑顔で返す。

「本当にそうですね。本日は急に出席を願ったにも関わらず、こうして迎えていただけて有難いです。兄上の結婚前、最後のパーティーになるやもしれないこの機会に、きちんとお祝いを述べておこうと思いまして」

「ありがとうございます、フェリシアン。弟達に祝いの言葉をもらえて、兄としてとても嬉しいです」

 ……弟達、か。

「兄上、お忙しいとは思いますが、少々二人でお話をさせていただけませんか? 積もる話も多いことですし」

「構いませんよ」


 兄上は客人達に軽く挨拶をしてから、私を連れてホールの隅へと向かった。

 王子同士の会話のためか、貴族達は遠巻きにこちらを窺っている。だが会話の内容が聞こえるほど近くに寄ってくる者もいなかったので、私は兄上に上辺を取り去った巣の自分で問いかけた。

「兄上、オーブエルに祝いの言葉を貰ったというのは嘘では? オーブエルのところで騒ぎを起こしたと聞きましたよ?」

「……やはり、二人はとても仲が良いようで羨ましいです。えぇ、祝いの言葉を貰ったのは私ではなくリリアーヌです。それと騒ぎの件ですが、少々誤解をしてしまいまして、我を失ってオーブエルに詰め寄ってしまいました。我ながら兄として情けないです」

「きちんと謝罪はしましたか? もしオーブエルの心に傷を残していたら、いくら兄上でも許せませんよ」

 私が怒気を込めてそう言えば、兄上は心底困ったように、眉尻を下げながら苦笑した。

 その顔は私が初めて見る兄上の表情で、驚きとともに、心から兄上がこの件で参ってしまったらしいことが伝わってくる。

「謝罪はしましたし、受け入れてもらいました。また来てもいいかと、我儘な事を聞いてしまいましたが、オーブエルは『次はもっと別の話ができることを楽しみにしている』と、言ってもくれました。ですが、正直なところ、本当にオーブエルが私を歓迎してくれるのか、受け入れてくれるのかはわかりません。分かり合いたいとは思っていますが、あまりにも、私はオーブエルを突き放しすぎましたから」

 過去を後悔し、怯え、歩み寄りたくても踏み出せずにいるその兄上の姿は、かつての自分と重なって見えた。あの時フィーラに手を引いてもらわなければ、私は今頃、オーブエルとどんな関係だったのだろうか。

 心なしかしゅんと肩を落とした兄上へと、私はあの日の、無鉄砲で大胆で礼儀知らずな友の姿を思い返しながら言葉をかけた。

「兄上の不安はただの憶測に過ぎないのでしょう。オーブエルが直接、兄上を拒絶する言葉を言ったわけではない。むしろ兄上はオーブエルに次の約束をしてもらえたのですから、後はもう、オーブエルの言葉を信じるか、自分の憶測に怯え続けるかの選択だけです。……私は、憶測に怯えるのではなく、オーブエルの言葉を直接聞きに行きました。私の正しい思いをきちんと言葉にして伝え、そしてオーブエルは私を受け入れてくれた。あの子は、他者の言葉を信じ、歩み寄ることができる、優しい子ですよ」

 そう、オーブエルは優しい子だ。素直で、繊細で、人のことを思いやれる世界一良い子だ。そんなオーブエルが次の約束をしてくれたのなら、受け入れようとしてくれたのなら、その優しさを信じないのは兄として失格だ。

「まぁ別に、兄上がオーブエルと親しくなれなかったなら、その分私が兄としての役割を享受するだけです。兄上がオーブエルを信じられないなら、オーブエルは私が独り占めするので、兄上は近づかないでくださいね」

 誰の影響か、つい発破をかけるような言葉が口から紡がれる。多少は本音が入っているが。

 そんな私の言葉に、兄上はふっと気の抜けたような微笑みを浮かべると、私の頭に手を置いて撫でまわしてきた。

「フェリシアンも良い子ですね」

「兄上、髪が乱れるので即刻やめてください。どれだけの時間をかけたと思っているんですか」

 割と本気で怒りながらそう言えば、兄上は「すみません」と少し焦った様子で手を離した。

 いくら兄上でも、私の美しい髪を鳥の巣にされたら困る。

 目を座らせながら髪を整える私に、兄上は咳払いをひとつすると、少し強引に話を戻した。

「その、フェリシアンの言葉で私も目が覚めました。きちんとオーブエル自身の言葉を信じ、分かり合えるように、歩み寄れるように、あの場所へ通おうと思います。兄としての立場をフェリシアン一人に独占されるのも癪ですからね」

「あまり通い詰めるのは迷惑になりますからやめてあげてくださいよ」

「わかりました。少しずつ、ゆっくり距離を縮められるよう努力します」

 殊勝な態度で頷く兄上に満足しつつ、会話が途切れたこのタイミングで、私はあくまでついでの話題だと言うように、さらりと兄上に探りを入れてみることにした。

「そう言えば、兄上はフィリーレラ・シル・ダイアスタ伯爵令嬢をご存じですか?」

「フェリシアンが女性について聞いてくるなんて意外ですね。もちろん、彼女とは社交界で度々顔を合わせていましたから知っていますよ」

「では、フィーラという騎士については?」

「フィーラ? あぁ、リリアーヌの近衛騎士のことですね。オーブエルの近衛でもありましたから、面識もありますよ」

「……そうですか」

 顔色一つ、変わらないか。

 フィーラの話題を出すなり、兄上はいつもの底の知れない笑みを浮かべて、何も悟らせようとはしない。受け答えもフィリーレラとフィーラに関連があるような言葉はひとつも出していないし、そつがなくて突けそうな穴ひとつなかった。

 兄上に探りを入れるのは無謀だったか。やはり、本人が来るのを待つしかないな。

「ダイアスタ伯爵令嬢もこのパーティーに? よければ紹介していただけませんか?」

「出席予定ではありますが、まだ来てはいませんね。しかし、フェリシアンはあぁいう方がタイプだったのですか」

「誤解です。そう言えば、兄上のご婚約者もまだですね。てっきりエスコートなさるものと思っていたのですが。やはり、例の噂に堪えてしまわれたのでしょうか?」

 私が婚約者のことを聞けば、兄上はふっと、笑みを深くした。そこにあるのは余裕、そして少しの嘲笑だ。

「リリアーヌもちゃんと来ますよ。少し、面白いことになるかもしれません。フェリシアンも楽しんでくれると良いのですが」

 そう言いながら、兄上は私との会話は終わりだと言うように、会場の中心へと向かって行った。

 兄上のあの態度をみる限り、どうやら今回のパーティーの主役は兄上の婚約者らしい。いったい何を企んでいるのやら。

 まぁ、私はそのうち来るフィリーレラ・シル・ダイアスタを待つだけだ、と壁際で一人構えていると、ちょうど兄上の婚約者が会場に着いたらしく、その名前とともにざわめきが響いた。

「あれはシャーディヨン家のご令嬢よね?」

「隣の方は一体どなた? 見たこともない……」

「もしかして例の噂の相手か?」

 などと、貴族達が囁き合うのを眺めながら、群衆の向こう側にいるらしい兄上の婚約者とそのパートナーが何やら派手な登場をしたのだろうな、と特段の興味もなく思う。

 ――……が、そんな他人事と構えていられる余裕はすぐに崩れ去った。

「見て、あの方とっても美しいわ」

「本当に。噂では異国の華のような方と言われていたけれど、まさにその通りね」

「惚れ惚れするほど美しいわ。私もお近づきになれるかしら……」

 美しい、だと? この私を差し置いて、人々の関心を集め美貌を褒め称えられるなど許せんっ! 私とどっちが上かこの目で確かめてやろうじゃないか!

 ズンズンと大股で人垣へと突っ込んで行き、兄上の婚約者のパートナーを探す。

「あれはっ!?」

 そこにいたのは、異国情緒あふれる風貌をした、確かに美しい大輪の華のような男だった。

 いや、よく見ればあいつは化粧をしている。それはつまり盛っているということ。化粧などせずとも完璧に美しい私のほうが上だ! 絶対、上だ!

 むむむ……とそいつを観察していると、一つのことに気づいてしまった。

「あの瞳の色は……」

 そいつは、ローズピンクの瞳をしていた。この国に、その瞳をもつ者は限られている。

 確か、ダイアスタの長男の趣味は異国の物を集めることで、長女の趣味は男装することだったな。

「そうきたか」

 この会場の主役は、兄上でも兄上の婚約者でもなく、この者だったというわけだ。

「フィリーレラ・シル・ダイアスタ!」

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