表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女よススメ!~妃が無理なら騎士になる~  作者: 愁
一章 騎士になる!
80/120

謝罪とずるいひと

 オーブエル殿下と皆と未来の約束もできたし、ついノリで始めた腕をぐるんぐるんするのも思いの外楽しかったし、エドガーからは乗馬を教えてもらえることになったし、私は自分が何故ここにいるのかということも忘れてすっかり浮かれていた。

 ……その声を聞くまで。

「あら、随分と楽しそうですわね、フィーラ」

 エドガーと乗馬を教えてもらうスケジュールについて話し合っていたところに、背後から響いてきたのは私をこの場に置いて行った張本人、リリアーヌ様の声だ。

 はっとして振り返れば、リリアーヌ様の隣に少し気まずそうなアルベール殿下が、お二人の後を追うように騎士達がこちらに向かって来ていた。

「お早いお戻りで……」

「邪魔だったかしら?」

 ふふ、と底の見えない笑みを浮かべて聞いてくるリリアーヌ様に「はいそうです」なんて言った瞬間には、私はエレナさんに牙を剥かれるだろう。あ、たぶんアルベール殿下にも。

 結局私には全力で首を横に振るしか選択肢はないのだ。この布陣、こわい。

「邪魔だなんて滅相もございません。それより、お戻りということは……」

 ちらとアルベール殿下を見ながら言えば、リリアーヌ様は神妙に頷く。

「しっかりとアルベール殿下には色々反省していただきました。けれどまずは、婚約者を暴走させてしまったことを(わたくし)から謝罪いたします。本当に申し訳ございませんでした、オーブエル殿下」

 オーブエル殿下の心情を配慮してか、先ほど詰め寄ったアルベール殿下の行動を反省してか、少し離れた距離でリリアーヌ様はそう言って、躊躇うことなく頭を下げた。

 公爵令嬢がこんな公の場で頭を下げるなんて、と驚いたのは私だけではなかったらしく、第三王子殿下近衛隊の皆だけでなくリリアーヌ様達の後ろの騎士達までもがどよめく。そして、そんな中でも一番驚いたのは謝罪を受けたオーブエル殿下と、婚約者に謝罪をさせてしまったアルベール殿下だったらしく……

「リリアーヌ様!?」

「リリアーヌッ!?」

 同じタイミングでお二人は驚愕に声をあげられ、それぞれに一歩リリアーヌ様へと近づいた。タイミングばっちりなのは、やっぱり兄弟だからなのかしら?

 頭を下げた状態で、すぐ隣のアルベール殿下にも謝罪を促すように、リリアーヌ様はアルベール殿下を一瞥する。すると、アルベール殿下はきゅっと口を一文字に引き結んだ後、リリアーヌ様に倣うようにオーブエル殿下へと頭を下げた。

「私からも、心から謝罪を。先ほどは勘違いから我を忘れて貴方に申し訳ないことをしました。怒りに染まり、貴方の怯える姿すら、あの時の私には碌に目に入っていなかったのです。私のせいで怖い思いをさせて、本当に申し訳ありません」

「…………」

 アルベール殿下の謝罪を受けたオーブエル殿下は、複雑そうな顔をしていた。そこにはまだ、アルベール殿下への怯えはあって、けれどあの時のことには勘違いであれ確かな理由があったんだと、理解してあげようとする優しさをオーブエル殿下は持っていて。理不尽な怒りをぶつけられたことへの怒りより、たぶん、どうしたらいいのかわからないという、戸惑いのほうが先立ってしまっているんだと思う。

 目の前の頭を下げる二人から逃げるように瞳をぎゅっと閉じたオーブエル殿下に近づくと、私はその手をただ黙って握った。

 私が何を言う必要もない。この人達を許そうが、許すまいが、オーブエル殿下の意思を私は尊重する。ただ、それを言葉にするのが不安なら、勇気がないなら、微力ながら力になろう。

 ただ手を握る私に、オーブエル殿下は揺れる青い瞳を向けてきた。それに私は、ただ微笑だけを返す。

 大丈夫、伝えたいことはさっき伝えたもの。きっとオーブエル殿下はわかってくれる。私の思いを受け取ってくれる。

『オーブエル殿下、私が傍にいます。一人で怖がらなくて良いんですよ。不安な時や怖いときは手を繋ぎましょう。誰かの温もりを感じると、それだけで割と安心できるものです』

 その、私が先ほどかけた言葉を思い出したのか、オーブエル殿下は繋いだ手にぎゅっと力を籠めると、安心したような柔らかい笑みを浮かべてくれた。

 そして真っ直ぐにアルベール殿下とリリアーヌ様へと向き直ると、怯えなどない、凛とした声で言葉をかける。

「お二人とも、顔をあげてください。謝罪を……受け入れます」

 静かに、けれどはっきりとしたオーブエル殿下の言葉が響く。

「ありがとうございます、オーブエル殿下」

「ありがとう」

 許しを得た二人はお礼を口にしながら、ゆっくりと、オーブエル殿下の優しさを噛みしめるように顔をあげた。リリアーヌ様はどこかほっとしたような、アルベール殿下はまだどこか申し訳なさそうな表情だ。

 リリアーヌ様の言葉通り、しっかりと反省している様子のアルベール殿下に、私自身も溜飲が下がったような気がした。いや、私も本当に、あんなにガチギレしたのは久々でしたので。一時は恋をしていたのが阿保らしく思えたくらい、あの時のアルベール殿下は最悪でしたよ。

 でももう大丈夫そうね、と安心して、私はオーブエル殿下と繋いでいた手を離そうとするも――……何故か、ガッチリと握られたまま離してもらえなかった。

「オーブエル殿下?」

 なにゆえ? と疑問符を浮かべながらオーブエル殿下を見上げると、オーブエル殿下は少しだけ意地の悪い笑顔を浮かべる。

「もうちょっとだけ、ね。さっきはいきなり離されちゃったから」

 そんな顔でそんなこと言われて否を唱えられるわけないじゃないですかぁっ!

 ていうかさっきっていつ!? もしかしてエドガーに乗馬を教えようかって提案されたときのこと!? 確かに乗馬の件で頭がいっぱいになってオーブエル殿下の手を一方的に離しましたけども、それをこんな形で残念がられたらっ、私の勘違いがっ、妄想が加速してしまいますからぁっ! 天然もうやだぁっ!

 心の中が嬉しいやら恥ずかしいやら悲しいやら、ごちゃごちゃともうわけがわからなくて、私はただただ、深ーい溜息を吐いた。

「「……ずるい」」

 私の恥ずかしさと恨みがましさの籠った独白は、何故か傍にいたエドガーの独白と被ってしまった。

 驚いてエドガーを見れば、エドガーもまた驚いたような顔をした後、少し困ったような表情で肩をすくめてくる。私はエドガーの言った『ずるい』が、誰に向けられたどんな意味の籠ったものかはわからなかったけれど、彼と同じように困った顔で肩をすくめ返した。

 無自覚に自分の立場や美貌を利用してくる相手というのは、本当にずるくて、困ったものだわ。

 エドガーもそんな相手に困っているのかしら?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ