違う立場、違う視点
うわあああああ、と恥ずかしさのままに赤面した顔を覆い全力で隠匿の魔法を自分にかける。
「えっ、ちょっと!?」
突如存在感を消していく私に、エレナさんが慌てて手を伸ばしてがしっと私の手首を掴んだ。そして接触面から私が発狂気味にかけた高出力の隠匿の魔法の影響を受け、みるみるうちに腕の輪郭がぼやけていった。
「ひっ、気持ち悪っ! これあんたの魔法!? さっさと解除してよ! 私なんか変になっていってるんだけど!?」
「気持ち悪いとは失礼な! というか巻き込まれたくなかったらさっさと手を放してください!」
「嫌よ! 離したらあんた逃げるんでしょ!」
「逃げますけど!?」
エレナさんを殴って記憶を消そうとしないだけマシだと思って解放してほしい! むしろ私の記憶も消し去りたい!
ただでさえ恥ずかしくて顔が熱いのに、エレナさんとの口論まで再開してしまって頭がくらくらする。体温が上がったせいか汗まで噴き出してきて――……ってあれ、これは。
「あ――魔力、きれそ……」
以前、暴走する馬を止めた時とは桁外れの出力で一気に広範囲へ魔法を使ったせいで、体の中の魔力が底をつきそうだ。汗が噴き出るのと同時に体の力が抜けて行って、視界がぐわんぐわんと揺れる。
「なっ、あんた大丈夫!?」
「だめかも……」
ふっと、糸が切れるように魔力が底をつき、隠匿の魔法が強制的に解除される。体を支える余力すらなく、そのまま私はドサリとベッドに倒れ伏した。
「フィーラ!?」
意識が吹っ飛ぶその刹那、エレナさんが初めて私の名前を呼ぶ声が、遠くに聞こえた気がした。
…………。
意識が浮上するのと同時に、何かいい匂いが鼻腔をくすぐる。
重い瞼を開けると、そこは見慣れた騎士寮の自室で、倒れる直前に何があったのかをぼやっと思い出そうとしているうちに、隣から声がかけられた。
「やっと起きた? まったく。発狂して魔法をぶっぱなして魔力切れでぶっ倒れるとか、公女様の近衛として恥ずかしくないわけ?」
首だけ動かして声の方を見れば、エレナさんがムスッとした表情で私を見下ろしていた。
「エレナさん、私が意識のない間、ずっとここに? ……ごめんなさい」
私の部屋は騎士寮の中でもダントツのセキュリティで、部屋の中から出るならまだしも、外から私以外の人が扉を開けようとしてもまず開かないと団長さんに聞いている。お父様にだいぶセキュリティに関してしっかりしろと要望されたらしく、私が騎士団に来るにあたって新しく魔法が施されたそうだ。どういった魔法なのかとか、誰がやったとかは教えてもらえなかったけれど、王族の方々が万が一の時に逃げ込むシェルターのような部屋の扉と同じ魔法がかかっているとか。そんな魔法のかかった部屋を用意できるお父様と団長さんって何者なんだろう?
取り敢えず、今はエレナさんだ。どれくらい私が倒れていたのかは知らないけれど、今ここにいるということは一度も外へ出なかったということ。私がいない間に逃げることもできたのに、律儀に起きるのを待っていてくれたなんて少し意外だわ。
「べつに、目の前でぶっ倒れた人間を放置したりしたら、公女様の騎士として恥ずかしいと思っただけよ」
腕を組んでぷいっとそっぽを向きながら言うエレナさんに、私はくすりと笑いをこぼす。
どんな時でも、たとえ嫌いな人が相手だとしても、エレナさんは結局リリアーヌ様の騎士としてどうあるべきかで行動している。私情を挟まず、騎士としてどうあるべきかで行動できるのは中々難しいことだと私は思う。やっぱり、なんちゃって騎士の私とエレナさんとでは、覚悟や行動原理が違うのかもしれない。
素直にすごいなぁ、と思いながらエレナさんを見ていると、エレナさんは私の視線にじわじわと頬を染めていく。
「あぁもうっ、そんなに見んな! 起きたならさっさとこれを食べなさい! 魔力切れにはまず食事よ!」
バッとエレナさんが私に突き出してきたのは、お皿に綺麗に盛られたサンドイッチだった。さっきしたいい匂いの正体はこれだったらしい。
そういえば仕事から帰ってきてすぐお風呂に行って、そのままエレナさんを連れ込んだから、夜ご飯がまだだった。意識した途端にお腹がきゅう、と情けなくないて、私はエレナさんからありがたくお皿を受け取りつつ、疑問に思ったことを口にする。
「エレナさん、これはどうしたんですか? この部屋、外から開けられなかったでしょう?」
「あぁそれ。ほんとこの部屋何なのよ。セキュリティおかしいでしょ。これも貴族だからってわけ?」
「あはは……」
たぶん貴族だからではなくお父様だからです。いつもちょっとやりすぎなのよね。
曖昧な笑みしか返せない私に呆れたような溜息を吐きつつ、エレナさんはサンドイッチの入手方法について説明してくれた。
「私はあんたを置いていくわけにもいかなかったから、ノーラに頼んだのよ。あの子の魔法は、特定の範囲、特定の人物に声や視界といったあらゆる情報を共有するもの。思考の一部を乗っ取るとも言えるかしら。普段一緒に食事をする時間になっても私が来ないから、その魔法で私に何があったのか聞いてきたの。だから、詳しいことは言えないけどあんたがぶっ倒れたって説明して、食堂で二人分の食事を見繕ってもらったのよ」
「それは……」
ノーラさんの魔法が凄いことに驚けば良いのか、こき使うような形になってしまったことを申し訳なく思えばいいのか。流石は元第一王子殿下近衛隊所属の魔法騎士、色々な面で有能だわ。
驚愕に言葉の続かない私を置いて、エレナさんは若干憤りながら続きを話す。
「なのに、いざ部屋まで食事を運んでもらったら扉が開かないって! 押しても引いても横に引いてもびくともしないって! ノーラがあんまりにも慌てるから、危うく食事を床に落とすところだったし! なのにこっちから開けたらあっさり開くし! どういう仕組みよまったく!」
「仕組みは私にもよくわかないんだけど……取り敢えずごめんなさい。後でノーラさんにも謝らないと」
苦笑する私に、エレナさんはフンと鼻を鳴らして腕を組んだ。
「そこは謝罪ではなくてお礼を言うべきでしょうが。私は公女様の騎士としてどうあるべきか自分で判断して行動した。ノーラは友人の私のためにどうするか自分で選んで行動した。謝罪は、そんな私達の判断を軽んじるものだわ。別に私達はあんたに言われて嫌なことをやらされたわけじゃないんだから」
「……そう、か。そうね」
私はいつも何かをして貰う側にいた。だから、私という嫌いな相手のために行動させてしまったことを申し訳なく思った。だけど、それは上から目線の奢った考え方だったんだわ。させたのではなく、彼女達が自分達で考えしてくれた。
エレナさんは正直苦手だし、キツイ物言いも多い。喧嘩腰になってしまうこともある。けど、まっすぐに私に、私の視点では気づけないことを教えてくれる人でもある。
「ありがとう、エレナさん。心から貴女に感謝を。ノーラさんにも、後で感謝を伝えるわ」
「は? なによ素直に感謝なんて気持ち悪い」
「ええええええええ」




