いのち、だいじに。
「それで、本日お伺いしたのは私とアルベール殿下の結婚式のことでなのですが……」
「あぁ……もうすぐでしたね。おめでとうございます」
リリアーヌ様が本題を切り出すと、先ほどまで柔らかい笑顔をしていたオーブエル殿下の表情が僅かに陰った。
祝福の言葉を受けたリリアーヌ様も、現在のアルベール殿下との関係もあってか複雑そうな表情を見せ、私が嫉妬するほど和やかだった雰囲気はすっかり暗く落ち込んでしまっている。
「大変言いにくいのですが、オーブエル殿下は式に出られない可能性が高いと思いまして、招待状をお送りするかご相談に参ったのです。アルベール殿下も私個人といたしましても、オーブエル殿下が参列してくださるならこの上なく喜ばしくは思うのですけれど、同時にオーブエル殿下に無理を強いたりこの件で悩ませるのは心苦しいとも感じております。それでフィーラに意見を求めましたら、何がオーブエル殿下にとって最善か、ご本人に伺うのが一番と言われたのです」
言いながら、ちらとリリアーヌ様が私に視線を向ける。つられるようにオーブエル殿下の視線も私に向いて、目が合うとオーブエル殿下はふわりと優しく微笑んだ。外向きの貼り付けたようなものじゃない、近衛だった頃によく見た、いつもの温かい笑顔。
よくわからないけど気分が少しは上向いたのかしら? お役に立てたかはわからないけど一安心だわ。
私が呑気にほっと息を吐いている間に、オーブエル殿下は真剣な表情でリリアーヌ様に小さく頭を下げた。
「リリアーヌ様が仰る通り、僕は式には参列できないでしょう。参列できたとしても、僕と他の王族とのことのことで式の雰囲気を悪くしてしまうかもしれません。めでたい席に水を差すようなことはしたくありませんので、この場で正式に欠席をお伝えします」
「お顔をお上げください。残念ですが、殿下のご意向を受け入れますわ。招待状はいかがしましょう? ご負担にならないならば、せっかくのことですもの。お送りするだけでもして良いでしょうか?」
「えぇ、是非。代わりと言ってはなんですが、式には祝いの品をお贈りしましょう」
「ありがとうございます。ではそのようにアルベール殿下にもお伝えしておきますわね」
今さらりとアルベール殿下の名前を出しましたけど、本当にちゃんと伝えますよね、リリアーヌ様? というか式までにはちゃんと仲直りしますよね? という疑問の籠った視線をリリアーヌ様に向けると、リリアーヌ様は口元にだけ笑みを浮かべて私を見つめ返してきた。
「……なにか?」
「……ナンデモゴザイマセン」
藪はつつかないでおきましょう。戦略的撤退は大事です。いのち、だいじに。
「では、用件も済みましたしお暇させていただきますわ」
リリアーヌ様がそう言って立ち上がろうとすると、「あっ」とオーブエル殿下が慌てて声をかけた。
「その、リリアーヌ様、もしよろしければ少しだけフィーラと二人で話しをさせていただけませんか? もちろん時間は取らせませんので」
――はいっ!?
今オーブエル殿下、もしかして私と話したいって言いました!? えっ、なぜ!? これは喜んでもいいやつなのでしょうかっ!? そりゃあ半分くらいオーブエル殿下と会いたくてリリアーヌ様を焚きつけましたけど、オーブエル殿下の方から話しがしたいなんて言われるとは思っていなかったし、私はさっきの笑顔を見れただけでも十分なのですけど!? こ、こんなサプライズをされたら私、幸せの過剰摂取で心臓が止まってしまいますよ!?
ぴゃあああああっ、と頭の中が混乱して顔を真っ赤にした私は、オーブエル殿下にリリアーヌ様がいたく驚いたような表情を向けているのに気づく余裕もなかった。
「これはあながち……。構いませんわよ、オーブエル殿下。二人でということでしたら、私は先に馬車に戻っておりますわね。私も少し、ゆっくり話したい娘がおりますの。こちらのことは気にせずお話しください」
そう言うなり、リリアーヌ様は最低限の挨拶だけしてさっさと研究室を出て行ってしまった。ヒールを履いているとは思えないほど俊敏だった。さすが王族になろうという方はのほほんと生きているそこら辺の令嬢とは違うわ。
……なんて、現実逃避をしている場合ではないのですよね。
多少冷静になって思い出したけれど、オーブエル殿下は恐ろしい天然タラシなのだ。意味深に聞こえる言葉を吐いてはいてもそこには別に深い意味など存在しない。この場合ただ単に私とちょっと話したいことがあっただけで、それはたぶん業務連絡程度の軽いもので、別に二人きりである必要もなければ変な期待をする余地もないものなのよ。
今まで散々振り回されてきましたからね、もうその手には引っかからな――
「会いたかった」
「ぅえっ!?」
「上?」
簡潔かつ破壊力抜群の言葉が聞こえたのですが!?
ちょ、冷静を取り戻すのよフィリーレラ。この会いたかったは親戚と久しぶりに会って交わす挨拶程度のものだから。社交辞令みたいなものだから。たぶん私が実家に帰ったときにお父様が言ってくる「会いたかった」を数倍に薄めた感じのものだから。
「わ、私もオーブエル殿下のお顔が見たかったですよー」
「本当に? フィーラと同じ気持ちだったなら、嬉しいな」
「ぅぐっ!」
「大丈夫?」
ほ、本当にこの人は乙女心を抉るのが上手いわねっ! そうやって期待値を上げたところで、私とオーブエル殿下の「会いたかった」の差は大きいっていうのに! あぁもう笑顔が素敵ですね!
まったく、リリアーヌ様と話しているときのキリッとしたオーブエル殿下はどこに行ったんですか、迷子なんですか!? そんなふわふわした雰囲気でにこにこ笑うのは反則だと思います!
駄目だ、私の方から距離を取らなきゃ、オーブエル殿下に天然でガンガン攻めてこられて心臓が止まりかねない。変な期待は命取りなんだから、現実を冷静に受け止めなきゃ。
「ま、まだオーブエル殿下の近衛に戻るのは先になりそうなんです。でもまぁ、少し前の近衞隊に戻っただけですから別に困ったこともないですよね!」
「そんなことないよ。フィーラと離れて僕にはどれだけフィーラが必要だったのか、よくわかったんだ」
「…………」
ふらぁっ
「フィーラ!?」
前略、お父様。
オーブエル殿下の天然の前では私のガードは紙屑同然でした。私の心臓は、好きな人からの意味深な言葉への耐性がゼロだったようです。アルベール殿下からは一切そういう言葉をかけられなかったからでしょうか。
……最後に言わせてください。貴方の娘は最高に幸せな死に方をしました。オーブエル殿下、罪深きひとよ。




