敵と味方とオトモダチ
アルベール殿下の説得に再びのお父様の裏切り。私が前途多難な現実に頭を抱えたくなっていると、リリアーヌ様が少し気まずそうに俯いた。
「せめてアルベール殿下と話す機会を与えてあげたいとは思うのですけれど、私どうしても腹の虫がおさまらなくて、今はアルベール殿下と距離をとっているのです。私は橋渡しをできませんけれど、ダイアスタ伯爵からならアルベール殿下も取り合ってくださるかもしれません。何せ、腹心と呼ばれる方ですから。先ずはダイアスタ伯爵と話し合ったら如何かしら?」
「嫌です」
裏切り者を頼るようなことはしたくないし、あの親馬鹿が簡単に納得するとも思えない。お父様の説得だけでどれほど時間がかかることやら。そんな遠回りをするくらいなら、フェリシアン殿下の時みたいに直接潜入でもした方がよほど手っ取り早いわ。
今はアルベール殿下への弁明……もとい説明を考えるのが第一ね。あの時の私とアルベール殿下とのやりとりは、公的な場所での正式な問答ではなかったけれど、かと言って簡単に覆して良いものじゃない。第一王子殿下に対して、フィリーレラ・シル・ダイアスタとして答えたものであるし、それに……。
アルベール殿下はたぶん、弟達のことをとても気にかけている。武術大会の日のオーブエル殿下とのやり取りだけだと、オーブエル殿下のことを軽視しているような、オーブエル殿下の御心を気に留めていないような印象を受けたけれど、今にして思えばアルベール殿下はただ陛下に重きを置いていただけに思える。それに私が殿下方と接点を持ったことを警戒していたのは、純粋に弟達を心配していたからなんでしょうし。
アルベール殿下は自分の中で明確に他者の優先順位が決まっていて、最上位である陛下の味方をしたときに、それ以外の人間に対していっそ冷酷な程の態度をとってしまう方なんだわ。情のかけ方が極端というか。フェリシアン殿下とは違ったタイプの不器用さを持っている。それで人を振り回す辺りは流石兄弟ね。主に被害にあっているオーブエル殿下とついでに私に謝ってほしい。
まぁともかく、私はそんな人に前言撤回を申し入れなければいけないのだ。オーブエル殿下への情の矛で私という人間の地位やら名誉やら、あるものないもの全部を冷酷に吹き飛ばされる前に、私は何とか私がオーブエル殿下を好きでいることを許容してもらわなければいけない。結局、どれだけ真剣なのかを伝えるほかなさそうではあるけれど。
「アルベール殿下の説得は自分でどうにかします。リリアーヌ様は早いところアルベール殿下と仲直りしてください。少しでもアルベール殿下の機嫌が良い状態で挑みたいので」
私が自分の内心をぶっちゃけつつそう言うと、リリアーヌ様はいじけたように頬を膨らませた。
「善処は致しますけれど……殿下次第ですわ。そういえば、私は貴女を今後なんとお呼びすればいいのかしら? ダイアスタ嬢、ではまずいのでしょう?」
「フィーラとお呼びください。今ではもう、そう呼ばれることの方が慣れてしまいましたわ」
「わかりました。では、フィーラ。短い間かもしれませんが、お互いに腹の内まで知った仲です。頼りにさせていただきますよ」
「頼りにされても何ができるというわけではありませんが……騎士として、僅かな間でも主である貴女のお役に立てるよう頑張ります」
「えぇ、よろしくね」
話を終えて私が部屋の外に出ると、代わりに待機していた侍女が部屋に入っていった。リリアーヌ様はこれから午後まで結婚式の招待客リストをつくるらしい。
その間、近衛隊は小隊ごとに別れて室内と扉の前で警護をすることになった。私の小隊は廊下側担当。さっき部屋を出たとき、エレナさんの鋭い視線に射抜かれて居心地が悪かったから別れられてほっとしたわ。そのエレナさんといえば、憧れのリリアーヌ様と同じ空間にいられるとなるやルンルンで部屋に入っていって、何とも現金な性格をしているなぁと呆れた。今後もこうなのかと思うと気が重い。
そう思ったのは私だけではないらしく、小隊の六人だけになった途端、お姉様……じゃなくてアデリーナさんが深い深い溜息を吐いて私に気遣うような視線を向けてきた。
「同じ近衛隊の仲間に敵意を向けるなんて困った方ですね。大丈夫ですか、フィーラさん?」
「はい。まぁ、今のところ睨まれるくらいですからね。居心地は悪いですけど……」
睨まれるだけなら放っておいても問題はないのかしら? 今まであんなにもあからさまな敵意を向けられることはなかったから、どうすればいいのかもよく分からないし、正直関わらないで済むなら関わりたくないから直接害を与えられない限り放置したい。
でもあの子大人しくしていられるのかしら、と不安になってげんなりしていると、アデリーナさんが私より頭にきている様子で腕を組んだ。
「フィーラさんは以前、公女様の馬車が暴走したときに危険を顧みず魔法を使って馬を止めたと聞きました。公女様に重用されるのも当然のこと。だというのに、それを妬むような態度をとるのは良くありません。騎士としてもう少し自覚を持っていただかなくては」
「アデリーナ、その辺で」
「クラリーチェ様……わかりました」
渋々といった風に口を閉ざしたアデリーナさんに代わるように、苦笑を滲ませたクラリーチェさんが私の肩に手を置いた。
「エレナさんのことは私も気に留めておくけれど、もし何かされたら遠慮なく言ってちょうだいね。隊長として、厳正に対処いたしますから」
「……ありがとうございます」
アデリーナさんは私に同情的だったけれど、クラリーチェさんは何かない限り動かない、中立ということかしら。隊長という立場もあるし、あまり一人に肩入れすることも一人に厳しくすることもできないのかも。何かあったらまずは味方になってくれそうなアデリーナさんに報告しよう。
そんなことを考えつつ一人頷いていると、くいっと後ろから制服の裾が引っ張られる。誰かと思って振り返ると、ベッタがおどおどした目で見上げてきていた。
やばい、素でこの子の存在忘れてたわ。
「どうしたの?」
なるべく内心を悟らせないように曖昧な笑みを浮かべつつ聞くと、ベッタは胸の前で両手をきゅっと握り自らを鼓舞するようにして口を開いた。
「あのねっ、私はフィーラの味方だから! エレナさんだけじゃなくて、他の誰でも、嫌なことされたら言ってね! 私今まで地味とか散々言われてきて、意地悪もされてきてたから、どう対処すれば相手が再起不能になるかは熟知してるつもりだから!」
おっとぉ……?
何だか一番無害そうな子がさらっと恐ろしいことを口走ったような気がするけど、うん、気のせいよね。きっとそうよ。ベッタがそんな……ねぇ。
「私、絶対貴女の敵にはならない」
「え?」
「何でもない。気持ちはすごくありがたいわ、ベッタ。頼りにしてる……うん」
「いっぱい頼ってね、フィーラ! だって私達、もう、お、お友達……でしょうっ?」
「ソウネー」
私ってば絶対に油断できない相手を取り込んでしまった……誰か、助けて。




