公女の愚痴と再びの裏切り
リリアーヌ様の近衛隊に配属された人数は、私を含めて十二人。女性騎士が七人、男性騎士が五人という内訳になっている。確か団長さんは今王宮騎士団に所属している女性騎士は七人だと言っていたから、女性騎士全員が揃ったということね。陛下が女性騎士を中心にと仰った影響は絶大だわ。
集まった全員の顔をゆっくりと見渡したクラリーチェさんは、やがてよく通る声で話し出した。
「改めまして、この近衛隊の隊長を任されました、クラリーチェ・ヴァイント・ノアネイユです。皆さんは六人ずつの小隊に別れ今後活動していくことになります。と言っても本格的に別行動をするのは約一月後、公女様が城に居を移した後のこと。それまでは全員で公女様の警護をしつつ、各小隊の面々と結束力を高める期間となります。さて、小隊の編成ですが――」
クラリーチェさんが順番に騎士の名前を呼んで、小隊の振り分けを指示していく。私はクラリーチェさんをトップとした小隊に振り分けられ、同じ小隊にはベッタとアデリーナさん、二人の男性騎士がいる。一方でダリアさんをトップにした小隊にはエレナさんとノーラさん、三人の男性騎士が振り分けられた。
私がベッタと同じ小隊だったこと、仲良くなれそうにない三人とは別の小隊だったことに安堵の息を吐いていると、部屋の扉が控えめにノックされて、侍女の一人がリリアーヌ様の到着を知らせてくる。
「詳しいことはまた後で説明します。皆さん、先ずは公女様のお出迎えに参りましょう」
部屋を出た私達は、クラリーチェさんを先頭に城の正面玄関へと向かう。外へ出ると、ちょうどシャーディヨン家の家紋が刻まれた馬車からリリアーヌ様が降りてくるところだった。私達はクラリーチェさんの指示で急いで小隊ごとに二列になってリリアーヌ様を迎える。
「公女様、本日より近衛隊としてお仕えいたします、クラリーチェ・ヴァイント・ノアネイユ以下十二名でございます」
「話は聞いております。どうぞよろしくね、皆さん」
そう言って微笑んだリリアーヌ様は、最後に会った時より幾らか疲れて見えた。やっぱり、結婚前で準備に忙しいのかしら。
結婚するのって色々大変なのね、と他人事のように思っていると、ふいにリリアーヌ様が列の端に立っていた私へと視線を向けた。
「今日は結婚式の招待客リストをつくったり、各方面との打ち合わせを予定しています。……が、少々疲れてしまったので部屋で休んでからにいたしますわ。貴女、私の気分転換に話し相手になってくれるかしら?」
がっつりばっちり、私をロックオンしてそう形ばかりの問いをしてくるリリアーヌ様。立場が弱い身である以上、ノーとは言えない。
何を考えているのかわからないリリアーヌ様の誘いも嫌だし、さっきから近衛隊の面々にガン見されていて居心地が悪い。特にリリアーヌ様に憧れているというエレナさんの視線が痛い。というか、なんだか恨みがましいものを感じてゾワゾワする。そんなに羨ましいなら喜んで代わりますから、敵認定はしないでください。
断ることもできないので、はぁと溜息を一つ吐いて私は恭しく頭を下げた。
「……ご一緒いたします」
「ありがとう」
にっこりと笑みをつくったリリアーヌ様の目がまったく笑っていなくて、私は嫌な予感に背筋を凍らせた。
城内の一画、アルベール殿下の私室と一室挟んだところに、リリアーヌ様に与えられたお部屋がある。今はまだ休憩室にしか使われていないため最低限のものしか用意されていないけれど、城に居を移した後はリリアーヌ様の侍女によって物が揃えられ、私室としてそのまま使われることになるらしい。
さて、そんな部屋の中には今、リリアーヌ様と私の二人だけがいる。お茶を淹れてくれた侍女も既に下がり、他の近衛騎士達は部屋の外で待機するよう命じられていたからだ。私一人入るよう言われたときは、エレナさんの視線が鋭くなって恐ろしかったんだから。
さて、エレナさんとは怖さのベクトルが違うリリアーヌ様が、一体何を何のために二人きりの場を用意したのかと戦々恐々としていた私に、リリアーヌ様は人がいなくなるなり愚痴を聞かせ始めた。
「ちゃんと聞いています!?」
「聞いてます聞いてます」
目くじらを立てて怒るリリアーヌ様の憤怒の矛先は、なんともうじき夫になるアルベール殿下だった。一方的に語られた話によれば、冬の降臨祭の日にちょっとした言い合いになった結果、アルベール殿下はリリアーヌ様の言を我儘と切って捨てたらしい。
「アルベール殿下は陛下の意向がすべてなのです。私の言い分も気持ちも理解しようとしてくださらない。陛下の意向は重要ですもの、私だって別に無理を通してほしいわけではないのです。ただ、婚約者だというのに殿下は私に歩み寄ろうとしてくださらなかった。それが腹立たしいのですっ」
「……なるほど」
アルベール殿下はご兄弟の中で一番陛下の傍におられるし、政にも関わっていらっしゃるから陛下の考えに過度に同調していてもおかしくない。陛下の意見を絶対視しすぎて、他を顧みることができないのかしら。そのせいで今回、リリアーヌ様は蔑ろにされた気がして怒っているのでしょうね。
どうやらリリアーヌ様は、ここまで様々なことが進んでしまった状況では別れるということはできない。けれど許すのも難しくて、結局鬱憤だけが溜まっていく一方だった。それで私に愚痴をこぼしたというわけらしい。
「そもそも言い合いになったのは貴女が原因なのですから、少しはどうすればいいか考えてください!」
「え、原因って私だったんですか? あ、もしかしてアルベール殿下が私を側妃に誘ったことですか?」
でもあれって冗談だったはず、と思いつつ首を傾げると、わなわなとリリアーヌ様は肩を震わせた。
「初耳なのですけれどっ!? いつの間にそんな展開になっておりましたの!?」
「あ、この話じゃなかったんですね」
「貴女を近衛から外したいという話ですわ! そんなことより、側妃の話は詳しいことを聞く権利が私にはあると思うのですけれど!」
「アルベール殿下が冗談だと言っていました」
「冗談って……もうっ、紛らわしいことを言わないでくださいっ」
脱力しながらもそう言って怒るリリアーヌ様からは、まだアルベール殿下への好意がひしひしと伝わってくる。たぶん、何かきっかけさえあれば元通りの関係に戻れるのではないかしら。あまり心配しなくても大丈夫そうね。
それより、今の私に大事なのは近衛解任の話だ。私を近衛から外したいというリリアーヌ様とアルベール殿下が言い合いになったということは、アルベール殿下は私を解任することに反対なのね。陛下が女性騎士を中心に、と仰られていたことが原因かしら。
「リリアーヌ様は私を近衛から外そうとなさってくださるのですね。実は私、リリアーヌ様とお話をして近衛隊から解任していただこうと思っていたのです」
「貴女を解任することは私個人は構わないのですけれど、現時点でただの公爵家の娘である私には、王宮騎士団に属するこの近衛隊の人員を勝手に解任する権利がないのです。王族であり婚約者のアルベール殿下が同意されなければいけません」
「えぇっ」
それじゃあ、私はアルベール殿下をどうにか説得しないといけないということ!? 説得するにもまず話し合いの席を設けることから難しいじゃない! それに説得って、アルベール殿下にはオーブエル殿下に対して気がないって言っているのに、今更心変わりしましたって言うの!? 許されるの、私!?
焦りだした私に、リリアーヌ様は「それに」と言葉を続けた。
「シャーディヨン家に手紙が届きましたよ、ダイアスタ伯爵から。貴女を私の近衛に留めてほしいと。ダイアスタ伯爵の同意がない状態では、たとえ第三王子殿下近衛隊に戻ったとしても騎士自体を辞めるよう働きかけられてしまうのでは?」
「……また……ですか」
またっ、裏切ったのですかお父様ぁっ! 次会ったときは覚悟なさいっ!




