顔合わせ
布団から出るのも嫌になる冬の朝。このままぬくぬくと過ごしていたい誘惑を振り切って起き上がった私は、いそいそと騎士団の制服に着替えていく。
「やっぱり変な感じだわ……」
姿見を覗き込んで微妙な気持ちになったのは、今日から第三王子殿下近衛隊の青色のサッシュを身に着けないから。
この制服を最初に着たときは青色のサッシュを見てお父様の裏切りに怒りを燃やしていたというのに、今では無いことを物寂しく感じているなんて、自分の変わりように苦笑が漏れる。それだけ、第三王子殿下近衛隊の居心地が良かったということなんでしょうね。
「さて、行きますか!」
私は思い出を振り切るように独り言つと、にっと笑顔をつくって勢いよく部屋を出た。
食堂で朝食をとった後、騎士寮を出て城へと向かって歩き出す。今日は城でリリアーヌ様の近衛隊の顔合わせがあるのだ。
リリアーヌ様はまだ正式な王族ではなく城に居を移したというわけではないから、近衛隊の仕事もリリアーヌ様が城にいる間の警護が中心になる。リリアーヌ様がアルベール殿下とご成婚されるまでの間、私達近衛隊はリリアーヌ様との相性を見られたり、仕事への適正を見られるらしい。もちろん問題があるとされれば解任交代もありうる、言ってしまえばお試し期間なのだ。
私の目標はこのお試し期間中にリリアーヌ様を説得して解任してもらうこと。解任さえしてもらえれば、団長さんに掛け合って第三王子殿下近衛隊に戻ることができる。
「頑張るぞーっ!」
***
城に入って、指定された部屋へと向かう。まずは騎士達だけの顔合わせなのか、指定場所は一階にある騎士の詰所の一室だ。下働き達の仕事場に近いせいか、城内にしては活気に満ちている区画を進んでけば、すぐに指定された部屋に到着した。
「失礼します」
ノックをして扉を開けると、大きな長机がある程度の簡素な室内で九人の騎士達がにこやかに話をしていた。私が部屋に入るなり、話の輪の中心にいた女性騎士がにっこりと柔和な笑みを浮かべて一歩進み出てくる。
「初めまして、私はこの近衛隊の隊長を務めるクラリーチェ・ヴァイント・ノアネイユです。どうぞよろしく」
しっかり家名まで名乗ったということは、どうやら彼女は貴族出身らしい。隊長を任されるあたり、私みたいな私利私欲まみれのなんちゃって騎士ではなく、能力的に優れたしっかりとした騎士なのでしょうね。
銀髪、というより白に近い色味の髪は一つに纏め上げられ、細められた瞳はぞくりとするほど赤い。どこか妖艶さを滲ませる笑みは、同性だというのにドキドキしてしまうほど。さぞドレス姿も似合うのでしょうね……騎士服なのが勿体ない。
「第三王子殿下近衛隊に所属しておりました、フィーラと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
名乗ってぺこりとお辞儀をすると、クラリーチェさんの隣に居た長身で肩より上に切り揃えられた茶髪の女性騎士が「あぁ」と声を上げた。
「あんたがアジリオの小隊にいた新入りちゃんかぁ! あたしはダリア。この隊の副隊長を任されている。よろしくねぇ」
豪快に笑いながらそう言ってきたダリアさんに、私はぱちくりと目を瞬く。
「あの、アジリオさんとはどういったご関係で?」
「旧友というか、腐れ縁というか……まぁ、酒飲み仲間かねぇ。あんたのことはアジリオから色々聞いてるよ」
なにそれ恐ろしい。あの酔っ払い、一体何を話したというのかしら。場合によっては後で相応の対応をしますよ。
私が微妙な顔をしていると、すっと背筋の伸びた一人の女性が歩み寄ってきた。長い茶よりの金髪をポニーテールにした彼女の腰には、似つかわしくない剣がぶら下がっている。
女性騎士で剣士だなんて珍しい、と思っていると、彼女は私の不躾な視線にも品の良い微笑を浮かべて自己紹介をしてくれた。
「私はアデリーナ・フォワウ。他の女性騎士の方々と違い愛し子ではありませんが、代々騎士の家系に産まれたのでこの様に剣を扱います」
腰の剣を優しい手つきで撫でるアデリーナさんは、自分の剣への誇りが見える。凛とした立ち姿は騎士のイメージそのもので、格好良くて憧れてしまう。
「アデリーナさんは格好良くて人気がありそうですね」
「……まぁ、はい」
あら、ちょっと元気がなくなった。げんなりしたような表情になったアデリーナさんを疑問に思っていると、クラリーチェさんが揶揄うような悪戯っぽい笑みを浮かべてアデリーナさんの肩に手を置いた。
「アデリーナは侍女達に『お姉様』と呼ばれているのですよ。恋文かと見紛うお手紙も頻繁にいただいていて、それはもう凄い人気なのです。ねぇ、お姉様?」
「おやめくださいクラリーチェ様っ!」
「……お姉様」
「フィーラさんも今の話は忘れてくださいっ!」
アデリーナさんは人気は人気でも、女性人気が高かったらしい。眉根を下げて抗議するアデリーナさんには悪いけれど、私は侍女達の気持ちがわかってしまう。女剣士って格好良いものね、慕いたくなるのも頷けるわ。
私がうんうんと頷いていると、突然部屋の扉がノックも無しにバンッと開かれた。
「遅れましたっ!」
「すみませんすみませんすみませんっ」
ドタバタと部屋に入ってきたのは二人組の女性騎士だった。一人は遅れたと言っているわりに堂々とした態度でいるけれど、もう一人は逆に恐縮しきった様子で謝り続けている。
「少しの遅れだから大丈夫よ。それより、二人とも自己紹介をしてくれるかしら?」
クラリーチェさんが優しく微笑んでそう言うと、堂々としていた方の女性騎士が一歩進み出てにっと笑った。
「私はエレナと言います! 憧れの公女様の近衛隊に入れて嬉しい~って思ってたら夜寝れなくて寝坊しました! ごめんなさい!」
「わ、私は……ノーラ、です。前は、第一王子殿下近衛隊にいました。えと、エレナちゃんとは寮の部屋がお隣で……エレナちゃんを起こしていて遅れました……すみません」
二人の自己紹介に私の頬が引き攣っていく。あのリリアーヌ様に憧れているというエレナさんとはまったく仲良くなれそうにないし、私が狙っていたアルベール殿下の近衛にいたというノーラさんには何だか負けた気がして複雑だ。
クラリーチェさんは気安く話せる感じではないし、ダリアさんはアジリオさんの友達という時点で警戒してしまう。アデリーナさんは友人というよりお姉様っぽいし、エレナさんとノーラさんとは距離を置きたい。どうしましょう、親しくできそうな人がいないわ。いつまでこの隊にいることになるのかわからないのに、このままじゃぼっちで過ごすことになりそう。
「「……はぁ」」
私が前途を憂いて溜息を吐くと、同じタイミングで隣からも溜息が漏れ聞こえる。横を向けば、そこには私より背の低い黒髪の少女が立っていた。
横に居るのに気が付かなかったわ。この子、隠匿の魔法を使った私並みに存在感が無いんじゃ……?
「えっと……貴女は?」
全体的に凡庸というか、取り立てて特徴がない彼女に恐る恐る声をかけると、彼女はびくっと肩を震わせて私を見上げてくる。灰色の瞳を見開いた彼女は、問いかけが自身に向けられたものだと悟るや否やあわあわと視線を彷徨わせて、おっかなびっくり口を開いた。
「わ、私はベッタですっ。平民で魔法騎士一年目、です!」
「そう。私はフィーラ。よろしくね、ベッタさん」
「はいっ、フィーラさん!」
にこりと笑いかければ、にへらっとだらしなく頬を緩ませる。その無害そうな笑みを見て思った。丁度良い人、発見。他の人にとられる前に確保しておかなきゃ。
「ねぇ、これから同僚になるわけだし敬語はいいわよ。それと貴女のことベッタって呼んでいい? 私のこともフィーラでいいから」
クロエのフレンドリーさをお手本にしつつそう言うと、ベッタは感激したように瞳を潤ませてぶんぶんと首を縦に振った。
「ベッタって呼んで、フィーラ! 仲良くできそうな人がいてよかったぁっ……本当に、本当にうれしいよぉっ」
「そんな、大げさよ」
涙を拭いながら言うベッタに苦笑すると、ベッタはゆるりと首を横に振りながら語りだした。
「私影が薄くて……ずっと周りから幽霊とか地味な奴とか言われてて、まともに友達もできなくて」
あれ、どこかで聞いたような話……。類は友を呼ぶとかそういう感じじゃない、わよね?
「これからよろしくねっ、フィーラ!」
「……えぇ、ベッタ」




