幕間 二通の手紙
※ラスター視点
「旦那様、お手紙が来ております」
書斎で仕事を片付けていると、ノックの音と共にイルダが手紙を持ってやって来た。
「一通はお嬢様から、もう一通はお嬢様宛てのものだったので、どうするかお伺いに来ました」
「フィーラから私に手紙がっ!?」
バッとイルダから手紙を奪う。愛しの娘から手紙だなんて、仕事どころじゃないっ!
何故か可愛いフィーラは私には手紙を寄こしてくれないのに、イルダには事あるごとに手紙を送ってやり取りをしているようで非常に羨ましかった。以前フィーラの妄想……計画に反して第三王子殿下近衛隊に入れてたのを責められてからパタリと来なくなり、まだ怒っているのかと過去を悔いる毎日だ。
だが今ここに、フィーラからの手紙がっ! 大好きな父への愛の籠った手紙があるっ! 私は娘に許されたのだっ!
「さて、何と書いてあるのかな? お父様大好き? それとも家に戻ることにしたとか?」
ウキウキと胸を躍らせて封を切り手紙を取り出し広げる。
「なになに……」
時候の挨拶から始まった文章のあらましは、フェリシアン殿下と友人になったこと、異動をすることになってリリアーヌ嬢の近衛になること、冬の降臨祭に同僚の男と出かけたこと、新しく好きな男ができたこと。
へーほーふーんそうかー。
……、……。
…………。
「……いやどこから突っ込めばいいっっ!?」
は!? 新しく好きな男が!? 降臨祭を男と!? それに異動の話なんてベルトランから聞いていないんだが!? というか第二王子と友人になったってフィーラお前何をしたんだ!? いやそれより好きな男!?
「好きな男ぉっ!?」
ビリイィィィッ!
「フィーラからの手紙がぁっ!」
混乱しすぎて破いてしまったぁっ! 内容はどうであれ愛娘からの手紙がぁっ!
「私の馬鹿者ぉぉっ」
ビリビリになった手紙の残骸を手に頭を抱える。あぁ、涙が出てきた。
「旦那様、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるかっ!」
「慌ててもお嬢様に新しく好きな男性ができた事実は変わりません」
「うあああああああああああっ」
もうこんな世界終わってしまえぇぇぇっ!
…………ぐすん。
「落ち着かれましたか?」
「……はい」
ずびずびと鼻を啜りながら、ビリビリに破いてしまったフィーラの手紙を元の形へ並べていく。
傷心の私を横目にイルダは冷静そのもので紅茶を淹れて私の前へと置いた。
「私はお嬢様から冬の降臨祭前に手紙をいただいていたので詳しくお聞きしましたが、どうやらお嬢様の好きな相手は第三王子殿下のようですよ。縁を結んだのは完全に旦那様ですね」
「イルダは私を殺したいのかな……」
「事実を言っただけです」
しかしそうか……フィーラの想い人はあの第三王子か。滅多に部屋から出ないというから近衛騎士との接点も少ないと踏んでいたのに想定外だ。
王宮関係者から得られた第三王子の情報は、愛し子の騎士であること、王宮図書館の研究室から出ないこと、他の王族と接触がほとんどないことくらいだった。情報は少なかったが、情報が出ないほど大人しく無害な相手だと判断をしてフィーラを近衛にしたというのにダークホースすぎる。
「例の計画はどうなったのか、フィーラから報告は来ている?」
「はい。秋の武術大会のときに第一王子殿下に正体がばれたらしく、問い詰められた末に失恋を受け入れられたそうです。現在は計画とは関係なく、ただ居心地がいいから居座っている状態ですね」
「因みにその報告をフィーラから受けたのはいつ?」
「武術大会の終わった後すぐにですが」
「……報連相って知っているかい?」
計画が破綻していたなら早いところ教えてほしかった。こちらはフィーラが計画に則って第一王子を追いかけている前提で、安心して王宮騎士団に預けていたというのに、報連相がなっていないせいでこれだ。最悪ではないか。
「とりあえずその惚れた第三王子の近衛からリリアーヌ嬢の近衛に異動になったのは幸運だった。ベルトランとダイアスタ家に手紙を出して、フィーラをリリアーヌ嬢の近衛から動かさないようお願いをしよう」
フィーラの恋情がしぶといことは第一王子の例でわかってはいるが、接点さえ消してしまえば第一王子の時のように慕い続けるのも限界が来るはずだ。時機を見て騎士団を辞めさせて、その後は領地で暮らさせよう。
「後は……フィーラが降臨祭に一緒に出かけたという男か。そっちの素性はわかるかい?」
「平民の騎士です。剣術が得意で武術大会では決勝までいった方ですよ。将来有望ですね」
「因みにイルダはフィーラとそいつが出かけたのを知っていたのかな?」
「出かけるための衣装を選んでお送りしたのは私です」
「まずとめなさい。あと報連相」
次からフィーラの手紙が来次第報告させよう。油断も隙もない。
「まぁ、将来有望であれ相手は平民。そっちは放っておいてもいいだろう。それから第二王子と友人になった件は……もう意味が分からない。第二王子はどこから来た? 本当にただの友人関係なんだろうね? というかただの友人関係だとしても、貴族令嬢がほいほい男性王族と友人になるかな普通……」
「第二王子殿下は第三王子殿下目的で王宮図書館に突撃してきたそうです。友人だと言い出したのはあちらのようですよ。お嬢様は美貌を誇ってくる辺りは面倒だけれど基本的には良い人だと仰ってました」
「あぁ、第二王子から言われたら断れないか……仕方がない」
だが、友人関係という距離の近さは気になる。第三王子と違って無理に引き離すこともできないからな。フィーラの可愛さにうっかり好きになって求婚でもされたらこの世の終わりだ。一応警戒しておこう。
「それにしても、一通の手紙に情報を詰め込みすぎだ。私は一気に情報を叩きつけられて混乱したが、頻繁に手紙を受け取っているイルダも受け取る度に驚いているんじゃないかい?」
苦笑いを浮かべながら聞くと、イルダはやけに達観した目をして微笑んだ。
「私はもうとっくに常識を棄てておりますので。この家の子のことでまともさを求めるほうが可笑しいのです。もう何を言われても驚きません」
あぁ……イルダはもう悟っていたのか。
光の籠っていない目をしたイルダに、私はしばらく休暇でも与えようかと思案した。
「おっと……忘れるところだった」
机の隅に放置してしまっていたもう一通の手紙に気づいて手に取る。
「これはフィーラ宛ての手紙なんだっけ?」
「はい。差出人が差出人ですし、お嬢様とは接点が無かった方ですので念のために旦那様にお伺いを」
「差出人は……ブロヴァース侯爵家?」
格上の接点が無かった貴族が、いきなりフィーラ個人に手紙を? しかもあそこは嫡男が一人で令嬢はいなかった。お茶会の誘いというわけでもないだろう。
「気になるな」
どうにも嫌な予感がして、私は容赦なく手紙を開封し目を通す。
侯爵家がフィーラに何の用があるというのか……。
「――な、なな……っ」
「何と書いてあったのですか?」
わなわなと身体を震わせる私に、イルダが恐る恐るといった様子で聞いてくる。
ぐしゃり、と手紙を握りつぶして私は咆哮する。
「フィーラと二人で会いたい、だと!? ふざけるなっ!」
娘は誰にもやらーーーんっ!




