大掃除と虫干し
「今日は部屋の大掃除と本の虫干しをしようと思うんだ」
クロエと出かけた数日後の朝、いつも通りの警護任務を始めようとした私達にオーブエル殿下が放ったその一言で、私以外の全員が「うわぁ」と嫌そうな顔になった。
「え、何で皆そんな反応なの?」
わけがわからない私に、面倒くさそうにアジリオさんが説明してくれる。
「殿下には専属の侍女も侍従もいないから、年に一回は大掃除をしないといけないんだが、何せ侍女も侍従もいないからな、毎年俺らが手伝ってる。そして殿下の部屋は紙だらけだし散乱してる。とてつもなく面倒くさい。ついでに本の虫干しなんかは、所蔵数が多すぎて重労働なんだよ」
「侍女達の応援は呼べないんですか?」
「毎年呼んでも忌避される。来ても午後からだ」
「忌避される……」
いったいどれだけ大変なんですか。もしかして研究室の奥の扉を開けたら汚部屋が広がってるんですか。意外……でもないか。オーブエル殿下の研究室もだいぶ雑然としてるし。
「騎士団秋の名物が武術大会なら、第三王子殿下近衛隊の秋の名物が殿下の部屋の大掃除と本の虫干しだ。どっちが大変かは意見が分かれる」
「そんなに!?」
「いやそこまで大変じゃないから……」
真に受けて驚いた私に、オーブエル殿下が優しくツッコミをいれる。言われたい放題だったからか、殿下はちょっと恥ずかしそうに頬を染めていた。
「でも本当にそろそろ専属の侍女なりを召し抱えたらどうですか? 大掃除なんてしなくて済むようになるのでは?」
苦笑気味のジャンの言葉にオーブエル殿下は「うーん」と唸ってから、ゆるりと首を横に振った。
「ずっといられてもしてもらうこともないし、発表前の論文とか資料とか、あまり見られたくないものも多いから、やっぱりいらないかな」
そう答えたオーブエル殿下に、ジャンは残念そうに肩を竦める。
まぁ、今までいなくて大丈夫だったのなら、今更召し抱える必要性も感じないのでしょうし、とばっちりで私達が雑用をすることになっても、正直手は余ってる状態だから強くも言えないわよね。
ここにいるとつくづく思う。騎士の仕事って何だっけ、と。
「時間も惜しいから始めようか」
オーブエル殿下に促されて、ぞろぞろと私達は研究室の右奥にある扉に向かった。
扉のノブに手をかけた殿下が、はたと気づいたように私を振り返る。
「フィーラ、この部屋は僕の寝室としても使っているけど、入って大丈夫?」
「あ……」
殿下に言われて私も気づく。未婚の女性として、男性の寝室に入るのは如何なものなのかしら。
イルダがいたら全力で止められそうだけど、相手はオーブエル殿下だし、二人きりというわけでもない。何が起こるというわけでもないので大丈夫……かしら?
「まぁ大丈夫かと。あ、一応その扉を私が中に居る間は開けておいていただければ」
「わかった」
頷いた殿下が扉を開けて、ずっと閉ざされていた部屋の様子が露わになった。
思っていたよりもずっと広いそこは、研究室の三分の二ほどの広さで、さらに奥には外へ続く硝子戸がついている。内装は研究室とほぼ変わらず、壁は一面本棚になっていて、ところどころ紙と本の山ができていた。飾りらしい飾りも絵画の一枚もなくて、寝台やクローゼットといった生活感のあるものを除けば、あるのは本当に本ばかりの部屋。
何というか、本が好きなのはわかったけれど、それ以外には何も伝わってこない、本当に人が住んでいるのかと疑いたくなるほど殺風景な空間ね。
「失礼します……」
若干気後れしながら部屋に入ると、とりあえず一番目を引く壁一面の本棚へと向かった。
天井から床までの間が丸々本棚になっていて、隙間なくぎゅうぎゅうに本が詰め込まれている。ジャンルも様々で、普段研究で使っているのであろう魔法の専門書系から、一般的な物語集、更にはいつ使うのかも分からない雑学の本まで。ダイアスタ家の本邸の私の部屋もかなりある方だと思っていたけれど、ここの蔵書数はレベルが違う。とても個人の部屋の蔵書数じゃないわ。
とは言ってもオーブエル殿下は望めばどんな本でも手に入る王族だし、忘れがちだけどここ、図書館の中だし。ノーカウントよね。
それにしても……
「この数、全部一日で虫干しできるんですか?」
「頑張れば。去年は最初、ジャンと僕だけでやってたんだけど、途中からアジリオとエドガーに、応援に来た侍女達も加わって全員で作業したんだ。今年はフィーラがいる分早く終わるんじゃないかな」
「私なんて微々たる戦力ですよ……」
期待の眼差しを向けてくる殿下に苦笑を返していると、アジリオさんが集合をかけた。
「さて、掃除と虫干しの班分けだが、これは去年と同じで行く。帯剣してる分動きが制限される俺とエドガーは掃除。身軽な魔法騎士の二人と殿下で虫干し。掃除が終わり次第、虫干し作業に加わるってことで」
「了解です」
頷いた私と違って、虫干しを任命されたジャンは絶望の表情を浮かべた。
「お願いですから早く……早く掃除終わらせてくださいね……ほんとに。本棚から本を取ってきて並べてって、単純作業だけど腰にくるんですから……」
「善処はするけど……」
「ほんとに頼むよ……」
エドガーの肩に手を置いてそう訴えるジャンは切実そうで、私はちょっとだけ自分のことが心配になった。
確かにこの数は大変そうだけど、経験者のジャンがこんなに切実に訴えるほどやばいのかしら……。
私は恐怖に生唾を飲み込んで聳え立つ本棚を見上げた。




