武術大会~区切りと将来~
色とりどりの光が飛んではぶつかり、弾けていく。
轟音と歓声とが混ざり合って耳の奥で響き渡る。
アルベール殿下と話した帰り道、既に始まっていた魔法部門の試合をぼぅっと眺めながら、私は自分のこれからを考えていた。
私自身を突き動かしていた、アルベール殿下への恋情は終わりを迎えた。
それでも王宮の人達とは一緒にいたいし、仕事に不満があるわけでもないから、騎士の仕事は続けたいと思う。
伯爵家令嬢としての生活は今よりずっと楽ではあったけれど、友人や同僚ができて、毎日騒がしいくらいのこの日々に慣れてしまった今ではもう、家族以外に見向きもされないようなフィリーレラとしての生活に戻りたいとは思えなかった。
でも貴族令嬢である以上、いつまでもこうしていられるわけじゃないことは理解している。結局いつかは家門のためにも誰かと結婚しなければいけない。
適齢期のうちにと考えれば、あと三年もあるかどうか。行き遅れと言われるようになったら、碌な縁談も結べなくなってしまう。そうしたらこの先の人生最悪なことになるわ。
まぁ、お父様は結婚して不幸になるくらいなら一生結婚しなくてもいいとか言いそうだけれど。
『一応聞きますが、本当にオーブエルやフェリシアンの妃になるつもりはないのですよね?』
「…………はぁ」
つい先ほどのアルベール殿下の問いを思い出して溜息を漏らしてしまう。
私は今まで両殿下をそういう風に見たことはなかった。だってアルベール殿下がいたんだもの。
それは本当のこと、なのに。
「もやもや、するのよねぇ」
まるで自分で自分に嘘をついているような、すっきりとしない感覚。
けれど、それを追及して暴こうとするのはいけないと、私の勘が告げている。
もしその正体を知ってしまったら、騎士としての自分の有り様すら揺らいでしまいそうな気がして。
「帰りたくないな……」
声に出してしまうと王宮図書館への足取りが酷く重いものに感じてしまって、結局私はもうしばらく、アリーナに飛び交う魔法を眺めていた。
***
「あっ、フィーラ!」
気持ちを切り替えて王宮図書館へ帰ると、すっかり私以外の全員が揃っていた。
まだ魔法部門をやっている最中だというのにジャンまでいる。
「ジャン、試合は?」
私が聞くと、ジャンは苦笑いを浮かべ気まずそうに視線を逸らした。
「えっと、実は初戦の相手が氷結魔法の使い手でね」
「相性が悪いわね。それで負けちゃったの?」
「いやぁ……うぅん……勝つには勝ったんだけど……」
ジャンが言い淀むと、横からジャンの試合を見ていたらしいエドガーが会話に入ってきた。
「こいつの試合、すごい白熱してさ。途中からこいつスイッチ入っちゃって」
エドガーの言葉に私は「あぁ」と悟る。思い出すのは特訓で火球を連射してきたジャンの姿。
「やり過ぎたのね」
「そ。相手と一緒に審判まで吹っ飛ばした時は肝が冷えたぜ。危うく場外まで飛ばすとこだったんだ」
「うわぁ」
名も知らぬ審判さんに合掌。ご愁傷様です。
やっぱり私程度が武術大会に出場していたら一瞬で殺されていたわね。恐ろしや、武術大会。というかスイッチ入ったジャン。
「それで結局、オーバーアタックと審判への攻撃で失格にされちゃったんだ」
しゅんとしたジャンの肩を、アジリオさんがポンポンと叩いて慰める。
「後で一緒に審判だった奴のとこに謝りに行こうな」
「はい……」
アジリオさんと、しょぼしょぼと意気消沈するジャンのことは一旦放っておくことにして、私はいつの間にか隣に来ていたエドガーに声をかけた。
「エドガーは決勝どうだったの?」
「手も足も出なかったよ。団長、途中から剣術指南でもしているみたいに『こっちに打ってこい』とか『もっとこうしろ』とか言ってきてさ。実力差を突き付けられたよ」
さらりとそう言って苦笑いを浮かべたエドガーだったけれど、その瞳には隠し切れない悔しさが滲んでいる。
まったく、変なところで意地っ張りなんだから。
今のエドガーには慰めの言葉を言ったところで響かないかも。ならいっそ、慰めない方向でいこうかしら。
「あら、エドガー。私に少しは期待してもらえるような騎士になるんじゃなかったの? そんなんじゃいつまでも期待なんてできないわよ?」
発破をかけるようにそう言えば、エドガーはポカンとだらしなく口を半開きにして私を見た。
こんなこと言われるなんて意外だったのかしらね?
ゆっくりと私の言葉を咀嚼すると、やがてエドガーはその口元をぎゅっと引き結んで、強い瞳で私を捉える。
「フィーラ、ごめん。実力差に打ちのめされて落ち込んでいる暇があったら、君に期待してもらえるくらい強くなる努力をしないとだよな」
「微妙に違うわ。落ち込むのも悔しがるのも、這い上がるときのエネルギーになるから悪いことじゃないの。だからね、落ち込んでいるのを隠す暇があったら、よ。思いっきり落ち込んで、すぐに前を向いて突き進んでいく。これが私のおすすめ」
私もアルベール殿下がリリアーヌ様とご婚約されたときは思いっきり落ち込んだもの。イルダに愚痴を言ったりして。そして、すぐに恋心を諦めないで済む方法へと向かっていった。
マイナスから這い上がろうとするエネルギーの爆発力は、馬鹿にできないんだから。
「今実力が足りないのは仕方がないわ。だから、将来的に団長さんを追い抜くくらい強くなるために行動しましょう」
「追い抜く、かぁ。どれくらいかかるんだろうな」
「あの人もういい歳してるんだから、あとは老いぼれていくだけよ。大丈夫、エドガーが強くなった頃には団長さんは加齢で節々を痛めていると踏むわ。試合をしたら圧勝できるわよ」
「フィーラはそれでいいの?」
エドガーが可笑しそうに笑いだして、至極真面目に話しをしていた私としてはちょっと不満。でもまぁ、エドガーの雰囲気が軽くなったので良しとしましょう。
――そうして私達が王宮図書館で話している間に、武術大会は幕を閉じていった。
騒がしく忙しく振り回されてばかりだった一日が終わりを迎え、ひとつの区切りを迎えた私の、少しだけ新しい日々が始まっていく……。




