武術大会~疑い~
ど、どういうご用件なのかしら……!?
闘技場内を第一王子殿下近衛隊の騎士に案内されるままに歩きながら、私は緊張でガチガチになっていた。
何故急に呼ばれたのかもわからないし、そもそもアルベール殿下がお呼びなのが、フィーラなのかフィリーレラなのかすらわからない。先ほど王宮図書館でお会いした時は、私がフィリーレラだと気付かれた様子はなかったし、フェリシアン殿下という前例がある以上、オーブエル殿下の近衛隊の女騎士を呼んだという可能性は十分にあるもの。
この騎士に探りを入れようにも、さっきから一言も喋らないしこっちを見もしないから話しかけずらいのよね……。
第三王子殿下近衛隊の皆のフレンドリーさを見習いなさいよ、と前を歩く騎士の背中に恨みがましい視線を向ける。
――瞬間。ぴたりと騎士が歩を止めた。
ひぇっ、変な視線を送っていたのがバレた!?
「こちらで第一王子殿下がお待ちです」
「あ、はい」
よかった、バレたわけじゃなかったのね。びっくりさせるんじゃないわよ、まったく。
騎士に連れてこられたのは、王族用の観覧席ではなく、闘技場内部のこじんまりとした休憩室だった。
飾り気のない木製の扉を隔てた向こうにアルベール殿下が居るのかと思うと、どうしたって鼓動が高鳴る。
おかしなところはないかしら? 隠匿の魔法は解いたし、制服にシワはないわよね。あぁ、ブーツが少し汚れているわ。こんなことになるなら綺麗にしてくるんだった!
「もうよろしいですか?」
そわそわと自分の身なりを確認していると、感情のこもっていない瞳で私を見ていた騎士がそう言った。
やだ、恥ずかしい。
「……すみません、大丈夫です」
私が答えると、騎士は扉をノックして「連れて参りました」と無機質な声で言う。
「どうぞ」
耳に残るアルベール殿下の声が聞こえると、騎士は扉を開けて視線だけで私に入るよう促してくる。
素直に従って部屋に入れば、手狭な室内にアルベール殿下と近衛の騎士がひとりいるだけだった。扉を開けてくれた騎士も部屋には入らず、そのまま扉を閉めて自分は外で待機するみたい。
護衛がこんなに少なくて大丈夫なのかしら、と疑問に思いつつ、私はアルベール殿下に挨拶をしようとして……どうしたらいいのかと固まった。
騎士として礼をとるべきなのか、貴族として挨拶をするべきなのか、はたまた平民としてお辞儀でもすればいいのか。
アルベール殿下の真意がわからなくてどうしたものかと戸惑っていると、そんな私を見てか、アルベール殿下の方から口を開いた。
「急に呼んでしまい驚かれたでしょう……フィリーレラ・シル・ダイアスタ嬢」
その言葉にハッとして、すぐさま私は殿下にカーテシーをする。
「いえ……こちらこそご挨拶が遅れて申し訳ありません、アルベール殿下」
アルベール殿下は私がフィリーレラだと気付かれていたのね。でも、いったいいつから?
ある程度予想はしていたとはいえ、やっぱり少し動揺が隠せない私に、アルベール殿下は惚れ惚れするほど完璧な微笑みを浮かべて、心の内を読んだように疑問に答えた。
「先ほど、準決勝でオーブエルの騎士が勝ったでしょう? 相手をしていた騎士は元私の近衛騎士なんですよ。近衛の中でも随一の腕だった彼を負かした騎士に興味が湧いたんです。しばらく様子を眺めていたのですが、真っ直ぐに誰かのもとへと走って行ってしまって。無粋かとも思いましたが一応相手を見れば、貴女だった。あの時の貴女の姿は社交界で見たダイアスタ嬢そのものだったので気付くことができました」
「あぁ……」
殿下は隠匿の魔法をかけた状態の私の姿を記憶していたのね。リリアーヌ様みたいに、隠匿の魔法をかけていない状態でも気づく……とはならなかったのは、やっぱり私への関心の差なのかしら。そこはかとなく悲しいわ。
でもまさかきっかけがエドガーだとは思わなかった。今日は何だかエドガーに振り回される日ね。
「それで、殿下のご用件は何でしょう? 知り合いを見つけたから、というわけではないのでしょう?」
私が本題に突っ込むと、アルベール殿下は優し気な笑顔をすっと消して、探るような視線を私に向けてきた。
その瞳は今まで社交界で見てきた温かくて穏やかなものとは違い、思わず身構えてしまうほど鋭く冷ややかなもので、ぴんと張り詰めた空気に冷や汗がつたう。
私の中のアルベール殿下のイメージが崩れ去っていき、目の前の私の知らないアルベール殿下に畏怖の念が湧き上がってくる。
「つい数か月前まで私に侍っていた貴女が、近衛騎士としてオーブエルの側にいるのは、どういう考えがあってのことです? オーブエルだけじゃない。フェリシアンにも声をかけられるほど親しくなっているようでしたね。はっきり言って、何か思惑あってのこととしか思えないのです。正直に話していただきたくて、人払いをして騎士も最小限にしました。答えていただけますね?」
「……っ」
思惑……は、思いっきりありますけども! アルベール殿下目当てで騎士になったなんて、本人に言えるわけがないじゃない!
押し黙る私にアルベール殿下は一層疑いを深めたようで、眉間にしわを寄せて睨みを利かせてくる。
「伯爵家の貴女が、わざわざ騎士になる理由など思いつきません。それに、かの『腹心』を父君に持つ貴女ならば、騎士団内の配属くらい思うままでしょう? どうして私の弟達に近づくのですか?」
お父様の馬鹿あぁぁっ! 何やら娘がとばっちりを受けていますよ! 何ですか『かの』って! 悪名でも轟いているんですか!?
それに実際お父様が手を回してはいましたけど、私の意志は無視でしたし! 思うがままとか無いですから!
というかオーブエル殿下はお父様が私を第三王子殿下近衛隊に入れたからだし、フェリシアン殿下に関しては自分から来ましたからね!? 私無罪ですからね!?
「あの、えっと……っ」
あぁもう、これどう弁明すればいいの!?




