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乙女よススメ!~妃が無理なら騎士になる~  作者: 愁
一章 騎士になる!
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武術大会~第一王子~

 光り輝く金髪に柔らかな若草色の瞳。若い頃の陛下の生き写しと言われる、眉目秀麗な顔立ち。多くの騎士を従えているけれど、自身もまた剣の道を究めた一人であり、また若くして国政にも携わる頭脳をも持った、文武両道を体現した存在。

 非の打ち所がない完璧王子と謳われる、第一王子アルベール・イヴ・ソーラント殿下。


 その姿を見ただけで、かつて向けられた微笑みが思い起こされて、胸がときめくのをとめられない。フェリシアン殿下に返事をすることも忘れて、アルベール殿下に釘付けになってしまう。

「フィーラ? どうしたの?」

 固まってしまった私に不思議そうにオーブエル殿下が声をかけてきて、私の横から廊下へと顔を覗かせた。

 自分の感情でいっぱいいっぱいだった私は、オーブエル殿下がアルベール殿下を見つけた瞬間、息を呑んだ音を聞いて我に返った。

「オーブエル殿下!」

 そうよ、そうだったわ! 私はアルベール殿下に会いたかったけれど、オーブエル殿下は違うじゃない!

 フェリシアン殿下との関係が良好になったといっても、アルベール殿下との関係はそうじゃないんでしょうし、陛下の生き写しであるアルベール殿下の姿を見れば、陛下のことを思い出さないわけがない。

『お前が、母親のことを思い出して辛い思いをするのではないかと思ったんだ』

『陛下を見て母様を思い出すことはあっても、フィーラが傍にいて母様を思い出すことも、そのことで僕が辛い思いをすることも、ありませんよ』

 前にフェリシアン殿下とオーブエル殿下がしていた会話を思い出して、私は胸が締め付けられた。

 あれはつまり、陛下の存在はオーブエル殿下の苦しみと直結しているということ。陛下を思い起こさせるアルベール殿下は、オーブエル殿下にとって相対したくない相手なのではいかしら。

「……、……」

 強張ったオーブエル殿下の横顔に、私は声をかけようとして……口を閉ざした。

 何て声をかければいいのか、わからなかった。まったく大丈夫ではなさそうな相手に「大丈夫ですか?」と声をかけるほど馬鹿ではないし、それにオーブエル殿下の心の底の傷を知らない私では、何を言ったところで本当の意味でオーブエル殿下の御心に寄り添うことなどできないもの。

 私が何も言えない間に一行は研究室の前まで来て、三人の王子が一堂に会することになった。


 視線を斜め下に向けたまま両手を握りしめたオーブエル殿下に、アルベール殿下は隙のない笑顔を向け、優し気に声をかけた。

「久しぶりですね、オーブエル。フェリシアンが貴方のところへ行くと言うので、無理を言って同行させてもらいました」

「……お久しぶりです。何の御用ですか」

 言葉少なく返したオーブエル殿下の様子を、フェリシアン殿下は心配そうに窺っている。そんな二人の姿を見て、アルベール殿下は少しだけ苦笑を滲ませた。

「いつの間にか随分と二人は仲が良くなったのですね。今日は一緒に武術大会を見ないかと誘いに来たんです。貴方の近衛騎士が中々善戦していましたよ」

「申し訳ありませんが、遠慮しておきます。それに僕が行けば陛下の御気分を害してしまいますから、騎士達が可哀そうなことになってしまいます」

「そんなことはないと思いますよ。陛下だってもう随分と長い間貴方に会えていないことを気にされていました」

 気遣うようにアルベール殿下がそう言った瞬間、ばっとオーブエル殿下が顔を上げて、自嘲するように歪に笑んだ。

「有り得ないことを! あの人が僕に『お前の顔は見たくない』と言ったのにっ!」

 吐き出すような叫びが響いて、私達は誰もが口を閉ざした。

 信じ難い内容に私はただ茫然と、苦し気なオーブエル殿下を見つめる。

 しんと静寂が訪れた後、アルベール殿下が一歩進み出ると、おもむろにオーブエル殿下の肩へ手を置いた。

「……オーブエル、落ち着いて聞いてください。時が、流れたのです。陛下はもう、貴方を突き放した頃の陛下ではない。起きてしまったことを受け入れ、前を向いています。そろそろ貴方も、過去に囚われることをやめるべきではありませんか?」

 ……諭すように言うアルベール殿下に、私は初めて、失望と怒りを覚えた。

 どうして、そんなことが言えるの? オーブエル殿下は、こんなにも傷ついて、苦しみ続けているのに、時が流れたからって、ただそれだけで前を向けと?

 時が癒す傷があることはわかるわ。でも、オーブエル殿下の傷がその類であったなら、今もなおこんな場所に閉じこもったりしていないわよ。

 私はオーブエル殿下の傷も、オーブエル殿下と陛下の間にあったことも知らないけれど、私は王宮(ここ)に来てからずっとオーブエル殿下を見てきたから、それくらいのこと理解できる。

 なのに、すべてを知っているはずの貴方が、オーブエル殿下の兄である貴方が、なぜそんなことを口に出せるの!?

「……あの」

「――お引き取りください。今日はもう、お引き取りください」

 憤りに任せて口を出そうとした瞬間、オーブエル殿下が静かにそう言った。

 オーブエル殿下の声は淡々としていて、けれど瞳は感情を抑え込むように、固くつむられていた。

「……わかりました。フェリシアン、行きましょう」

「は、はい。オーブエル、また来る」

「……」

 名残惜しそうなフェリシアン殿下の言葉にも何も返すこともなく、オーブエル殿下はぐっと拳を握りしめていた。

 やがて一行が見えなくなると、オーブエル殿下は深く深く息を吐いて上を見上げる。

 疲れきったような顔をしているのに、拳だけはずっと握られているのが痛々しくて、私は考える間もなく、その拳に手を伸ばしていた。

 そっと両手で拳を包み込んで引き寄せる。力を込めすぎて冷たくなった拳に、熱を分け与えるように優しく包み込む。

「っ、フィーラ?」

 驚いて丸めた瞳でこちらを見てくるオーブエル殿下に、私はやっぱり、何て声をかけたらいいのか悩んで、一言だけ絞り出した。

「私は、今の殿下が好きなので、無理に変わろうとしなくても良いと思いますよ」

 私が知っているオーブエル殿下は、優しくて、温かくて、ちょっと天然で困った人。

 心に傷を負ったまま、それでも誰かを気遣い思いやれる、すごい人。

 私はオーブエル殿下の傷を癒すことはしたくても、傷を隠して、前を向いていてなんてほしくない。

 貴方には、幸せであってほしいんです。

 そんな思いを込めて見上げれば、オーブエル殿下はふっと拳から力を抜いて、くしゃりと笑った。

「……フィーラ、もう少しだけ、僕のことを見ていてくれないかな。何故か今、君が傍にいると感じていたいんだ」

「いいですよ……あ、恥ずかしくなったら言ってくださいね」

「うん」

 オーブエル殿下が望むまま、私は殿下の手を握りしめてその姿を見つめていた。

 

 ……ただ中々オーブエル殿下が満足してくれなくて、背中にバルドさん達の視線が刺さったのが辛かった。

 オーブエル殿下より先に、私が恥ずかしさで消えてしまいそうだったもの。魔法で視覚的に。

 もうしばらく、オーブエル殿下の姿が脳裏に焼き付いて離れそうにないわ。

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