武術大会~誰が為の剣~
※エドガー視点
広い闘技場中に、模造刀がぶつかり合う音と歓声が響いている。
出番までまだ余裕がある俺は、同僚達と行われている試合をぼんやりと眺めていた。
「ねぇエドガー、今思っていること当ててあげようか?」
そう言ってからかうような笑みを向けてくるのは、親友で魔法騎士のジャンだ。
こいつとは騎士学校からの付き合いで、王宮騎士団に入って配属先まで一緒だったときは、腐れ縁かと笑い合った。
今ではすっかり、相手が何を思っているのか何となく分かるようになってしまったが、最近はそのせいで少し困っている。
「別に言わなくていい」
「今頃フィーラと二人とかカミロさん羨ましい~、とか思って……」
「言わなくていいって言ってんだろ!」
がばっと慌ててジャンの口を両手で塞ぐ。周りには他の同僚達もいるっていうのに恐ろしい奴だな!
……最近ジャンは、こうやって二人で話しているときにからかってくるようになった。そのせいで俺が何度恥ずかしい思いをしたことか。
恨みがましく睨みつけると、ジャンは両手を挙げて降参の意思表示をした。目元が完全に笑っているのが釈然としないが、いつまでもこうしているわけにもいかないので解放してやる。
「そんなに恥ずかしがることないと思うけどね。エドガーって学校でも無駄にフレンドリーで男女問わず友達多かったくせに、浮いた話ってなかったし。僕としてはやっと親友に春が来て喜ばしい限りだよ」
「お前こそ、魔法学科は女子ばっかだったのにそういう話は聞かなかったな」
「え、言ってなかったっけ? 僕彼女いたことあるよ」
「はぁっ!? 初耳なんだが!?」
「まぁすぐ別れちゃったしね。魔法の実習でペアを組んだら、こんな人だと思わなかったって泣かれちゃって」
「……あぁ、なるほど」
俺よりちょっとだけ恋愛経験値が上だったことを憎むべきか、その別れ方を憐れむべきか……。
とりあえず、その彼女は自分とジャンが共に騎士を志した不運を呪うべきだろう。どちらかが騎士を志してさえいなければ……住む世界が違えば、知らずにいたかった一面を知らないまま付き合えていたはずだ。まぁ、その場合出会えていたかも微妙だが。
その点、俺はラッキーなんだろうな。初めて好きなった相手は同じ騎士だが、俺とは違って魔法騎士だから、同じ分野故にぶつかるということもない。相手に幻滅したりせずに付き合っていけるだろう。
彼女は学校にも通えないような家の子だ。俺の家も爵位なんて無関係な平民の家だけど、騎士になってからの稼ぎで十分、彼女も彼女の家のことも支えられる自信はある。
考えが古いかもしれないけれど、やっぱり付き合うなら結婚まで視野にいれておきたいというのは、彼女からしたら重いだろうか。
……というか、まだ告白もしていないのに色々考えちゃうのって引かれたりするのか!?
「なぁジャン、お前彼女と付き合うってなった時、どこまで考えた!?」
「どこまでって?」
「将来のこと! 結婚とか、相手の家のこととか!」
「あのねぇ、その時僕ただの学生だよ? 自分も騎士になれるかわからなかったのに、結婚とか考えられないって。それに僕、告白されたから付き合ったけど彼女のこと詳しく知らなかったし。ゆっくりお互いの共通点とか探していこうって時に別れたんだから、そこまで深く考えてないよ」
「よく知らないのに付き合えるのか?」
「割とあるんじゃない? よく知らないってことは、別に嫌いってことでもないわけだし。僕らには関係ないけど、貴族だって政略結婚とかよくしてるでしょ?」
「そりゃそうかもしれないけど……」
俺にはやっぱり、好意の一方通行な状態で付き合うとか、結婚するとかは考えられない。空回りしているようで寂しいし、距離だけ近くなっても、相手が自分を好きではないという現実がより一層はっきりするだけで辛いと思う。
だから俺は彼女に同僚以上に思ってもらえるようになるまで、付き合ってほしいと言うつもりはない。
こんな考え方は、受け身すぎるだろうか? それとも、夢を見すぎているのだろうか?
「はぁ……今のところライバルがいないだけマシなのかな……」
「ライバル?」
「あぁ。だってフィーラが仲良さそうなのって、第三王子殿下近衛隊の皆と両殿下くらいだろ? 可能性ありそうなのって、お前くらいじゃん」
「僕はいいよ。親友の春を邪魔するほど無粋じゃないし。でも、フィーラと両殿下、かなり仲良さそうだよね。オーブエル殿下とは読書仲間だし、フェリシアン殿下とは友人らしいし。あそこまで堂々と両殿下と仲良くできるの、肝が据わりすぎてて尊敬するよ」
苦笑を浮かべるジャンに激しく同意する。
俺なんか、近衛隊に配属ってなった時点でビビりまくったんだぞ。何かやらかしたら、即刻首を物理的に切られそうで恐ろしかった。まぁ、オーブエル殿下はそんな人じゃなかったけど。
「フェリシアン殿下なんか、気に入らない相手は追い出しまくってたもんな。今はすこし丸くなったっぽいけど、やっぱり機嫌を損ねたらって想像すると鳥肌が立つ」
「だよね……あっ、噂をすれば。次の試合はフェリシアン殿下のところの騎士みたいだよ」
「ほんとだ」
視線を向けた先では、王族用につくられた観覧席の前で、フェリシアン殿下に跪いて誓いを立てる騎士がいた。
第二王子殿下近衛隊は、何というか、癖が強い。フェリシアン殿下に心酔している、まるで信者のような集団だ。あいつらの前でフェリシアン殿下のことをけなしたり、美貌を否定したりしたら、その瞬間敵とみなされる。
ちなみにうちの小隊長がそれをやって、うちに飛ばされてきた。
「あいつらって、配属先変えられたらどうするんだろうな」
「騎士団を辞めてフェリシアン殿下に剣を捧げて私兵になるんじゃない? いや、もう何人かは剣を捧げてるかも」
剣を捧げる……か。
この国の王族で、私的な騎士団は陛下の親衛隊くらいだ。それ以外の王族の近衛は、あくまで王宮騎士団所属であって、いくら主に忠誠を誓っていても、配属が変わればそれまでの関係。
だから代わりに一部の王族は騎士団所属ではない私兵を持っていたりする。騎士団を通さず、自分に剣を捧げた相手を個人で召し抱えるのだ。
ただ、俺にはどうも縁遠い話に思える。オーブエル殿下は良い方だし、騎士として忠義も尽くしてはいるつもりだが、あまり接点がないせいか剣を捧げようと考えるほどではない。きっと、配属先の変更を打診だれたら、俺はすんなり受け入れるだろう。
今朝立てた誓いすら、形だけのものに感じているのだから、俺には第二王子殿下近衛隊の騎士達を笑う資格はない。
武術大会でいい成績を残したいのだって、殿下のためではない。半分が自分自身のため。そしてもう半分は――。
『二人なら勝てるって信じてる。優勝目指して頑張ってね!』
俺一人に向けられた言葉ではないというのに、それでも舞い上がって力が湧いてくるのだから、我ながら呆れてしまう。
……いったい俺の剣は、誰の為にあるというのだろうか。
腰に下げた剣に触れながら、そう苦笑交じりに自問した。




