武術大会~王宮図書館朝の出来事~
ついに迎えた武術大会当日の朝、第三王子殿下近衛隊の全員がオーブエル殿下の前に集合した。
これから武術大会に参加する人達はオーブエル殿下に健闘を誓い、揃って闘技場に向かうのだそう。
本当は王族の近衛騎士は自分の出番の前に、観覧席の自分の主に誓いを立てて戦うのらしいのだけれど、オーブエル殿下は闘技場に行かないので、第三王子殿下近衛隊の面々は誓いを朝のうちにまとめてやるようになったのだとか。
「第三王子殿下近衛隊第一小隊長アジリオ、他二名は、武術大会において最善を尽くし戦い抜くことを第三王子殿下に誓います」
「「誓います」」
アジリオさんの宣誓に続いてエドガーとジャンが宣誓をし、オーブエル殿下に向かって跪き首を垂れる。
三人が誓い終わるのを待って、今度はバルドさんがアジリオさんと同じように宣誓をした。
「第三王子殿下近衛隊第二小隊長バルド、他二名は、武術大会において正々堂々と戦い抜くことを第三王子殿下に誓います」
「「誓います」」
そうしてバルドさんと、初めて会った日にぐいぐい来た騎士二人が、オーブエル殿下に跪いて首を垂れた。
武術大会に出場する騎士全員がオーブエル殿下に跪く様子は圧巻そのもので、まるでいつか読んだ騎士物語の一幕のよう! と、私は完全に他人事で眺める。
皆普段は平和すぎる職場でのほほんとしてばかりなのに、今日はとっても騎士っぽくて格好いいわ!
ほわぁ、と私が子供のように皆を眺めていると、誓いを受けたオーブエル殿下が皆に向かって一歩進み出た。
「皆が実力を存分に発揮し、健闘することを祈っています。怪我にだけは気を付けるように。良い報せが聞けるのを待っています」
オーブエル殿下の言葉に、皆が一斉に「はっ!」と返事をする。
その様子を眺めて満足気に一つ頷くと、オーブエル殿下は笑顔を浮かべてパンッと両手を叩いた。
「さ、堅苦しいのは終わりにしよう。皆立って!」
オーブエル殿下がそう言うなり、遠慮など無しにアジリオさんが立ち上がって頭を掻く。
「あー、ほんっとこういう騎士っぽいの向いてないんだよなぁ。自分で自分に鳥肌が立つ」
「じゃあ何で騎士になったんですか?」
「そりゃ給料が良いからに決まってるだろ」
「給料で騎士を選ぶ人って珍しいと思いますけど……」
通常運転のアジリオさんに、苦笑を浮かべながら皆が立ち上がる。
すっかりいつもの第三王子殿下近衛隊の雰囲気に戻ってしまい、私としてはちょっと残念。
わいわいと話すアジリオさん達を完全に無視したバルドさんは、大きな体を折り曲げて、少し屈むようにしてオーブエル殿下に話しかけた。
「それでは、我々は闘技場へ向かいます。今日はくれぐれも研究室からお出にならないように。何かあった時は遠慮なくお呼びください。大会の途中でも直ぐに戻ってまいりますので」
「わかってるよ。本当にバルドは心配性だね」
「心配しない方がおかしいでしょう。フィーラさん、もしもの時は隠匿の魔法を殿下にかけて、連れて逃げるように。城まで行けば後はあちらの騎士がどうにかしてくれるはずだ」
「わかりました、全力で逃げます!」
「頼むぞ。カミロ、お前もな」
「了解です」
そう返事をしたカミロさんとは、バルドさんの小隊の一人で、初めて会った時に鉄拳を振り下ろしていた人。腰から剣を下げているけれど、いつも手のほうが先に出るらしい。基本物腰は柔らかだけれど、鉄拳のインパクトが余りにも大きすぎて、私は未だにカミロさんのことがつかめないでいる。
今日のオーブエル殿下の警護は、皆が武術大会から戻るまで私とカミロさんの二人ですることになっていた。あまり話したこともないし、正直ちょっとだけ気まずい。
「では、我々はこれで。おいお前達、そろそろ行くぞ!」
ぞろぞろと参加者の皆を連れてバルドさんが王宮図書館を後にする。
途端、静まり返った王宮図書館に残された私とカミロさんは、自然とオーブエル殿下へ視線を向けた。
「さて、人数は少なくなりましたが、我々はいつも通り研究室の外にいましょうか?」
カミロさんがオーブエル殿下伺いを立てると、殿下はゆるりと首を横に振った。
「今日は二人とも中に入って。代わりに扉は開けておこう」
「わかりました。フィーラと扉の近くに立っていますね」
「いや、フィーラにはやって欲しいことがあるんだ」
「えっ!?」
この人手の足りない状況で、やって欲しいことがあるですって!? 内容によってはお断りしますよっ?
戸惑いながらカミロさんを見ると、カミロさんは顔色一つ変えず、口元には笑みを浮かべていた。
……あ、でも目が笑ってない。この微笑みはあれだわ、リリアーヌ様と同じ、裏で色々考えている笑み。絶対心の中では「何ふざけてるんですか?」とか思ってるわね。
リリアーヌ様を思い出してちょっと背筋を凍らせながら、恐るおそるオーブエル殿下に話しかける。
「オーブエル殿下、私にやって欲しいこととは何でしょうか?」
お願いですからくだらない内容じゃありませんように! という私の願いを裏切るように、オーブエル殿下はさらりと言った。
「一緒に読書をしよう。一日あれば前に渡そうとした本を読み切れるよね?」
「「……」」
麗らかな朝、王宮図書館の温度は五度ほど下がった。




