究極の選択
「ひいぃぃぃぃやあぁぁぁぁっ!」
飛んでくる小さな火の玉を全力疾走で避けていく。
熱い! 怖い! 燃えるぅ!
「フィーラ、まだまだ行くよぉっ」
「がんばれー!」
「いやあぁぁぁぁっ!」
――遡ること一時間前。
勤務時間終わりに闘技場にやってきた私達は、さっそく特訓を始めた。
「まずは軽く、小さい火の玉を飛ばしてみるから、それを避けることから始めようか」
「よろしくお願いします!」
小さい火の玉くらいなら楽勝よ!
……なんて、思っていたのは最初だけでした。
「ほら次行くよー!」
「ちょ、まっ!」
間髪入れずに飛んでくる無数の火の玉。迫りくる灼熱。容赦という言葉を忘れ去ってしまったジャン。止める気ゼロのエドガー。そして叫びながら逃げ回る私を遠巻きにする周囲の騎士達。
「これのどこが軽くなのよぉぉぉぉっ!」
無い体力を振り絞って足を動かせど、終わりの見えない特訓という名の一方的な攻撃。
最早蹂躙。そしてかなり地獄。
私が何度「休ませて!」と懇願しても止まらないジャンの魔法を、死にたくない一心で必死に避け続けた。
いつもの優しいジャンはどこへ行ったの!?
まるで変なスイッチが入ってしまったかのように魔法を連撃するジャンが、魔力切れで大人しくなるのに、結局一時間以上かかった。
私はギリギリ生き残れたけれど、もう虫の息。吹けば飛びそうな命です。
地面に汗だくの体を投げ出し、ぜぇぜぇと呼吸をする私を覗き込んで、エドガーが苦笑をした。
やり過ぎた、と我に返って反省したのか、ジャンは小さく縮こまっている。
「お疲れ。いやぁ凄かったな」
「フィーラごめんね! 僕魔法使うとテンションおかしくなっちゃって……」
「そういう、ことは、先に、言って!」
わかってたら頼まなかった。本当に死ぬところだったんだもの。
まさかとは思うけれど、ジャンって実力者枠じゃなくて訳あり枠なんじゃ……?
一時間以上魔法を打ち続けられる魔力量も、私を狙い続けられる操作能力と集中力も凄いけれど、止まってくれないのは非常に問題だわ。
これからも特訓を続けるなら、その度に死にかけることになる。最悪死ぬ。けれど特訓をしなかったら、武術大会で大怪我をする。最悪死ぬ。
……究極の選択だわ。
***
誰に当たるのかもわからない武術大会でリスクを背負うより、エドガーに暴走が始まったら止めるよう言い含めたジャンの方がマシという判断をして、特訓を続けて一週間。
……正直もう限界です。
連日命からがら逃げ続け体力も気力も削られまくり、寮に帰ってすぐ倒れるように眠るのだけれど、それでも全然疲れが取れなくて、昼間に立ちながら寝そうになってしまう始末。
そろそろちゃんと休まないと駄目だわ。ジャンとエドガーに相談しよう。
ぼぅっとしながら立っていると、ふいに研究室の扉が開き、オーブエル殿下が顔を覗かせた。
「フィーラ、ちょっといい?」
「あっ、はい」
眠気を吹き飛ばすように頬をパンパンッと叩いてから、促されるままにオーブエル殿下の研究室に足を踏み入れる。
いつものことながら本や書類で雑然としている研究室の中で、唯一綺麗に保たれたフェリシアン殿下が定位置にしている来客用の椅子に腰をかけ、オーブエル殿下は一冊の本を差し出してきた。
「今渡している本はどう? 読み終わりそうなら、次はこれを読んでほしいんだけど……」
「あ……すみません。まだ全然読めていないです」
「フィーラにしては珍しいね。どのくらいかかりそう?」
「それもわからなくて……。今、もうすぐある騎士団の武術大会に向けての特訓で余裕がないんです。武術大会が終わるまでは厳しいかと……」
すみません、と頭を下げると、オーブエル殿下がしゅん、と肩を落として本をしまった。どーん、と殿下の纏う空気が重くなる。
あぁっ、見るからに落ち込んでいらっしゃる! どうしましょうっ!
「わ、私も本を読みたいんですよ? でも特訓をしないと武術大会がっ」
「フィーラは僕と本の話をするより武術大会の方が大事なんだね……」
「そういうことでは無くてですね!?」
「でも武術大会の方が優先なんでしょ?」
「それはそうなのですが……っ」
ただ命の方が大事なだけなのに、まるで浮気をしたことを咎められているような気分になるのは何故!? 何だかすごく申し訳ない気分で胸がいっぱいになって泣きそうだわ。
どうしたらいいの!? とおろおろとしていると、オーブエル殿下が自身の胸に左手を添えた。
「……何故だろう。フィーラが僕を優先してくれないと、胸がモヤモヤとする」
「えぇ……っ」
そんなことを言われましても……っ!
というか読書時間とかの話ですよね? オーブエル殿下を優先するしないの話ではありませんよね!?
いやまぁ、殿下から意見交換のために渡された本である以上、殿下を優先していないということに……なるのかしら?
でも仕方がないじゃない!
「私だって出なくていいなら武術大会なんて出ませんよっ! でも全員参加だって言うので必死なんです! 私戦闘力皆無ですから、下手したら死んでしまいますもん!」
「死……っ!? えっ、武術大会ってそんなに危険なものなの!?」
「私からしたらそうなんです! 助けてほしいくらいです!」
勢いに任せてそう言うと、それを聞いたオーブエル殿下が何かを思いついたようにポンと手を叩いた。
そして先ほどまでの落ち込んだ空気を払拭するように、にっこりと笑う。
「……助けてあげようか?」
 




