幕間 変わりゆく関係
最近ひとつ悩みがある。
それは――
「おい、聞いているのかフィーラ?」
「はいはい聞いてますよフェリシアン殿下」
何故かフェリシアン殿下がオーブエル殿下の研究室に入り浸るようになったこと。そして何故か研究で忙しいというオーブエル殿下の代わりに私が相手をさせられていること。
オーブエル殿下が何やら小難しいことを紙に書いているのを横目に、私はフェリシアン殿下の自慢話に付き合わされている。
これは絶対に騎士の仕事じゃないわ!
最初は私も別の誰かに代わってもらおうとしたんですよ? 男同士の方が話が合うでしょうし!
でもエドガーとジャンは「絶対無理!」って断固拒否してくるし、アジリオさんに至ってはフェリシアン殿下を怒らせる未来しか想像できないんだもの。
……流石に上司が不敬罪で首を切られるのは見たくない。
結局、一番無難に相手ができる私がフェリシアン殿下の対応をすることになったのだけれど、フェリシアン殿下はフェリシアン殿下で忙しいのか、オーブエル殿下とまともに話すこともないまま帰られることもしばしばある。
もう誰に会いに来ているのかわからない状況なのよね。というか暇じゃないなら来なくていいのに。
という本音をぽろっとこぼしたら、フェリシアン殿下に「兄として弟の顔を見に来るのは当然だろう!」と怒られてしまった。
拗れていた兄弟関係が修復されたせいか、完全に開き直って全力で兄として振舞おうとしているのかもしれないけれど、普通の兄弟でもこんなに頻繁に顔を見には来ないと思う。私なんかお兄様のお顔をここしばらく見ていないですし。
まぁ、オーブエル殿下も嫌がってはいないし、毎回フェリシアン殿下が来る度に律儀に出迎えているあたり、結構嬉しいのかもしれない。
「フェリシアン殿下、そろそろお時間が……」
「む、もうそんな時間か」
第二王子殿下近衛隊の騎士に声をかけられて、フェリシアン殿下が腰を上げる。
今日もオーブエル殿下とは最初の挨拶くらいで、まともに話せないまま時間がきてしまったよう。
「毎回毎回、私と話すばかりで時間が来ていますけど、フェリシアン殿下はそれでいいんですか?」
いい加減私以外の誰かを相手にするか、もう少し来る頻度を減らしてくれいなかなぁ、という思いを込めて聞くと、フェリシアン殿下はあっさりと言った。
「別に構わん。こうしていてもオーブエルの様子は見れるし、お前と話すのは特段嫌いではないからな」
「え……」
「何を意外そうな顔をしている」
「いやだって、フェリシアン殿下いつも私に怒ったり叫んだりしてくるじゃないですか。私と話してて楽しいんですか?」
「楽しくはない!」
楽しくはないんですね!? ならあれですか、嫌いではないけど好きでもないみたいな!?
どーん、と腕を組んで仁王立ちで宣言してくるフェリシアン殿下に混乱する。
「楽しくはない……が、先日兄上に言われたのだ。自分に都合のいい人間ばかりに囲われていては視野が狭くなるぞ、とな。以前までの私なら気にしなかっただろうが、生憎と私はお前と出会ってしまっていた。お前は失礼だし口は減らないが、私にオーブエルと話すきっかけを作ってくれた。お前を不愉快な人間だと強制的に排除していたら、今のようにオーブエルといられはしなかっただろう。だから私はお前に感謝することにしたし、評価もしている。お前は私には無い視点を持つ者だ。傍に置いておいて損はないし……その、友人くらいには思ってやってもいい」
「……」
「何故何も言わない」
「ちょっと驚きすぎて……」
まさかフェリシアン殿下にそんなに高評価をいただけていたなんて……というか友人って言いました!?
いつの間にか私、第二王子殿下のご友人というポジションを得てしまっていたんですか!?
ダイアスタ家令嬢フィリーレラとしてだったら、絶対に手に入らなかったポジションじゃないですか。あんまり嬉しくはないけれど。
「その、友人って本気ですか?」
そもそも殿下の友人って何をすればいいんですか? 美貌を褒め称えれば良いんですか? フェリシアン殿下用の鏡でも持ち歩きましょうか?
……面倒くさいわね。
「おいそこ、あからさまに嫌そうな顔をするな」
「すみませんつい」
思ったことががっつり顔に出ていたらしい私に、フェリシアン殿下は大きな溜息を吐いて、それから呆れたように笑った。
「まぁ、お前はそれでいい。平民のくせに肝が据わっていて、いっそ清々しいくらいだ」
「あはは……」
「友人として扱われるのが嫌なら、もっと嘘が上手くなることだな。嫌な顔一つせず私を褒め称えられたら、気持ちが悪くなって距離を置くだろう。では、今日はこれで失礼する。オーブエル、邪魔をしたな」
「お気をつけてお帰りください」
言うだけ言ってフェリシアン殿下は出て行った。
嘘が上手くなる、ねぇ。
流石にフェリシアン殿下も、私の名前も身分もまるきり嘘だとは思わなかったみたい。
今頃勝ち誇ったような笑みを浮かべているのかしら、と思うとちょっとだけ良心が痛む。
……いつか、この嘘をバラさないといけない日が来るのよね。
フェリシアン殿下にも、騎士団の皆にも、クロエにも、そしてオーブエル殿下にも。
平民としての私を受け入れて仲良くしてくれた皆は、私が貴族だと知ったらどう思うのかしら。
距離を置かれてしまったら、寂しいわね。でも、そう思うことすら許されないのかしら。
『フィーラが傍にいて母様を思い出すことも、そのことで僕が辛い思いをすることも、ありませんよ。むしろ、フィーラは僕の大切な読書仲間なんです。辞められたら困ります』
そう言ってくれた、傍にいることを許してくれたオーブエル殿下は、私が騎士団に来た理由を知ったら、不愉快だと思うのかしら。
……嫌われたら、悲しいなぁ。
王宮に来る前は気にもしていなかったことが気になるようになった。
皆との関係が変わっていく度に、この嘘がどんどん重たいものに思えてくる。
私はいつか、大切に思うすべての関係を、壊してしまうんじゃないのかという不安が膨れ上がっていく。
どうすればいいのか、わからない。
どこへ行けばいいのか、わからない。
ただ今の平穏な日々が、優しい皆との関係が、できるだけ長く続きますようにと、小さく祈った。




