約束
「で、何故このようなことをした?」
「えーとぉ……」
両脇を騎士に固められ正座をさせられた状態で、仁王立ちしたフェリシアン殿下に見下ろされる。
冷え切った視線を浴びせられるとどうしようもなく背中に冷や汗が伝っていく。
縮こまった私を見て、殿下はひとつ溜息を吐いた。
「……オーブエルに何か言われたのか」
ぼそりと言われた言葉に「えっ?」と顔を上げると、フェリシアン殿下は口元を引き結び、苦々しげに顔を歪めていた。
その姿があまりにも苦しそうで傷ついて見えて、考える間もなく私は口を開いていた。
「違います! これは私が勝手にっ……殿下方に、仲直りしてほしくて!」
「なかなおり……」
「はい! だって今の状況って誰にとっても良くないじゃないですか! やっぱり色々誤解があったままじゃ駄目だと思うんです!」
あぁもうっ、もう少し地道に説得しようと思っていたのに、どストレートな言葉しか出てこないわ!
フェリシアン殿下があんな顔するから頭が真っ白になっちゃったじゃない! あんな顔するくらいならさっさと変な面子を捨てればいいのに!
……どうしよう、ちょっとイラついてきたわ。
「そもそもっ、フェリシアン殿下がもっとわかりやすければ良かったんですよ! オーブエル殿下に対する態度、あれ完全に嫌いな相手に対するものですからね!? あんな態度で実は心配してました、なんて伝わりませんから! なのにオーブエル殿下に冷たくされたら落ち込むとか身勝手過ぎます! 子供ですか!?」
「こっ、子供!?」
「子供です! どうして素直になれないんですか!? 家族に心配されてるって、それだけ大切に思われてるって、伝わるだけで嬉しいものなんですよ!?」
「……っ」
ちょっとヒートアップしちゃった気もするけれど、もう知ったこっちゃないわ!
私のお兄様もお姉様も、私を心の底から愛して、大切にしてくれていた。地味で社交界では誰に相手にされることもなくても、家族から温かい情はいつも与えられていて、それは私の支えにもなっていたの。
でも、オーブエル殿下はひとりだわ。
お母様もいなくて、残った家族とは距離があって、唯一接点があるのは騎士や侍女だけだった。
フェリシアン殿下が家族として、兄として、オーブエル殿下に寄り添ってくれるなら……普通の兄弟みたいになれるなら、それはオーブエル殿下にとってきっととても嬉しくて、支えになることだと思うの。
……結局、なんだかんだ言っても私は、ただオーブエル殿下に幸せになってほしいだけなのよね。
「もう一回、今度こそちゃんと話しましょう? 弟が心配なんだって、伝えましょう?」
フェリシアン殿下は瞳を伏せて、それから少し寂しそうに苦笑した。
「……お前は知らないだろうが、今までだって、私とオーブエルが普通の兄弟だったことなんてないんだ。幼い頃は異母であることから距離があったし、今だって月に一度顔を合わせるかどうかというくらい。あいつは私のことを兄などと思ってもいないだろう。私に心配されたところで、あいつからしたら迷惑なだけだ」
その言葉に、オーブエル殿下が『そこまで干渉される筋合いはありません』とフェリシアン殿下を拒絶した瞬間が浮かんだ。
……あぁ、この人は怯えているんだわ。
もう何かを言って拒絶されたくなくて、そこにある思いを否定されたくなくて、関わらない道を選ぼうとしている。
でもそれは、そうされることが辛く感じるくらい、フェリシアン殿下にとってオーブエル殿下が大切な人だという証じゃない。
それに――。
「フェリシアン殿下、殿下のそれは全部憶測でしょう? オーブエル殿下が直接そう言ったわけではないじゃないですか」
「ならお前は直接言われて来いと言うのか? そんなに私が傷つけられるのが見たいのか?」
「そうじゃなくて……」
どうすれば卑屈になっているフェリシアン殿下の心を動かせるのかしら、と考えた私の脳裏に、今までのオーブエル殿下とのやりとりが過った。
そうよ、そうよね。
「あの、たぶんですが、オーブエル殿下はお母様のことはともかく、他のご家族のことはそこまで敏感に考えられてないと思うんです」
「……は?」
「えっとですね、私の父が腰を痛めてお休みをいただいた時のことなんですけど、普通に父を心配してくださいましたし、私自身のことも気遣ってくださるくらい余裕もあったんです。もし父親とか、家族とか、そういうのに敏感になっていたら、自分のことでいっぱいになっちゃってそこまで余裕なんてできないと思いません? 父親の不調で帰るくらい仲の良好な家族って、それだけでもう地雷になってそうじゃないですか」
「……確かに」
「だから大丈夫ですよ! オーブエル殿下はフェリシアン殿下のことそこまで気にしてないと思います! 兄と思わないとか、そういう思考に至ってすらいないですよ!」
「それは……慰めているのか?」
「ますよ! フェリシアン殿下は気にしすぎなんです!」
だからもう一回オーブエル殿下と話しましょう? と笑いかけると、フェリシアン殿下は呆れたように、毒気を抜かれたように、へらりと笑みを浮かべた。
「お前と話していると、お前が単純な奴すぎて、色々考えているこっちが馬鹿みたいに感じるな」
「いや殿下はだいぶ馬鹿だと思いますけど……」
「なんだそんなに牢屋にぶち込まれたいのか。いいぞ特別に私自ら連れて行ってやる」
「すみませんでした!」
台詞はちょっと怖いけれど、フェリシアン殿下らしい上から目線が今はちょっと安心する。
何とか元のペースを取り戻せた、かしら?
特別にお咎めなしで解放してもらえた私が殿下の私室を追い出される前、殿下は一つの約束をしてくれた。
「一度だけだ。もう一度だけ、オーブエルと話しをしてもいい。今度はちゃんと、言葉を選んで話す。……これで満足か?」
そっけなく、視線をそらしながら殿下はそう言った。
「えぇっ! いらっしゃるのを待っています!」
満面の笑みを返すと、フェリシアン殿下は照れを隠すようにしっし、と私を追い出した。
騎士に背中を押されて部屋を追い出された私は、廊下をひとり歩きながら顔がにやつくのを止められない。
今日は良い夢が見れそうね。
 




