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乙女よススメ!~妃が無理なら騎士になる~  作者: 愁
二章 大切なあなたへ
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万能侍女イルダとお嬢様の成長

 すーっと真顔になった私と、そんな私の後ろで陛下に挨拶をすることもなく、ただどうすれば娘の機嫌を戻せるかとおろおろするお父様。陛下の御前だというのが信じられない光景にアルベール殿下とリリアーヌ様は呆れ顔を浮かべた。

 そんな私達に少しあっけにとられたのかポカンとしていた陛下は、我に返ったようにひとつ咳払いをすると、お父様の後ろを指さしながら不思議そうに聞いてくる。

「して、ラスター。挨拶が無いことを置いておくとしても、後ろのその者は紹介してもらえるのだろうな? どう見てもお前の娘に見えるのだが、どういう仕掛けだ?」

 陛下の言葉にハッとし、私は後ろを振り返る。邪魔なお父様を押し退けて扉の前に立つ人物を見て、私は目を見開いて絶句した。

「フィーラ!?」

 私の代わりにリリアーヌ様が驚愕の声をあげる。

 そう、そこにいたのは紛れもなく私。正確に言えば、アルベール殿下のおっかけをしていた頃の私だ。私が以前着たドレスを纏ったその人物は、顔も背格好もぼやけた金髪も、そして前髪が編み込まれたことでよく見える瞳の色も、すべて私と同じだった。

 ……陛下が指摘するまで気づかれないような存在感の薄さまで同じなのが何となく癪に障るけれど、ともかく、どこからどう見ても私としか言いようがない存在に開いた口がふさがらない。

「お父様、これはどういうことですか!?」

「あぁ、彼女はフィーラの影武者だよ。口を開いたら別人だとわかってしまうけれど、見た目だけなら急ごしらえでもどうにかなった」

 私の影武者、と紹介された人物が一歩進み出ると、その場の全員へ向かって完璧なカーテシーをしながら名乗った。

「お目にかかれて光栄でございます、陛下。第一王子殿下、妃殿下。私はダイアスタ家に仕える侍女のイルダと申します」

 え、ちょ、耳を疑うような名前が出たのですが。理解が追い付かない私へと、顔を上げた彼女はにこりと私の顔で微笑んだ。

「イルダァァァァァッ!?」

「はい、お嬢様。先日ぶりでございます。それと、あまり大声をあげるのははしたないですよ」

「いやだって、え、イルダ!? 本当にイルダ!? 何でイルダ!?」

 部屋に集まった人々の中で一番驚き戸惑う私にイルダは「はぁ」と言うことを聞かない子供を見るような目で見ながらどういう仕掛けか話した。

「髪は鬘ですし、ドレスは勝手ながらお嬢様の物をお借りしました。私の方がお嬢様より背が高いですが、ヒールを履いたお嬢様とならほとんど同じですので、ヒールの限りなく低い靴を履いて合わせました。顔に関してはメイクで造れることをお嬢様なら身をもってご存知でしょう? そして、私が影武者に選ばれた一番の理由はこれです」

 言いながら、イルダは私と同じローズピンクの瞳を指さす。

 全員の視線がそこに集中すると、イルダは一度、パチンと指を鳴らして瞬きをする。すると、ローズピンクだった瞳はすっかりいつものイルダの瞳の色に戻っていた。

「……魔法?」

「はい。言っておりませんでしたが、私もまた愛し子。自分の瞳の色を変えることしかできない魔法ですが、こういう時にお嬢様や奥様の影武者となれることを見込まれてダイアスタ家に雇われたのです」

「本当に影武者が必要になる時が来るとは思っていなかったけれどね」

 苦笑いのイルダとお父様に、私の知らないところで私やお母様の代わりとなることを提示し、納得している二人に、私はどうしようもなく、飲み込みきれない怒りが湧いた。

「イルダはそれで良いの!? 正体がわからない相手なのよ!? 何があるかもわからないのに、影武者になるだなんて!」

 イルダはいつも私やお兄様とお姉様に振り回されて、溜息を吐いて「またか」という顔をするのに、結局は付き合ってくれて。愚痴だって吐くし悪態だってつくけど仕事はいつも完璧で、いつの間にかお姉様にメイク術まで仕込まれてどんどん変な方向に万能な侍女になっていって。なのに最近は諦めたというか悟りを開いたというか、とんでもないことばかり、変なことばかりの私達に付き合うどころか加担するようにもなってきていて。

 ともかく私にとってイルダは一番身近で一番迷惑をかけた相手で、そして一番お世話になってきた侍女なのだ。

 そんなイルダが私の代わりとして危険な目に遭ったりしたら嫌だし、それを納得して受け入れほしくない。そしてそんな提案を採用する時点で出していたお父様への怒りは収まらない。いくらお父様がお母様と私を大事に思っていても、イルダを巻き込むことに私は納得できない。イルダが私の影武者として危険な目に遭うくらいなら、私は自分が危険な目に遭う方を選ぶ。

 怒りやら悔しさやらで泣きそうになっている私に、イルダはそっと近づくと肩に手を置いて優しく微笑んだ。

「お嬢様、私は嬉しいんです。ご兄姉の影響でいつも屋敷に籠って本ばかり読んでいた大人しいお嬢様が、社交界で緊張しすぎて隠匿の魔法を無自覚に使っちゃうようなお嬢様が、人の言うことを聞かないくらいまっすぐに誰かを思って行動するようになって、自分がいたい場所を見つけられて、そして愛する人を見つけられた。最近のお嬢様はまるで自由に空を羽ばたく鳥のようで素敵です。多少、自重してほしいとは思いますが」

「イルダ……」

「私が採用されたとき、旦那様の提案を受け入れたのは他の使用人より待遇が良くなるからでしたが、今は心から、お嬢様のために影武者となれることを嬉しく思います。だって、やっと輝きだしたお嬢様の未来を守れるのですから。お嬢様、騎士が主人や民達といった誰かを守る存在ならば侍女は主人を守り支える存在です」

 左胸に手を当てて、誇りを持ってイルダは言う。私に否定や拒絶の言葉を吐かせないように、力強い瞳で言う。

「私に侍女としての仕事をさせてください。お嬢様には、未来を共にしたい相手がいるのでしょう?」

「ずるい……ずるいわ、イルダ」

 そんなことを言われたら、私が黙るしかなくなるってわかってるくせに。

 唇を噛み締めた私をそっとイルダが抱きしめる。優しくて温かいそのぬくもりは、まるでお母様に抱きしめられているようだった。きっと私にとってイルダはもう家族の一員で、そしてイルダにとっても私は、ただの金銭を介した主従関係によるお嬢様じゃない。お互いへの信頼や愛情。私達はきっと、そういう絆で繋がっている。

「私、イルダが大好きよ。男装させてこなかったらもっと好き」

「私もお嬢様が大好きですよ。男装は決定事項なのでさせますけど」

 顔を見合わせて、ふふふ、と私達は笑い合った。

 ……男装についての議論は今後しっかりしていこう。やっぱりそこは譲れない。


 私とイルダの話が一つの決着を迎えると、それを見守っていたお父様が陛下へと報告をした。

「影武者を用意して王宮へ参ったのは相手側にこちらがフィーラの異変に気付いたことを、確実に伝えるためです。屋敷を監視する者がいないことは普段から確認していますので分かっていますが、どこで見られているかは分かりませんからね。王宮側を監視されていた場合を考えて、イルダを連れてきました」

「お父様、普段から監視されていないか確認しているんですか?」

「……言ってなかったかな? 防犯用だよ。うちの使用人は全員何かしら魔法や特技を持っているんだ。その一人が魔法を使って隠れている相手も見つけられるっていう透視の魔法が使えてね。毎日調べさせているから屋敷は安全だよ」

「なんでうちが普通じゃないのか、そう他者から言われるのか分かった気がします。お父様が一番悪いですね」

「大事な娘達を守るためだからね!? 防犯目的で一切悪用していないからね!?」

 言い訳のように言ってくるお父様に溜息を吐く。

 王宮並みのセキュリティの屋敷、使用人が全員魔法が使えるか特技持ちって、その時点で普通じゃない。貴族としても異常だ。しかもお父様はフェリシアン殿下のところに手を回したりと、何やらあちらこちらに配下の者を紛れ込ませている様子。そりゃあ悪名の一つくらいつきますよ。

 まぁ、今はそのおかげでわかったことがあるのだから良しとしよう。

「陛下、これでひとつハッキリしましたね。私、王宮の出入りにダイアスタ家の紋章が付いている馬車は使っていないんです。最初、迎えに来させたときにイルダに文句を言われてから、あまり目立たないようにと無地の馬車にしているんです。そして馬車も途中で降りて門は私一人で通っていますし、服装は平民に見えるもの、前髪は下した状態で、ぱっと見で私を貴族だと思う人間はいないと思われます」

「ほう、つまり其方が騎士であること、王宮に仕える人間であることを相手側は知らないというわけか」

「そうなります。最初の問いの答えは出ましたね。私はどうやら、貴族フィリーレラ・シル・ダイアスタとして例の黒幕に接触されたようです」

 王宮に仕える者としての面を持つ私への接触だったら、王族の情報や隙を狙って私に接触したという可能性が高い。けれどそうでないならば、私個人へ何かしらの価値を感じて黒幕は接触してきたということだ。

「アルベールが主催したパーティーでの一件が大きいだろうな。あれで其方は王族と近しいことを証明し、そして女性貴族達からの支持も多く受けることになった。利用価値ができたというわけだ」

「となると、フィーラが狙われたのは第一王子殿下の演出が過剰だったせい、ということでしょうか?」

 お父様がまったく笑っていない目でアルベール殿下へと視線を向けながら責任を問う。

 まぁ、うん。過剰演出だったのは認めるけど、あれは元をただせば私が一番最初に男装しなきゃする必要のなかったことなので、アルベール殿下はそこまで悪くないのだ。私が自分で蒔いた種を自分で刈り取ってしまったというだけの話なので、アルベール殿下に責任は負わせられない。

「お父様、アルベール殿下を責めようとするのはおやめください。私の自業自得ですから。そもそも、男装したのがいけなかったのです。……ということで、今後は男装はしないということにしましょう」

「お嬢様、逃げようとしても無駄ですよ」

「フィーラ、男装は余計な虫がつかなくなるから良いことだ。今後もする方向で変更はなしだ」

 ……くっ、男装をやらなくてすむようになる良い機会だったのに!

 イルダとお父様は場の空気に流されてはくれなかった。手強い。

 いまいち危機感があるのかないのか微妙な私達ダイアスタ家組に、陛下はどこか疲れたような顔をしながら言った。

「ラスター、屋敷周辺や影武者の彼女に何かあったらすぐに報告するように。念のため、フィリーレラ・シル・ダイアスタには王宮にいる間は警護をつけることにしよう。一介の騎士に騎士をつけるのは傍から見ておかしい状況だ。そのあたりを誤魔化す事と人選は団長であるベルトランに任せる。騎士寮と配属先の行き来など、ともかく彼女を一人にさせるな」

「わかりました」

「了解いたしました」

 それぞれ指示を承諾したお父様と団長さんに頷いた陛下は、次いで私に視線を向けてくる。そこにあったのは、最初に見たときのような厳しさや鋭さを感じさせる瞳ではなく、どこか優しく気遣うような瞳だった。

「フィリーレラ・シル・ダイアスタ。いや、騎士フィーラよ。其方の話は息子達からよく聞いている。遅れてしまったが、あの子の……オーブエルの支えとなってくれたこと。そしてフェリシアンとオーブエルとを繋ぐ役割を果たしてくれたことに礼を言う。今後も第三王子殿下近衛隊で、オーブエルの傍で、あの子を支えてやってほしい」

 父親の顔をした陛下の言葉は最後に「自分の代わりに」とつくような気がした。

 詳しい事は知らないけれど、昔陛下がオーブエル殿下を突き放したことをオーブエル殿下は今も傷として持ち続けている。顔を合わせることも難しい息子のことを陛下は、今は、ちゃんと思ってくれているということなのだろうか。

 私には陛下の今の心も過去の感情も推し量れないけれど、それでも、私はまっすぐに陛下を見て宣言した。

「オーブエル殿下を支えることも、お守りすることも、私自身が望み願うことです。陛下に請われずとも、もとより私はオーブエル殿下のためにあると決めております。何も感謝されることなどなく、何も願われることもないのです」

 私の返答に陛下はふっと瞳を細める。皺の刻まれた目元は優しく、そして温かい。

「……そうか。其方はそういう人間なのだな。ラスターが隠したがるのも理解できる。優しく強い、良い娘だ」

「そうでしょうとも! あ、でも誰にも渡しませんからね? いくら陛下が望んでもうちの娘はあげませんから。フィーラは一生私が大切にしますから」

「よし、お父様絶縁しましょう」

「なんでっ!?」

 そんなの私がオーブエル殿下のところへお嫁に行きたいからに決まってるでしょうが。一生お父様に囲われて終わりなんて最悪すぎる。

 お父様と私のやり取りに、アルベール殿下とリリアーヌ様と団長さんが苦笑を浮かべる。そして、陛下は可笑しくて仕方がないというように口を開けて笑った。

「ははははっ、本当に其方達は仲が良いのだな!」

「今のやり取りのどこをどう聞いたらそうなるのですか?」

「仲が良いのは認めますがその仲が今まさに引き裂かれそうなのですが!?」

 私とお父様の抗議にも、陛下はただただ笑うだけだった。

 楽しそうに、可笑しそうに、そしてどこか寂しそうに、眩しそうに。

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