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乙女よススメ!~妃が無理なら騎士になる~  作者: 愁
二章 大切なあなたへ
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疑惑と自覚

 ……ふと、光が差して意識が浮上する。

「あれ、私……」

 重い瞼を開ければ、そこはには見たことのない真っ白な天井。ぼんやりとした視界が白に霞んで余計に自分がどこにいるのか、どんな状況なのか把握できない。

 目元を擦りながら上体を上げれば、私は真っ白なベッドに寝かされていたのだとわかった。そしてベッドの周囲はこれまた真っ白なカーテンで仕切られている。

 周りを見渡せば、倒れた時に打ち付けでもしたのか、頭がズキズキと痛んで思わず顔をしかめる。

「おっ、やっとお目覚めか。お姫様」

 私が立てた音に気付いたのか、そんなことを言いながらベッドを囲っていたカーテンを開けて姿を見せたのは団長さんだった。かけられた言葉は呑気な割にその表情は険しく、難しそうな顔をしている。

「団長さん、私……」

「お前さんは今朝、王宮図書館でぶっ倒れたんだよ。ここは騎士寮の医務室だ。今は人払いをしていて俺しかいない。もうじき、連絡を受けたラスターも到着するだろうな」

「医務室……」

 そういえば今まで一度も医務室にはお世話になったことがなかった。危険とはほぼ無縁な騎士生活を送ってきたのだ。私はきっと騎士としては恵まれていたんだろう。

 それにしても……。

「お父様も来られるのですか? いくら親馬鹿とはいえ少し大袈裟では?」

 私の言葉を受けた団長さんがより一層、表情を険しくし、眉間に深い皴を刻む。

 そして、私に衝撃的な事実を伝えた。

「フィーラ。いや、フィリーレラ・シル・ダイアスタ伯爵令嬢。お前さんには今、例の正体不明の黒幕と接触した疑惑がかけられている」

「……えっ?」

 戸惑う私に団長さんは、ひとつひとつ丁寧に状況を説明していく。

「お前さんは倒れてすぐにこの場所に運び込まれた。持病が無いことも、健康そのものだったことも把握している。なら、倒れた原因は病ではなく魔法関連と考えるのが妥当だ。それで、倒れた時の状況を一緒にいた三人に聞いた。先日の結婚式と祝宴の話をしていたそうだな。そして、『女性にしか声をかけれれていないし変な誘いを受けたりもしていないんだね』と、ジャンが問うた後のことだ。三人が言っていた。フィーラの言葉が詰まり、何かを思い出そうとしているような様子を見せた後、急に倒れたと」

 そこまで言うと、団長さんは私に決定的な言葉を投げかけてくる。

「……フィーラ、お前、あの日の記憶が一部思い出せないんじゃないか? ぽっかりと穴が開いたように、記憶に欠陥があって思い出せない。けれど違和感のように何かがあったという気は確かにする。何もかもが消えてしまったというより、深い霧の中に記憶を隠されてしまったような、記憶と意識とが混乱した状態。違うか?」

「…………」

 団長さんの言葉を受けて、私は自分が倒れた時のこと、そして先日の結婚式の日のことを思い出す。

 ズキズキと痛む頭の中は二分割されている。はっきり思い出せる記憶と、そうでない、いくら探そうとしても届かない、深く脳の奥底に落とされてしまったような記憶だ。

 そして思い出すのはあの言葉。倒れる瞬間、脳内に響いたノイズのかかったような男の声。

 ――……あぁ、完全にやられてしまっているじゃない。

 祝い事の日だったこと、騎士の仕事がお休みだったこと、色々な要素はあるだろうけれど、要は私は油断していたのだ。王族を狙っているかもしれない相手がどこにいるとも知れない中で、自分はどこかあの日、それを他人事のように捉えていた。だってあんな私を狙ってくるなんて思わないじゃない。王族の結婚式に男装しているような変人だよ?

「すみません、完全に接触されたと思います。大聖堂から祝宴の会場に着いて少しの間の記憶が思い出せません」

「……やっぱりか。この事は陛下に報告させてもらう。ラスターには先に可能性はあると伝えていたんだが、聞くなりすぐ向かうと連絡が来てな。あれでも陛下の腹心。悪名としてだけでなく実際に頭が回るからこそついた二つ名だ。何か糸口くらいは掴むだろう。それでなくても、娘のことなら全力で暴走する奴なんだからな」

「お父様が呼ばれている腹心って、悪名だったんですか?」

「……知らなかったなら知らないままでいいと思うぞ。ついでだ、忘れてしまえ。俺の首が危ない」

「全力で忘れます」

 詳しく知りたいとも思わないです。なんかヤバそうな気配がするし。

 前の会食の時にフェリシアン殿下とアルベール殿下がお父様について話していたことを思い出しつつ、全力で目を逸らす。お父様が一体何をしているのかは疑問だけれど、知らなくていいことには首を突っ込まないのが一番だ。

 私はベッドから抜け出しつつ、団長さんへ提案する。

「詳しい事は城で話しましょう。お父様もそちらに呼んでください。その方が機密性が高いですし、陛下にも殿下方にもすぐに報告ができますから」

「わかった。至急陛下に許可を貰って、一番安全な部屋のひとつを貸してもらおう。城まで歩けそうか?」

 団長さんの問いに、立ち上がりながらへらりと笑って返す。

「無理ですね。頭が痛くて仕方がないです。団長さん、お姫様だっこでもしてくれません?」

 ぱっと両手を広げておふざけ半分に言えば、団長さんは深い溜息と共に頭を横に振った。

「馬鹿か。そんなんしたらラスターに殺される。馬を用意するから後ろに乗れ。しがみつくくらいはできるだろ?」

「まぁ、それくらいなら。でもしがみつくのはアリでお姫様だっこはナシなんですか?」

「お前、自分で馬に乗れたりするか?」

「残念ながらまだ無理です。今度エドガーに教えてもらう予定ではありますけど」

「じゃあどうしろってんだよ。首根っこ掴んで引きずってくか?」

「お父様には内緒にしますからしがみつかせてください」

「それでいい」

 移動方法で揉めるという、何とも平和なやり取りに苦笑が漏れる。

 きっと、これは現実逃避の一種なのだろう。自分が置かれた意味の分からない状況、王族を狙っている可能性のある正体不明の黒幕に接触されたという、ばりばりに事件の渦中に突っ込まれたこの状況からの逃避。

 全くもって嫌気がさす。何で例の黒幕は大勢いる人の中から私を選んだの? 私は普通じゃないダイアスタ家の一員、積極的に関わろうとすればどんなとばっちりを受けるかも分からない、過保護な親兄姉ガードに囲まれた末っ子よ? しかも不本意とはいえ公の場で男装している変わり者だ。どれだけリスキーなものを好む性格をしているんだか。迷惑極まりない。

 溜息をこぼしつつ、私は団長さんの手を借りながら何とか医務室を後にしたのだった。


 団長さんにしがみついて馬に乗り、城に到着してすぐ、私達が通されたのはまさかまさかの陛下だけが使える応接室だった。

 待ち構えていた陛下は、アルベール殿下と同じ金髪に若草色の瞳だけれど、皴を刻んだ目元は鋭く光り、威圧感と存在感が凄まじい。

 これは殿下方もお父さんなんて呼べないわ。と、明後日の方向へ思考が吹っ飛ぶくらいには私は激しく動揺していた。だって、いきなり陛下と謁見することになるなんて思わなかったもの。人を介して報告が行くんだろうな、くらいにしか思っていなかった。

 視線をあっちこっちに泳がせる私と、普段よりちょっぴり背筋の伸びた団長さんに、陛下は大声というわけでもないのによく響く声で言ってきた。

「よく来てくれた。話はだいたい聞いている。二人共そこに座りたまえ」

「はっ!」

 緊張でガッチガチになりながら、陛下に勧められた下座のソファに団長さんと一緒に座る。

 ちなみに私と団長さんと陛下の他に、アルベール殿下とリリアーヌ様も呼ばれていたらしく、私達と陛下の間の位置のソファに座って難しい顔をしていた。

「アルベールとリリアーヌは当事者と言えるだろうと思い呼んだ。王宮騎士団ではフィーラ、と名乗っているのだったな、フィリーレラ・シル・ダイアスタ」

「は、はい」

「其方は今回の件はどちらだと思う? フィーラという騎士としての立場を持つことを知っての接触か、単純にフィリーレラ・シル・ダイアスタという貴族に対する接触か」

 陛下の問いに、私はしばし考え込む。私がフィーラという騎士として働いていることを知っているのは極僅かな人間だけだ。貴族の中には確実なのがカミロさん、怪しいのがクラリーチェさんの二人だけ。二人共騎士だし口は堅い方だと思う。それにそれぞれ主人の意思を組んできちんと仕えている。王族を害そうとする相手に私の素性を漏らすとも思えない。

 他の可能性……私が王宮と屋敷とを出入りするのを監視されていたという事はあり得る? もしそうなら、騎士かどうかはわからないにしても、私が王宮で普段生活をしている立場であることはわかるだろう。

「正直なところ、どちらとも言えません。私が騎士だと誰かの口から洩れるという可能性は低いと思いますが、ダイアスタ家の屋敷を監視されていたら、私が王宮に仕えている立場であることはわかるでしょうから。ですが、そうですね……あの時私は『フィリーレラ・シル・ダイアスタ伯爵令嬢でお間違いないでしょうか』と声をかけられました。なので、一貴族の私へ接触してきたと考える方が妥当かと」

 悩みながらも私がそう言えば、周囲の全員が驚いたように目を見開いた。

「其方は例の者に接触されたときの記憶があるのか!?」

 陛下の驚愕に満ちた言葉を私は首を横に振り否定しつつ、私自身が把握する私の現状を説明をする。

「記憶がある、というわけではないのです。霞がかったように思い出せない記憶ばかりで、私に声をかけてきた相手の顔も思い出せません。ただ記憶を探ろうとしたとき、ノイズがかかったような男の声が脳内に響いたのです。恐らく私の記憶が欠けた最初の地点、大聖堂でのことだと思います。ただの身元を確認するだけの言葉で、何の手掛かりにもならない記憶ではありますが……」

 俯き、申し訳なく思いながらそう言えば、光の潰えたことに対する重苦しい空気が部屋に満ちる。

 黒幕に接触された。記憶に作用する魔法がかけられた。憶えていることも何の役にも立たない。居心地の悪さで押しつぶされそうになっていると、突然、大きめのノック音が部屋に響いた。

 そして、部屋の外から聞こえてきたのは、こんなときに私の絶対的な味方をしてくれる人の声。

「陛下、ラスター・アル・ダイアスタです! 入室の許可を!」

 ――お父様っ!

「ラスターか。入れ」

 陛下の許可を得たお父様が室内に入室してくると、私はぱっと振り返りながら立ち上がり、王族の前だということも忘れてその胸に飛び込んだ。

「お父様っ! 私、わたし……っ」

 不安な時、悲しい時、辛い時、やっぱり私を一番支えてくれたのは家族だった。そのぬくもりに縋りつくようにお父様へ抱き着いて泣きそうになっていると、ふと、お父様が小刻みに震えていることが伝わってきた。

 不思議に思い顔を上げれば、そこには、感涙を浮かべながら顔面をでろんでろんに溶かしたお父様が。

「フィーラがっ、最近怒ってばかり、無視ばかりで冷たかったフィーラがっ、抱き着いてきてっ!」

「……………………」

 私は無言でお父様から離れて真顔で団長さんの隣に座りなおした。

「フィーラッ!?」

 と、ショックを受けたような声を出すお父様は無視である。

 ……あ、涙引っ込んだ。

分かりやすくするために章分けを導入しました。

113話より第二章として区切っております。

引き続き、第二章もよろしくお願いします。

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