第一王子の結婚式~大聖堂と新たな一歩~
結婚式の会場となるのは、城下街にある大聖堂。王城の建城と同時期に造られた由緒ある場所で、代々王族の結婚式はこの大聖堂でやることが通例となっている。国で一番大きな女神様の像や、女神様が民に魔法を授けるシーンを描いたステンドグラスがあり、城下街の中でも随一の人気スポットだ。
そんな大聖堂で司祭や貴族達に囲まれて結婚の誓いを交わし夫婦となった王族は、揃って大聖堂前に集まった民衆へ手を振り、見送られながらパレードのように城へと馬車で帰る。これが民達にとっては楽しみな瞬間らしく、過去の結婚式はさながらお祭りのような熱狂的な盛り上がりを見せたそうで、今回も遠方からわざわざ来る国民も多いらしい。
宿屋はもう満室で、屋台が出たり花が飾られたりと街中が凄いことになっているらしい、と先日クロエに聞いた。クロエ達侍女は結婚式の後の祝宴の準備に追われたりと忙しいらしく、誰一人結婚式の日に休暇を取ることは出来なかったそうだ。ちょっとでも結婚式の様子が見たかった、と表向きリリアーヌ様のお気に入り枠で式そのものに参加する事になっている私は恨みがましい目を向けられた。
……今なら言える。代わってくれるなら代わってほしい。
「やっぱりこの格好でないといけませんか?」
「往生際が悪いわよ、フィーラ。もう馬車に乗って城下街にまで入っているのだから諦めなさい。心配しなくても似合っているわよ」
「似合っているかは重要ではありません、お母様。よくよく考えたらこんな格好を王侯貴族に晒すだけでなく、大聖堂前に集まっている民達にも見られるということではありませんか。私の黒歴史が世間に広まってしまう……」
馬車内で頭を抱えて項垂れた私に、右前に座っていたお父様がどこか嬉しそうに言う。
「そうしたらフィーラに群がる余計な虫が減っていいじゃないか。これからも公の場では男装をしなさい。フィーラに縁談なんぞを持って来る連中を撲滅し、無駄に金を持った平民に目をつけられたりする機会も潰していこう。仮に声をかけられても、男装した令嬢に寄ってくる男は碌な奴じゃない。お父様がぶっ飛ばしてあげよう」
「賛成よ、ラスター。私もフィーラに余計な虫はつけたくないし、男装姿に惚れたなんて男の言葉を二度と鵜呑みにしたりはしないわ。ぶっ飛ばすときは私も手を貸してあげる」
「お母様が本気を出したら周囲が更地になるのでやめてください!」
どうやらお姉様の旦那様の話が届いているらしい私の両親は、男装姿を良しとする殿方への信用がゼロになっているようだ。お姉様がお兄様を巻き込んで自ら動かなかったら、お姉様の嫁ぎ先に両親が突撃していたかもしれない。おそろしい。
お父様はともかく、お母様は女神様の愛し子であり、強大な重力操作の魔法の使い手だ。昔ダイアスタ家に喧嘩を売ってきたどこかの領地を更地にしたと聞く。因みに私は幼い頃に一度、怒ったお母様が重力操作の魔法がかかった拳骨をしてお兄様とお姉様を庭の地面にめりこませていたのを見たことがある。よく生きていたと思う、お兄様とお姉様。
そんなお兄様とお姉様は人材育成の件で手一杯だと結婚式は不参加だ。つまり今回、王族の結婚式なんて重要行事に男装して出席するような変人は私一人ということになる。恥ずかしさ倍増だ。今すぐ馬車を飛び降りたい。
「フィーラ落ち着きなさい、消えかかってるわよ」
「あっ」
また恥ずかしさのあまり隠匿の魔法を自分にかけていたらしい。お母様が苦笑を浮かべながら指摘してきた。
でも今日の私は消えられるものなら消えていたいという気分だ。目立つ必要なんてないし隅っこでひっそり恥を隠し通していたい。まぁ実際にやったとしても、自分自身を完全に消し去れるほどの魔力が無いせいで、男装姿なうえに存在感があやふやという意味がわからない人間になってしまうのでしょうけど。
……魔力を増やす方法がないかオーブエル殿下に聞いてみよう。魔法の研究をしているオーブエル殿下なら何か方法を知っているかもしれない。あと単純にお話する機会が増えるのも嬉しいし。
早々に消えるのを諦めて隠匿の魔法を解除した私は、お母様のドレス姿を見ながら溜息をつく。
「お母様はドレスも良くお似合いでお綺麗ですわ。どうして私はお兄様とお姉様とは違ってお父様に似てしまったのでしょう」
お母様はお父様のように年齢詐欺のような若い見た目ではないにしても、そこら辺の同年代の貴婦人に比べれば若々しいし、年を重ねるごとに妖艶さが増して魅力的だ。深紅の髪は艶やかだし、目鼻立ちがしっかりしていて、同じローズピンクの瞳なのに私とは違う力強さがある。今日も髪よりワントーン暗い赤色のドレスがとても似合っていて素敵だ。派手な色の服装が似合うのは顔が綺麗な人の特権だと思う。
自分のぼやけた金髪も地味な顔立ちも男装が似合ってしまう体形も、お母様やお姉様を前にすると引け目でしかなくなる。ハッキリ言って羨ましい。
自分の姿を見下ろして溜息を吐くと、お父様が傷ついたように肩を落としたのに対して、お母様はムッと眉間にしわを寄せた。
「フィーラはそのままで充分に魅力的じゃない! 確かに貴女は私のように髪が赤くも目鼻立ちがくっきりしている方でもないけれど、淡い金髪は優し気な雰囲気をしているし、顔立ちだって可愛らしいわ! そもそもラスター自身が可愛い顔じゃない! 似ていることは良いことよ!」
「ちょっとヴィーナさん、今私のこと顔が可愛いって言った? え、今までずっとそう思ってたの? 初耳なんだけど詳しく説明してもらえる?」
「あなたは黙ってて」
「お父様は黙っててください」
お母様の趣味も両親のノロケもどうでもいい。
女二人に馬車内でハブられたお父様が縮こまって顔を覆っている横で、私とお母様は顔を突き合わせて腹を割った話をする。
「お母様はお父様へのフィルターがかかっているからそう思えるだけです! それにこの髪は淡い金髪ではなくぼやけた金髪です! 一歩間違えば白髪かというくらい微妙な色でまったく魅力的じゃありません!」
「白でも金でもどっちでもいいわよ! 私みたいな派手な髪色だと、望まなくても威圧的な印象を与えてしまうものなの! 貴女は柔らかい色合いの髪なのだからそれだけで初対面の相手にも好感を持ってもらえるのよ! 素晴らしい長所じゃない! それとフィルターなんかかかってなくてもラスターは可愛いわ!」
「お父様は可愛くないです!」
「ラスターは可愛いわよ!」
「お父様の顔が整っているのは認めますが可愛くはありません!」
「わかってないわね、ラスターの優し気な目元も薄い唇も子犬みたいなうるうるの瞳も可愛いじゃない! それに顔も小さくて線も細くて女の子みたいなのに、たまにとても鋭い視線に変わるところがまた良いんじゃない!」
「なんで私はノロケられているんですか!?」
ゼーハーと肩で息をしながら、私は途中から脱線してしまった話題へツッコミを入れる。
両親のノロケなんて犬も拒食するレベルで聞いてられない。
私の言葉にハッとしたお母様は少し頬を赤くしながら、お父様の好きなところを口に出してしまったことを誤魔化すように咳払いをした。そして、むっとした顔をしていた私へ微笑みを向ける。
「ラスターの顔のことは置いておくとして、それでも私からすればフィーラは可愛いし魅力的な女性よ。貴女は私に似ていないかもしれないけれど、私にはない美しさを持っているわ。もっと自分に自信を持ったらどうなの? ほら、お友達とか同僚の人達に『かわいい』って一度くらい言われたこと、あるでしょう?」
「ありませんが」
「……え?」
「ありません」
「…………」
私の容姿に関しては誰からも何も言われたことはない。そもそも瞳の色を隠すために顔の大半が前髪で隠れているのだ。褒める貶す以前に、友達や同僚は誰も私の顔をまともに把握していないだろう。
私の顔を知るアルベール殿下やフェリシアン殿下にも褒められたことはないし、エレナさんには瞳の色以外触れられていない。私の正体に勘付いているっぽいカミロさんも、私の顔について何か言ってきたことはない。
リリアーヌ様には馬車暴走事件の時に『とっても可愛らしいわね』と言われたけど、あれはあの後の不可避の誘いをかけるための前段階。つまりはお世辞かつ、周囲への誤魔化しでしかない。実際にあれ以降も以前も、リリアーヌ様に顔が可愛いなんて言われてはいないもの。
あとはそう、エドガーに冬の降臨祭の日に『綺麗だ』と言われたことはあるけれど、あれは淡く光ったスノーガランサスの花を含めてのことだし、たぶん……お世辞だし。
あの時は完全にお世辞だと思っていたエドガーの発言の意図が、エドガーの好意が私に向いているという疑惑のある今はどうにも推し量れない。
でもまぁ、顔が綺麗だと言われたわけではないから、今はノーカンでいいか。
ということで、私はお友達にも同僚にも騎士としての主人にも、顔がかわいいなんて言われたことは一度もない。私を褒めるのはいつだって私の家族だけだ。
虚しさを通り越して無の表情になった私へ、お母様は何とも言えない微妙な顔をした。
「うちの子をかわいいと思わないなんて見る目のない……いえ、今はそれは重要じゃないわね。大丈夫よフィーラ、貴女の魅力をわかってくれる人は必ずいるから。それに今日の貴女もとっても可愛いわよ。きっとご令嬢や貴婦人方が放っておかないわね」
「それはメイクでがっつり顔を造っているからです」
今回はイルダ作・中性的美人メイクである。彫は深く男性的に、目元や唇は女性的に見えるように改造されている。イルダったら、いつの間にかお姉様からメイク術を仕込まれていたのよね。うちの使用人が変な方向に技術を伸ばしていっているのを嘆くべきかしら。
遠い目をして事実を述べた私に、お母様は苦し紛れといった感じのフォローをしてくる。
「え、えっと、どんなメイクでも似合うというのも才能よね! 元が良くなければどんなに盛ったってここまでの出来にはならないわよ! えぇ、そうよ、フィーラはかわいい! 私が保証する!」
「お母様、せめて男装していないときに褒めてくださいませ」
淡い若草色の礼服に視線を落として溜息を吐いてから、気を紛らわせるように馬車の外へと視線を向けた。
城下街はクロエの情報通り賑わっていて、貴族の馬車が通るのもやっとなほど人が溢れている。人々の顔は明るく、笑顔で満ちていた。花が舞い音楽が響き、喜色に染まった城下街は本当にお祭りのような様子だ。
それでも段々と大聖堂に近づく程に人はまばらになってくる。結婚式を滞りなく執り行うため、貴族達と平民でいらぬ争いを生まぬため、結婚式前の大聖堂周辺は人の出入りが制限されるのだ。
そうして規制された区域へと馬車が踏み入れば、静寂と次々に道を行く貴族の馬車の音だけが辺りを支配していく。
ちらと窓越しに見上げれば、少し先に大聖堂の鐘楼が見える。
「……もういいや」
自分で呟いておいて、それが何に対するものなのかわからなかった。
容姿に関する論争のことか、男装のことか……あるいは当の昔に終わった初恋のことなのか。
ごちゃついた思考では正解なんてわからないけれど、確かに言えることは、今日私は、花道であれ地獄への道であれ、また新たな一歩を踏み出すことになるだろうということだ。




