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乙女よススメ!~妃が無理なら騎士になる~  作者: 愁
一章 騎士になる!
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賑やかな日常~一等星と空~

 エドガーが団長さんとの特訓で抜けたことで、私達も今日のところはお開きにしようかという流れになった。

「じゃあまた近いうちにね、フィーラ」

「クロエさん、もう外も暗いし送っていくよ」

「……ありがと」

 とまぁ、そんな風に騎士寮の玄関でジャンとクロエの二人組と私は別れた。

 ジャンはただの紳士か、策士か、どっちだろう。クロエは何だか満更でもなさそうな反応だったけど。可愛いなぁ、私の友達。これが俗に言う青春かしら。


 ひとり、部屋に帰った私は、時間を確認してベッドへと腰を掛けた。

 今の時間は浴場が男性用の時間だからお風呂にも行けないし、かと言って最近は結婚式前で慌ただしいこともあってベッタやエレナさん達との礼儀作法授業会も中止状態だ。手元にある本はもう内容が全部頭の中に入っているし、完全に手持ち無沙汰になってしまった。

 ベッドでごろごろするのもいいけれど、そんなことをしていたら今は余計な事も考えてしまいそうだ。

 さっき、小さく湧いた疑惑。というか、疑問。自意識過剰かもしれない、そんな気づき。

 不慣れな状況に心がさざ波のように不安定に揺れている。どうしたらいいのかわからない。

「……誰かに会いたい」

 このまま自分の部屋でひとり、静寂の中にいたらいけないような気がした。

 誰かと会って、他愛無い話をして、頭の中に根付いた気づきも、ぐらつく心も全部忘れ去ってしまいたい。楽しい話でもして、笑って、それからお風呂に入って楽しい気分のまま眠りにつくの。そうすればまた明日、賑やかな日常で皆と一緒にお仕事を頑張るフィーラに戻れるわ。

 平民騎士のフィーラ。何にも気づいていない、自分のことで手一杯なフィーラ。友達とは友達のまま、仲間とは仲間のまま、いつも通りに接するフィーラに。

 ――もしこの気づきを抱えたままでいたら。疑惑を確信に変えるようなことがあったら。

 私は、ただの平民のフィーラとしてそれに相対することはできないでしょうね。

 だって私は貴族だから。どこまで行っても、誰に何を偽ろうと、この生活が好きだろうと、身分も血筋も変えられないから。

 オーブエル殿下を愛することも、もしもいつかオーブエル殿下に選ばれなくて剣を捧げることも、お父様や他の貴族に反対はされても不可能なことじゃない。だって私は貴族で、オーブエル殿下は王族だから。

 でもエドガーの気持ちが私に向いていたとして、私がそれに応えることはできない。たとえオーブエル殿下に選ばれなくてもそれは変わらない。だって私は貴族で、彼は叙勲もされていない名誉爵位すらないただの平民だから。

 家門の血筋にただの平民の血を混ぜることはできない。それくらいなら未婚のまま死んだほうが良いとすらされるだろう。貴族の女とは、そういうものだ。

 もし仮に物語のように盛大な恋に落ちて、身分なんて関係ないとただの平民のエドガーと結婚して駆け落ちしたら? まず家門の者に追われる生活になるだろう。お父様は私とエドガーを離れ離れにして、私を一生領地に閉じ込めて出さなくなる。貴族との再婚は望めず、私は一生ひとりきり、離れ離れのエドガーを想って死んでいくのだ。それにもし、私がエドガーと子供を作ってしまったら、その子だってどんな扱いを受けるかわからない。お父様は孫を殺しはしないでしょうけど、純粋な貴族として認められない子供はどこに行っても除け者にされる人生だ。貴族達からは血筋を理由に吊し上げられて、嘲笑う目と馬鹿にする声は脳裏に染み付き、幽霊と言われた私のほうがよほどマシな人生を送ることになる。

 私一人の問題じゃないから、私はエドガーに応えられない。身分を偽った私が悪いけれど、エドガーのことを恋愛や結婚の対象として見れない。

「……ちがう。ちがうわ。こんなのただの、言い訳よ」

 色々な理由を並べ立てても、もしもの話を想像しても、そんなのは体のいい言い訳でしかない。

 私がエドガーの気持ちに応えられないのは、私がオーブエル殿下を愛しているからだ。

 私がエドガーの気持ちを確信に変えたくないのは、仲の良い仲間との関係を壊したくないからだ。

 私が守りたいのは自分の気持ち、自分の心、それだけだ。

「自分勝手、自分勝手、自分勝手……っ」

 ――それでも、それでいいと決めたのも私だ。

 誰の意思を無視しようと、誰の気持ちを踏みつけようと、自分が納得するために、後悔しないために、自分勝手にオーブエル殿下を愛し守ると決めたんだ。

 心の中のさざ波が段々と凪いでいく。

 揺らいでいた心が一つ所に落ち着いていく。

 立ち上がった私は、ただ一心に部屋を飛び出した。


 騎士寮の外へと息を切らしながら飛び出た私は、肩で息をしながら夜空を見上げた。

 王宮内の明るさのせいで星の見えない仄暗い空の中に、たった一つ存在を示すように輝く一等星。

 それを見た瞬間、私の右目からぽろりと涙が零れ落ちた。

 夜空の髪を持つ貴方。あの一等星のように輝く貴方。私は貴方が好きです。愛しています。他の誰の恋も愛も切り捨ててでも、私は貴方を愛します。

 ……思い付きでも、行き当たりばったりでも、ただ諦めたくないという意地でも、行動して良かった。アルベール殿下が婚約したあの日、ベッドの中で落ち込むだけでなく、立ち上がって王宮(ここ)まで来る決断をして良かった。

 遠く輝く一等星に手を伸ばす。当たり前だけど星には触れられなくて、何も掴むことはできない。

 それでも、一生をかけてでも夜空に手を伸ばし続ければ、きっと、少しは一等星に近づけるのではないだろうか。

 だって、私はフィーラ。フィリーレラ・シル・ダイアスタ。貴族であり、騎士であり、そして女神様の愛し子なのだから。女神様が原初の魔法を与えた人々のように、私は私の心の真ん中に咲く花を、輝く一等星を、愛する人を私の持つ全てで守ろう。そうすればきっと愛が届かずとも、大切に想う心は届くから。

 そしていつか、私は貴方の空になりたい。貴方を包み込む空に。貴方が別の誰かのところへ流れて去っていっても、それを見守る大きな空に。


 夜空の髪を持つ貴方。あの一等星のように輝く貴方。そして、本当は翼を持っているのに飛べずにいる貴方。

 貴方がどんな未来を選んでも、貴方の傍にあり続ける貴方の空に、私はなりたいです。

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