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乙女よススメ!~妃が無理なら騎士になる~  作者: 愁
一章 騎士になる!
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愛をもたらす者

※アルベール視点

 昔の私は、自分の第一王子という立場を窮屈に思っていた。第一王子だからという理由で母とは離され乳母と家庭教師に囲まれる日々を過ごし、父親である陛下からは有力な後継者として良き王となるよう厳しく指導された。

 それが変わったのは、フェリシアンが産まれてすぐ、母が亡くなってからだ。

 二人目の男児の誕生に喜んでいた陛下も、すぐに母が亡くなったことで酷く気落ちして、その背中はとても小さいものに見えた。けれど陛下はすぐに王として威厳ある姿へと戻り、公務もしっかりとこなしていくようになった。少なくとも、表面上は。

 人の目のない王族だけが立ち入れる部屋の中、飾られた母の肖像画を前に涙を流す夜を過ごしても、朝になれば王として立派に勤めをこなす。その陛下の姿は、私に強い尊敬の念を抱かせた。私も陛下のような立場に責任を持ち強くある人間になりたいと、勉学にも剣術にも打ち込むようになり、いつしか私は文武両道の完璧な王子などと言われるようになっていた。

 そしてその頃にはもう、フェリシアンとは派閥が分かれてしまっていた。私を推す貴族と、フェリシアンを推す貴族。常に周囲を彼らに固められて、私はフェリシアンと最低限の交流しか持てなかった。けれど、それを悪いとも嫌だとも思わなかった。陛下は私に第一王子と王という関係以外での交流をしてこなかったのだから、私もフェリシアンに第一王子と第二王子という立場での交流しかしない。それが正しいと信じてすらいた。

 それはオーブエルの母君が継母として王族の中へ入り、オーブエルというもう一人の弟が産まれても変わらなかった。やがて不幸なことがあって、オーブエルが陛下に突き放され、王宮図書館に籠るようになっても私は何も思わず、関わることもしないで放置した。私は私が憧れた陛下のかつての背中しか見ておらず、自分の在り方にしか興味がなかったのだ。


「我が家の妹はそれはもう天使のようで、可愛くて、面白くて、愛しくてたまらない! もうすぐデビュタントだが、手を出そうとしたら容赦しないからそのつもりでいろ!」

 ある夜会で、目立つ一人の男がそう周囲の貴族に言っているのを聞いた。赤髪で異国の服装をした、奇妙な人間。それがダイアスタ家の長男だと知ったのは後になってからだった。

 社交界でいつも妹自慢をするダイアスタ家の兄妹。どれだけ愛しいのかを語り続ける兄妹。その姿を見るうちに私の中に芽生えたのは、語られる妹への興味ではなく、妹をそこまで愛し慈しみ可愛がる他家の兄妹の在り方と、自分と弟の在り方の違いへの違和感。そして後悔だった。

 派閥が違う? 王位を巡る政敵? 第一王子と第二、第三王子という立場の差?

 そんなものに囚われて弟すら愛せていなかった自分のことが、酷く恥ずかしくなった。私が憧れた陛下だって、母を愛し、私の将来を思って厳しく接してくれていたのだ。なのに私は弟達を愛さず、陛下も愛さず、母も愛さず……それで私は、一体何になれたというのだろう。かつての陛下に近づけたわけでもない、大事なものを置き去りにして、欠けたままの不完全な何かだ。

「アルベール殿下、どうかなさいました?」

「リリアーヌ嬢……」

 私は、そこに咲いていた一輪の華に、救われた。

 公爵家のリリアーヌ。政略結婚の相手候補として紹介されて以来、いつも社交の場では行動を共にしている令嬢。美しく、教養もあり、家柄も問題がない。きっと私はこの人と結婚するのだろうと、どこか他人事のように思っていた。他の令嬢や貴族と同じように接していればそれでいいと、その程度に思っていた存在。

 けれどリリアーヌが私に向ける視線は、感情は、他の貴族とは違った。利益や損得抜きの、純粋な好意。まっすぐに向けられるそれに、私はいつしか彼女を手放したくないと強く思うようになっていた。誰に取られる前に自分の腕の中に抱え込んで、その視線を自分だけのものにして、一生大切にしたいと思った。

 そしてそれが恋で、愛だと知った。

 誰も愛してこなかった私は、きっとこの先も誰も愛せないのだろうと頭の隅で考えていた。けれど、リリアーヌがそんな私を変えてくれて、私の心に愛という感情をもたらしてくれたのだ。

 今の私なら、弟達のことも愛せるかもしれない。大切にして、今まで開いていた距離を縮められるかもしれない。

 本気で思った。けれど、そう上手くはいかないのが現実だ。


 ある日、私が弟達の現状を尋ねると、執事は意外そうな顔をしながら教えてくれた。

 オーブエルは相変わらず王宮図書館に籠ったまま。けれど生来持ち合わせていた魔法の才を研究へと活かし、図書館内の私室を研究室として魔法の研究に精を出していること。幾つかの論文も書き学会に提出しているため学者の中では評価が高く、巷では愛し子の騎士王子などと言われていること。そしてフェリシアンは自分の美貌を活用した社交に優れ、女性のファンが多く、自己肯定感の強さは性別年代問わず支持者が多いらしいこと。少々選り好みの多い性格ではあるが、騎士や侍女といった身内からは絶対的な忠誠を誓われていること。そしてオーブエルのことを気にかけ、事あるごとに公務の合間を縫って王宮図書館に足を運んでいること。けれどそれも上手くいっていないらしいこと。

 私が無関心だった間に弟達はそれぞれに花開く道を行っていた。それは私の周囲、私の派閥の者達にとって、警戒すべき脅威となっていたということでもある。

 派閥の貴族の目のあるところでは近づくこともできないまま時は経ち、私はリリアーヌと婚約し、より派閥の地盤は固まった。


 弟達への思いが強くなる一方で、何もできない日々。そんな中で迎えたのが武術大会の日だ。

 自分の近衛騎士が全員敗戦したタイミングで、フェリシアンはオーブエルのところへ行くと席を立った。以前執事から聞いたときは二人の関係は上手くいっていないようだった。あの報告から時間は経っていたが、今まで十年以上も変わらなかった関係がこの短期間に変わるとも思えない。

「フェリシアン、私も一緒に行ってもいいですか?」

 気づけば、そう口に出していた。

 武術大会の日は派閥の貴族の目は届かない。私が二人と関係を変えるなから、今がチャンスだと思った。もちろん、気まずい二人の間に私まで入っていけば酷い惨状になるとも思ったが、それより私は二人と話がしたかった。武術大会を観覧しながらなら、時間も話題もあって少しは距離が縮まるだろう。オーブエルを誘って、家族で共に時間を過ごそう。最近は陛下も、オーブエルのことをとても気にかけるようになっていた。昔とは何もかも違うのだ。

 ……そう、何もかも違っていた。そう本当の意味で理解したのは久々にオーブエルと顔を合わせてすぐだった。

 私の存在に顔を強張らせたオーブエルを、フェリシアンは気遣うように、慈しみの籠った瞳で見つめていたのだ。オーブエルもフェリシアンに対しては特段警戒することも、距離を置くこともなく、その存在を当たり前に受け入れていた。

「いつの間にか随分と二人は仲が良くなったのですね」

 苦笑が漏れた。何があったかは知らないが、この二人はとっくに兄弟として互いを思い合っている。私のことは、二人とも線を引いて受け入れてはくれていないのに。

 けれどよく考えれば当たり前のことなのだ。フェリシアンはずっと、私が放置していた間もオーブエルを気にかけ会いに行っていたのだ。ただその気持ちが届いていなかっただけ。フェリシアンはオーブエルをずっと、弟として愛していたのだ。それが何があったか、オーブエルへちゃんと届いた。それだけのこと。

 愛することも気にかけることもしてこなかった私が、拒否されるのは当然なのだ。


 だから勘違いから生まれた接点で、オーブエルと話し、また来ても良いと言ってもらえたときは嬉しかった。私の思いも諦めなければ、伝え続ければ、きっとフェリシアンの思いのように届く。

 そうしたら、三人で兄弟としてやり直せるんじゃないか。ダイアスタ家の兄妹のように、互いを誇りに思い、愛し、尊重し、守る。派閥や王位を巡って警戒し傷つけ合う、そんな殺伐としたものから抜け出せるのではないか。あの日知った他の家族のように、当たり前に愛を語れる家族になれるのでは……と、憧れ夢を見た。

 そしてダイアスタ嬢とフェリシアンとリリアーヌのやり取りを見たとき、ひどく眩しいものが、すぐ近くにあるように思えた。嬉しかった。

 そして会話の中心にいたダイアスタ嬢は、オーブエルを慕っていると、どうなってもオーブエルの傍にいると覚悟を決めて、それを伝えてきたのだ。

「私を家族にしたら、少なくとも兄弟間で顔色を窺わないといけないような現状はぶっ壊しますよ。嫌われるかも、とか、立場が、とかを考えることなく本音で接せられる状況を作ることをお約束します」

 そんな、私にとって都合の良い未来まで約束されたら、私は彼女の味方になることを決めずにはいられなかった。


「だから、私は最初から最後まで自分の都合と保身ばかりだったのです。自分の行いを恥じた後、派閥の貴族の目など気にせず行動すればよかった。なのにそうせず、自分が保身でしてきた態度のせいで、二人にどんな影響を与えているのかも考えず、ただ目の前に提示された自分の夢を追ってしまった。フェリシアン、本当にすみませんでした。そしてどうか、私が貴方達二人のことを大切に思っていること。それだけは知っていてほしいし、信じてほしい。言えた立場では、ありませんが」

 本当はもっと早くしておくべきだった話。告げておくべきだった言葉。私の思い。

 今更なそれらが届くようにと、私は愛する弟のことを真摯な思いで見つめた。

「兄上、私は――……」

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