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乙女よススメ!~妃が無理なら騎士になる~  作者: 愁
一章 騎士になる!
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『普通』

 私が答えを待つようにじっと両殿下を見つめると、慌てたようにリリアーヌ様が口を挟んできた。

「フィーラ、貴女自分が何を言っているのか理解しているのですか!? 何が何でも王族と結婚したいと言っているだけの権力目当ての発言と取られかねませんよ!?」

 焦りを含んだ声でそう忠告してきたリリアーヌ様に、私はふっと気の抜けた微笑みを返す。

「違うというのは、リリアーヌ様が一番理解しているではありませんか」

「私ではなく、他の方が聞いたらどう思うかという話です!」

 いつもは私をからかったりいじったり、遊んでばかりくる癖に、こんな時はこの人は本気で私を心配してくれる。長い間、同じ人に想いを寄せた者同士として。主人と騎士として。それ以上の感情をリリアーヌ様が私に抱いてくれているのかと思うと、なんだか妙にこそばゆい。

 私はリリアーヌ様が苦手だ。怖いと思うことも多い。嫌いだと思うこともよくある。でも、私はそれ以上にリリアーヌ様が好きだ。二人きりのお茶会で私が涙を流したとき、跪いてまで両手でぎゅっと私の手を包み込んでくれた、その温かさを覚えているから。

 リリアーヌ様が私を心配してくれるということは、私も同じように、リリアーヌ様の心のどこかに何かを残せたということなのかしら。だったらいいな。私はいつもこの人に、背中を押されてばかりだったもの。

 だからこそ、強く思う。今は決して引いてはいけない時だと。リリアーヌ様が私にくれた温かい心を無駄にしないためにも、私は私の願いを、私の幸せを叶えるために一歩も引かない。

「リリアーヌ様、私、オーブエル殿下と約束したんです。いつか絶対、第三王子殿下近衛隊の皆も一緒に、馬に乗って景色の良い場所へ出かけようって。楽しい思い出を作ろうって。私はオーブエル殿下に現状では無理のあるいつかの約束をさせました。なら、その責任を取らないと駄目じゃないですか。いつかの未来にも、私はあの方の傍にいたいんです」

 あの約束をすることは、オーブエル殿下にとってどれだけ勇気のいることだったろう。楽しみにしていると、そうオーブエル殿下が口に出すのに、どれだけの覚悟がいっただろう。踏み出してくれた、歩み寄ろうとしてくれたオーブエル殿下に応えたい。約束を守りたいの。

 両殿下へは半端な思いで願いを告げたわけじゃない。私は私の覚悟を持って、望む未来のために願ったのだ。

 無意識にそっと、かつて青色のサッシュのあったところを撫でる。私の望む未来は、ここにある。そんな気がした。

「……はぁ。まったく、貴女は本当に無駄に一途で頑固ですわね。もしもオーブエル殿下に選ばれなかったとして、それでも傍に居続けるのはきっと、身を引き裂かれるように辛いでしょうに。自ら逃げ道を塞ごうだなんて馬鹿なんですから」

「馬鹿だという自覚はあります」

「それでもその道を選ぶのですね。わかりましたよ、もう。勝手になさって」

 リリアーヌ様はそう言ってちょっぴり不満そうに明るい青の瞳を伏せると、私達のやり取りを静観していたアルベール殿下とフェリシアン殿下へ身体を向ける。

「アルベール殿下、私からもフィーラの配属について再度お願いをいたしますわ。どうか彼女を第三王子殿下近衛隊へ。そしてフェリシアン殿下、友人でしかなく、しかも貴方の弟君を想い続けるような女を正妃でなくとも迎えるというのはお嫌かもしれません。けれど貴方が昨日身をもって知ったように、ダイアスタ家の影響力はすごいものがあります。ただ友人に側妃という立場を与えるだけでその力を手にできるのは無視し難いメリットとなるのではありませんか? それにこれは、いつか、もしも、の話でしかありませんわよ」

 真摯に、真剣に、リリアーヌ様は私の願いを聞き入れるように両殿下へ乞うてくれる。腹黒いリリアーヌ様が、政敵であるフェリシアン殿下へダイアスタ家を引き入れるメリットを提示してまで協力してくれている。腹黒いリリアーヌ様が。

 私が驚きのあまり唖然としていると、リリアーヌ様にお願いをされたアルベール殿下は、柔らかく若草色の瞳を細めた。

「陛下に対する言い訳を考えなくてはいけませんね。知恵を貸してくれますか、リリアーヌ?」

「……っ!もちろんですわ、アルベール殿下!」

 アルベール殿下の言葉の意味を理解したリリアーヌ様と私は喜びにほころぶ顔を見合わせあった。

 そして私がもう一人の方の返事はどうなのかと視線を向けると、フェリシアン殿下はいつになく真剣な表情をして私のことを見て、少し浮足立っていた私に冷や水を浴びせるような問いを口にする。

「私は……正直困惑の方が大きい。フィーラ、お前の言う『普通の家族の関係』『普通の家族の幸せ』とは何なんだ? 私達は普通ではないのか? 普通でないとしてそれは、私達が王族だから当然のことではないのか? お前には私の現状が憐れに見えるのか?」

「え……」

 思ってもいなかったことを言われて何も答えられず驚きに思考が真っ白になってしまった私に、フェリシアン殿下はテーブルの上で両の拳を握りしめて言う。

「オーブエルともっと仲良くなれるならとは思う。だが、それは私が今までオーブエルに対して誤った態度を取り続けてできた溝を埋めたいという、贖罪の意味もある。私は私より幼く繊細で傷ついたオーブエルを、長い間無自覚とはいえ追い詰め続けてしまったのだから。今更でもうんと大切にしたいし幸せにしたい。そう思うのはきっと、オーブエルが私の弟で庇護対象であるという認識、情……からだろう。だが、兄上や陛下は違う。私より立場が上で敬うべき存在で、一定の線を、距離を越えてはいけない存在だ。お二人に対して王族として相応しい態度で接すること。それが私が生まれた時から周囲に言われ続け、そう在り続けた私の『普通』だ」

 自分にとっての『普通』と他者の『普通』の認識の齟齬に戸惑い、金の瞳を揺らしながら、フェリシアン殿下はアルベール殿下へと迷子の子供のような表情を向ける。

「そしてそれは兄上もそうだったはずです。だって兄上はいつだって私の王族としての手本で、私とも陛下とも馴れ合うことなく、第一王子としての交流しかしてこなかったではありませんか。婚約者を得て、成婚を控え、兄上は変わりました。『普通の家族のやり取り』なんて言い方をして、今までの私達の『普通』を覆すことに憧れて……私には兄上が理解できない。私は、私達王族は、その立場に相応しい関係を持ってきました。それは不幸なことだったのですか? フィーラの言うような、兄上が焦がれるよな『普通の家族』になれば、私は幸せになれるのですか?」

 きつく握った拳へと視線を落としたフェリシアン殿下の表情は読み取れない。けれどきっと、ひどく辛そうな顔をしているのだろう。

 思い返せば、フェリシアン殿下はアルベール殿下にとても従順だった。武術大会の日、オーブエル殿下の研究室へ本当は一人で来たかっただろうに、ついて行きたいというアルベール殿下の願いを聞き届けている。そしてアルベール殿下とのやり取りで傷ついたオーブエル殿下の傍にいたかっただろうに、アルベール殿下に従って共にその場を後にした。それはアルベール殿下の方が立場が上だという認識の徹底からきていたのだわ。

 離れていることを寂しいと思う感情の欠片もない父親と兄。距離のある家族のかたち。それを私は私の家族と比べて、憐れんだ。悲しいと思った。でも、フェリシアン殿下にとってそれは『普通』で、むしろその関係性を血筋の誇りと責任を持って維持してきたのだ。兄弟二人と違って出会った時から上から目線で、けれど言い換えれば相手との立場の差をしっかりと理解し示していたフェリシアン殿下だからこそ、自分の置かれた環境や立場に相応しい関係を当然としてきたのだ。

 その思考を、その誇りを、その王族としての在り方を、私は私の家族と比べて憐れんでしまった。恥知らずもいいところだわ。

「フェリシアン殿下、心より、心よりお詫び申し上げます。私が間違っていました。私は貴方に、私の『普通』を押し付けようとしていました。それが幸せになれることだと疑うこともなかった。貴方の言う通り、私は自分中心でした。友人だと言ってくれた貴方を、自分の物差しで測り憐れんだ。情けなくて、申し訳なくて、どうこの失態を挽回したらいいのかもわかりません」

 椅子から立ち上がり、フェリシアン殿下へと深く頭を下げる。私がしたことはフェリシアン殿下の王族としての在り方を否定すること。貴族としても国民としても騎士としても、そして友人としても、やってはいけないことだった。

「フィ、フィーラ、取り敢えず頭を上げろ! お前にそんなことをさせたと知られたらまたオーブエルに警戒されてしまう!」

 顔を合わせるのも申し訳なくて、焦るフェリシアン殿下の言葉にも頭を下げたままでいると、ガタリと誰かが椅子を引く音がした。

「フェリシアン、私からも謝罪を。私こそ自分のことばかりで、フェリシアンのことを考えられていませんでした。人の兄として、私は本当に駄目な人間ですね」

「兄上も頭を上げてください! こんなところを誰かに見られたら一大事です!」

 フェリシアン殿下の言葉から、私と同じようにアルベール殿下が立ち上がってフェリシアン殿下へ頭を下げたのだと推測できた。

 それぞれに募る罪悪感から頭を下げたままでいる私達に、何とか顔を上げさせようとするフェリシアン殿下の慌てふためく声が部屋中に響く。するとこの状況に呆れたような小さな嘆息が聞こえて、リリアーヌ様が私達二人へと声をかけてきた。

「お二人とも、まずは顔をお上げになって。謝罪する相手を困らせてどうするのですか。一方的に頭を下げるだけの行為は、誠実な謝罪とは言えませんよ。まずはきちんと言葉を交わすことをしなければ」

 リリアーヌ様の言葉にフェリシアン殿下も便乗して「まったくだ!」と早く顔を上げるよう促してくる。

 これ以上困らせるわけにもいかないかと、私は渋々頭を上げた。視界の隅に、同じように顔を上げるアルベール殿下のしょぼくれた顔が映る。きっと私も同じような顔をしているのだろう。

 フェリシアン殿下はどうすればいいのかも分からず立ち尽くしたままの私達に、取り敢えず座るよう言ってくる。大人しくそれに従って椅子に座り直すも、私もアルベール殿下もフェリシアン殿下も、何からどう話せばいいのかわからず、重い沈黙がのしかかった。

 誰もが気まずい沈黙の中、意を決したように最初に口を開いたのはアルベール殿下だった。

「フェリシアン……私はフェリシアンが言う通り、私自身が変わったという自覚があります。それは私にとって、きっと視野を狭くするようなものだったのでしょう。私自身がその変化をどう受け止めていても、兄である私がフェリシアンの気持ちを考えることを放棄していい理由にはならない。そのことを深く反省しました。ですからどうか、少しでいいのです。私の話を聞いてくれませんか? 言い訳……のようにとられるかもしれませんが」

 切実なアルベール殿下の言葉に、縋るような瞳に、フェリシアン殿下は静かにただ一度、頷いた。

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