01:偽りの勇者
小さい頃から、聞き飽きた言葉がある。
「お前は"勇者"なのよ」
「"勇者"なら泣き言を言うな」
「"勇者"だったら当然できるよな?」
「お前は"勇者"として、オルスタ王国の為に命を捧げるのだ」
皆して、勇者勇者勇者勇者・・・
誰も、一人の人間としての私を見てくれない。
産まれた時から、私の右手には『勇者の証』が宿っていた。
この証のせいで、私は私である事が許されなくなった。
物心ついた頃には剣を握り、魔法を使い、魔物を狩った。狩らされた。
時には戦争に連れ出される事もあった。人をいっぱい、いっぱい殺した。
しんどくても、苦しくても、休む事は許されなかった。
それでも私は頑張り続けた。
頑張っていれば、きっと、いつか、報われる時がくるって。
お父さんも、お母さんも、私の事を見てくれるって。
だけど―――――その時は、来なかった。
「これより"偽りの勇者"アナスタシアの処刑を開始する」
きっかけは、魔王ルシファーの討伐だった。
ルシファーの討伐にこそ成功したものの、その戦いで呪いを受けた私は、勇者としての力を失った。
そんな私を待っていたのは・・・処刑宣告。
『勇者の証』は常に世界に一つしかない。譲渡する事もできない。
所有者が死亡した場合にのみ、それ以降に生まれた子供に宿る。
証を持ちながら勇者としての力を失った私は、用済みらしい。
仕方ないとはいえ、頑張ってきたのに偽物として殺されるのは悲しいな・・・。
「何―――い残す―――るか?」
執行人の声が聞き取り辛い。
・・・というか、頭が、痛い。
何なんだ、これ。意識が―――――
◇
「ようやく我の声が届いたか」
「―――ッ!?」
気付いた時には、真っ暗な空間の中にいた。
声を出そうとしたが、喋る事ができない。
目の前には、私が勇者でなくなった原因となった魔王ルシファー。
間違いなく殺したはずなのに、どうして・・・?
「そう構えるな、我は既に朽ち果てている。ここに在るのはお前を救うために用意しておいた我の残留思念のような物だ」
こいつは、何を言っている?
私を助ける?
お前のせいで私は力を失ったのに・・・?
「その点については済まなかった。まさか、勇者でなくなったお前を処刑するような愚行に出るとは思わなかったのだ」
魔王は、申し訳なさそうな顔をして頭を下げる。
「お前と戦っている内に、お前の心の内が見えた。ただ、一人の少女として認めてほしいだけの可哀想な勇者の心が」
・・・それは、事実だ。
私が戦い続けた、ただ一つの理由。
だけど、それが魔王に何の関係が?
「我も生まれながらに魔王としての立ち振る舞いを求められ、戦いたくもないのに人間との殺し合いを演じさせられた。立場境遇こそ違えど、人形であるのは我もお前も同じなのだ・・・」
・・・魔王も私と同じなのか。
自分を殺し、望まれるがままに人形として生きる。
私がそれを続けてきたからこそ、魔王の気持ちはよくわかる。
「そこで、お前の勇者の証を我の呪いで無効化する事ができれば、お前は勇者の宿命から解放されるのではないかと考えた。・・・結果は、今の惨状だがね」
私もまさか処刑されるとは思わなかったよ。
しかも"偽りの勇者"だなんて・・・。
今までの勇者としての私の努力が全て否定されたみたいで、ムカつく。
「・・・なあ、勇者よ」
少しの静寂の後、魔王が問いかけてくる。
「我の最期の願いを聞いてはくれぬか」
◇
「言い残す事はないようだな。では、処刑を執行する」
縛られている私の首に向かって、剣が振り下ろされる。
・・・危なかった。間に合わなくなる所だった。
「言い残した事は、たくさんあるよ」
ガキンッ!
「なっ!?」
私に振り下ろされた斧を、魔法障壁で弾いて止めた。
『勇者の証』を取り戻した私にとって、縛られていてもこの程度は簡単だ。
「一人の女の子として、普通の人生を送りたかった。一度だけでいいから、お父さんお母さんに”よくやった”って褒められたかった。本当は可愛い物が大好きだから、花屋さんがやりたかった。戦いなんて好きじゃないから、平和に暮らしたかったんだよ私は」
言い残したい事なんて、考えたらいっぱい出てくる。
勇者として・・・一人の少女としての、最後の遺言だから。
「だけど、それは叶わなかった」
私の身体から、黒い―――闇の魔力が溢れだす。
唯一私を認めてくれた友人の、ルシファーの魔力が。
「貴様・・・その魔力は・・・」
「お父さんとお母さん、そして国王達に伝えておいてください」
呆然とする執行人に、私は告げる。
「今日より私、アナスタシアは―――魔王になると」
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