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第1話 目覚ましはメイドの声

「起きてください、ご主人様」


 耳元で、ささやくような声。


「ご主人様」


 薄く目を開く。まぶたの隙間から入り込む光が少し痛い。


「んー……」

「朝です、ご主人様」

「わかってる、から……」


 止め忘れたアラームみたいに朝を告げてくるのに返事をして、ぼくはベッドから起き上がった。


「おはようございます、ご主人様」

「ああ……おはよう、エメト」


 朝のまぶしさに慣れてきた目をこすりながら答える。


 ベッドの脇には、メイド服姿の女の子――エメト。

 メイド服といっても、コスプレ衣装で見かけるようなものと違い、それこそどこかのお屋敷で仕事でもしていそうな、白と黒のツートンカラーの落ち着いた装いだ。


「朝食の準備ができております」


 エメトは、そんな服装とマッチした変化の(とぼ)しい表情で、言う。


「わかった、着替えてから向かうよ」

「かしこまりました、ご主人様」


 ぺこり。まるで分度器で測ったみたいにきれいに45度で頭を下げ、ぼくに背を向ける。


「なあエメト」

「なんでしょうか?」


 エメトが振り返る。合わせて、黒髪のツインテールもふわりと揺れる。


「その『ご主人様』っていうの、やめてくれないか?」


 彼女が来てから3日。ずっとそう呼ばれ続けていたが、一向に慣れないし、なんというか全身がむずがゆくなる。


「ですが、そう呼ぶようプログラムされていますので」

「デフォルトで?」

「はい」


 なんでだよ。基本設定はもっと一般的にしておくべきだろう。


「プログラムによれば、これが男性が最も喜ぶ呼称(こしょう)であるとインプットされておりますが」

「あの研究者(じいさん)ども……」


 自分たちの趣味丸出しじゃないか。


「では、どのようにお呼びすればよいでしょうか?」

「別に、エメトの好きにしていいよ」

「好きに、ですか」

「ああ。ぼくの名前でもなんでも、呼びやすいのでかまわないよ」


 言うと、エメトは考えているようで、わずかに目を動かす。


「……では、ツクモ様、と」


 ぼくの名前を、呼んだ。


「よろしいでしょうか?」

「うん、いいよそれで」


『ご主人様』よりかはずっとマシだ。


「では、下でお待ちしております」


 またしてもきれいな45度でお辞儀(じぎ)をし、今度こそ部屋をあとにする。

 やっぱり、よくわかんないやつ。


 寝起きの頭でぼんやり考えながら、ぼくはボサボサになった頭を()いた。



 エメトは、ロボットだ。


 見た目は完全に10代の女の子。だけど、中身は正真正銘のロボット。生物ではなく、電気で動き、プログラムされた行動をとる人工的な存在。

 ひとり暮らしのぼくの家に、何故そんな人型ロボットがいるのか。

 理由はもちろん、ぼくが購入したから……なんてことではない。

 ぼくは、ただのテスターだ。


 国の研究機関が進めている人型ロボットの開発。その最終段階として、実際に人間と共同生活を送らせる。その被験者(ひけんしゃ)に、幸か不幸かぼくが選ばれてしまったということだ。

 彼女の本当の名前、というか個体名は「Humanoid‐robot‐emeth~(あとは長すぎて忘れた)」というシリアルナンバーなのだが、研究者たちが「エメト」という通称で呼んでいたので、ぼくも呼ぶことにしている。


 それにしても、「emeth」なんて名前、よくつけたもんだ。


 ユダヤ教の伝承(でんしょう)に登場する泥人形、ゴーレム。人はそれを起動するために、「emeth」と書かれた紙をゴーレムの(ひたい)()ったという。言葉自体には「真理、真実」という意味があるらしいが。

 どちらにせよ、ロボットを人型にした割には、そんな風に呼ぶということは結局モノ扱いしているということなんだろう。どれだけ科学が発展しようと、人は宗教が隆盛(りゅうせい)を極めた時代からなんにも変わってないってことだ。


 ま、ただのテスターのぼくには関係ないことだけど。

 協力の報酬(ほうしゅう)として国から給付金も出るし、割のいいバイトだと思えばいい。


「――モ様」


 ぼくは言われたとおりに実験に協力する。それだけだ――


「ツクモ様?」

「え?」

「どうかなさいましたか?」


 6畳の和室の中央、ちゃぶ台をはさんだ向こうに座っているエメトが訊いてくる。どうでもいいけど、ちゃぶ台にメイド服というは少しアンバランスだ。


「どうかしたって、なにが?」

「いえ、先ほどから(はし)が止まってらっしゃますので」

「ああ……」


 ぼくは手元に目を落とす。食べかけのご飯に、半分ほど減ったみそ汁。


「朝食は、お口に合いませんでしたか?」

「いや、そんなことないよ。いつもどおり、おいしいから」

「そうですか」


 一応褒めたつもりなのに、エメトの口調に変化は微塵(みじん)もない。


「今日のメニューには、ツクモ様の(きら)いなホウレン草は入れてませんので、スムーズに()し上がると思っておりました」

「それはありがたいけど、ぼくの嫌いな食べ物なんてよく覚えてたね」


 ぼく自身は言ったかどうかすら忘れてるっていうのに。


「私のAIは、どんな些細(ささい)なことでも間違いなく記憶できますので」

「へえ」

「ツクモ様が今日までにくしゃみをされた回数や、お手洗いに行かれた回数も、問題なく記憶しております」

「問題あるよ。そんなことは覚えとかなくていいから」


 油断も隙もないというか。今度からトイレは彼女に気づかれないよう行くようにしよう。


「では、私に食べさせてほしかったのですか?」

「……」


 このロボットは、自分で何を言っているのかわかっているんだろうか。


「……それも、デフォルトのプログラム?」

「はい」


 エメトは即答する。


「世の男性は女性に『あ~ん』をしてもらうこと至上の喜びとしているのですよね?」

「そんなことはない」


 さっきの『ご主人様』呼びといい、やっぱり基本設定が(かたよ)りすぎている。


「ほんと、まともなプログラムはされてないわけ?」

「私には『人命優先』や『法令遵守(じゅんしゅ)』といった人道的な命令が設定されておりますが」

「あ、そ」


 つまりは余計なプログラムが多いってことのようだ。


「ですが、プログラムされていますので、しないわけにはまいりません」


 なんて言うと、エメトはもう1膳、箸を取り出して卵焼きをつかむ。

 そして、まったくもって抑揚(よくよう)のない声で、


「あ~ん」

「……」

「あ~ん」

「いや、聞こえてないわけじゃないから」


 言葉が出なかっただけだから。


「ツクモ様は変わった方なのですね」

「なんでそうなる」

「『あ~ん』がお気に召さないとお答えになるのは、プログラムされたシナリオにはありませんでした」

「いいから、卵焼き置いて」

「はい、かしこまりました」


 ……ほんとよくわからないやつ。

 卵焼きを皿に戻す彼女が、少しだけ残念そうに見えたのは、きっと錯覚なんだろうな。ぼくはみそ汁をすすりながら、そう思った。

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