「こいつはかなりのマゾだ」「ご主人様、お客様をディスらないでください」
「こいつはなかなかのマゾだ」
ご主人様、客をいきなりマゾ呼ばわりはやめて下さい。相手は客です。お客様です。それも貴族のおぼっちゃまです。ディスらないで下さい。ほら、いきなりマゾ呼ばわりされたおぼっちゃまが怒ってます。椅子から立ち上がり怒り心頭です。
「なな、なんだと貴様! この俺をいきなりマゾとは!」
「被虐趣味だからマゾと言ったまでだ。サドの仮面を被って少し捻れてはいるが、お前はマゾだ」
「ききき貴様ァ!」
「落ち着けよ若造」
私のご主人様、奴隷商人のネスバール様はキセルをくわえます。私が火をつけると、ぷう、と煙を吐きます。優雅に足を組み、スカートのスリットから見える脚線美を見せつけるように。
私のご主人様はこの街一番の奴隷商人です。貴族のおぼっちゃま相手でも、頭を下げること無くまるで王のように、椅子に座ったまま見下ろすように見上げています。客商売なのですから、もう少しお客様への態度など直した方が良さそうなものですが。と、私が心配してもご主人様は改めたりはしませんよね。貴族のおぼっちゃまが顔を赤くして怒りを向けても、どこ吹く風と平然と。
私のご主人様は年齢不詳の美女ですが、恐怖の奴隷商人とか、闇を牛耳る魔女とか、微笑む悪意とか、変わった異名で呼ばれることもあります。この街一番の奴隷商人と大成したご主人様がやっかまれているわけですが。同業者にはときに魔女と呼ばれたりしますが、こういうときご主人様は、本物の魔女なのではないか、と思ってしまいます。
ご主人様は、ふふ、と笑い余裕の顔で。
「椅子に座って茶でも飲んで落ち着けよ若造」
「き、貴様、ただの奴隷商人の分際で」
「座っていい子にして話をするか、それとも俺のとこから奴隷を買うのを諦めてさっさと帰るか、どっちにする?」
「貴様あ、俺を誰だと思っている?」
「うちの店に来る輩は、その身分を隠して来るのが多いんだがな」
ご主人はニヤニヤと猫のように笑いながら、煙草の煙をプカリと吐きます。
「俺は俺の扱う商品に自信はある。そして俺の商品を買う輩は満足してこれまで返品はまず無い。なぜか解るか?」
面と向かってマゾと呼ばれて歯軋りしていた貴族のおぼっちゃまはご主人様を睨んでいます。しかしご主人様はそれを楽しむように、余裕の顔で話します。
「それは俺の目が見抜くからさ。奴隷を欲しがる輩のことを。サドの主人にはマゾの奴隷を、マゾの主人にはサドの奴隷を。性癖に性格を見て、相性がいい奴隷を見繕う。俺のところで奴隷を買った輩で不満を口にするのはいない。若造、お前はこれまで手に入れた奴隷に満足できなくて、それで俺の店に来たんだろう? それが何故か解るか? それはお前が、お前の性癖を解って無いからさ」
「な、なんだと?」
「貴族であり人の上に立つのが当たり前。人に命令し、人を従える。あぁ、そのためにお前はサドの仮面を被ったな? その方が貴族らしいと。だからこそ不満がある。貴族らしくあろうとして己の本性から目を逸らした。お前の胸の奥では、解消できない情欲が渦巻いて蓋をされている。その不満がくすぶり、最近、意味も解らずにイライラしている、というところか?」
「ぐ?」
貴族のおぼっちゃまは図星を刺されたのか、顔色が変わりましたね。ち、と舌打ちして乱暴に椅子に座り直しました。苦々しげに、
「奴隷商人、貴様が用意する奴隷は、高値だが役に立つと聞いてわざわざここまで来たんだ。商品を見せてもらおう」
「若造、お前が選ぶ必要は無い」
「なに?」
「今のお前の選ぶモノは、お前の性根が選ぶモノにはならない。だからここまで来たのだろう? お前に合うちょうど良いモノがある」
「ずいぶんと傲慢だな? 奴隷商人の分際で」
「あぁ、なんせこの俺はただの奴隷商人では無く、一流の奴隷商人だからな」
ご主人様は、ふふ、と余裕の笑みでキセルで貴族のおぼっちゃまを指し示します。
「俺に任せておけ。囚われたお前の想いを解放して、新たな世界を見せてやろう」
貴族のおぼっちゃまに一人の女奴隷を売り付けました。貴族のおぼっちゃまは不満そうに、フン、と鼻を鳴らします。その女奴隷は高値のモノですが、不満があれば金を返す、ということで納得したようです。
「その女奴隷はお前のもとでこそ真価を発揮する。また、その女奴隷がお前の視野を広げるだろう。なに、側に仕えさせていれば自ずと解る」
「まるで占い師のようなことを言うな? 奴隷商人よ。だが、ここまで見目麗しく動作も洗練されている奴隷とは」
「うちの商品は値が高い分の価値はある。その女奴隷は書類仕事も計算もできる。若造の領地経営の補佐もできるぞ」
「まさか? 奴隷が?」
「言ったろう? うちの商品は価値がある、と」
ならば試してやる。使い物にならなければ覚悟しろ奴隷商人、と、言い捨てて貴族のおぼっちゃまは帰っていきました。その後ろを買われたばかりの女奴隷がしずしずとついて行きます。
貴族とはいえ、女奴隷を買いに来たスケベ野郎のくせに偉そうですね。いえ、偉そうだから貴族ですか。偉そうというよりは、エロそうなんですが。顔は良くても目がエロイんですよ。若造と呼ばれる歳で見た目も悪く無いのに、その目付きのエロさでモテないのかもしれませんね。うちに女奴隷を買いに来たのもそのせいかもしれません。
「おい、ジューゼ、口には出てないが、目と顔に出てるよ」
おっと、ご主人様に注意されてしまいました。ご主人様のお手伝いをする私が、奴隷の商いに不満を顔に出すのは良いことではありません。
「失礼いたしました、ご主人様」
「顔に出てしまうのなら、いっそ口にも出してみてはどうだ?」
「いえ、私はまだご主人様のように人を見抜くことができません。顔に出ないよう気をつけます」
「ふふ、俺のやり口は真似しない方がいいのかもな。今日はこれで終わりか?」
「いえ、あと一人お出でになる予定ですが、遅れているようですね」
「あぁ、アイツか。それなら渡す資料を用意しておくか」
「既に揃えてあります」
私が書箱をご主人様の机に置くと、ご主人様は書箱の中をザッと目を通します。
「ジューゼは字が綺麗だ」
「ありがとうございます」
ご主人様に褒めていただきました。資料の内容の確認をご主人としていると、本日最後のお客様がいらっしゃいます。
灰色の仮面を被った男性を出迎え、ご主人様の部屋に案内します。護衛について来た男達は離れた部屋でお待ちいただきます。
「ご主人様、灰面の君が来られました」
「あぁ、待っていた」
私が扉を開ければ灰色仮面の男性は、かって知ったる部屋と中に入りソファに腰を下ろします。身分を考えたなら一人で奴隷商人のご主人と会うのはどうかと思うのですが、いつものことなので私も慣れました。
私は扉を閉め、鍵をかけてからいつもの定位置、ご主人の座るソファの斜め後ろへと。
灰色仮面の男性がその仮面に手をかけて外すと、若い男の顔が現れます。切れ長の目の穏やかな顔をした男。見た目は若いのになにやら老成した貫禄があります。
私のご主人様はその顔を見て、少し嬉しそうに言います。
「一国の国王が、こうしてお忍びでまだ来てくれるとはね」
「なに、息抜きの一環だよ」
この国の国王、ベルトネルド様。
この国が小さな国でありながらも、今では貿易の要所として盛り上がり、わずか五年でこの小国を豊かにした、商才と政才のある国王。伝統を無視した改革を断行し、今も様々な政策をやや強引に行っています。それがまるで未来を読むかのように成功し、この国の民にはベルトネルド国王を神の遣いと崇める者が現れるほど。
「たまにはこうしてネスバールの顔を見ないと安心できないからね」
「ほう? 何か不安になることでもあるのか?」
「私の支持者が私に愛想を尽かさないか。心配になるものだろう?」
「ふふ、俺はベルトネルド国王が変える国を見てみたい。だからまだこの国を出る気は無いぞ」
ご主人様はベルトネルド国王に書箱を渡します。ベルトネルド国王は書箱を開き、中の書類に目を通します。切れ長の目にイタズラめいた喜びの光があります。
「ほう、エルランド司教は年端もいかぬ少年が好みか」
「教義で禁忌と締め付けるからか、反動で神官には同性愛者が多いものだ。珍しくは無い」
「ディスターブ辺境伯は猫獣人の可愛い系か」
「辺境伯領には獣人の部族が多い。北方ほどに亜人蔑視が無いというのもある」
私はご主人様とベルトネルド国王の前にグラスを置きワインを注ぎます。ご主人様とベルトネルド国王は楽しげに談笑しながら、ワインを飲み、書類の内容を酒のツマミとしています。
ご主人様が取り引きした相手。近隣の有力者の買った奴隷。くわえてご主人様が見抜いたその人物の性癖に性根。
ベルトネルド国王が政治をするに役立つ情報のひとつ。政務に役立つ者か邪魔になるものか、その人物を知ることができるもの。交渉や議論においても、相手の性癖も趣味も知っているというのは、場を有利に進めることにも繋がります。
「む? ネスバール、このリストは?」
「そいつはこの国で増えた、無許可の奴隷商人の名前さ」
「ひとつだけ、丸がついているのは?」
「そいつは見所がある。奴隷商人というのが解っている。そいつ以外は俺が稼いでいるのを見て真似をしたボンクラどもだ」
「ならば早々に取り締まるとしよう。この国では私の認めた者しか奴隷の取り引きはさせない」
この大陸にはいくつもの国があり、中には奴隷制度の無い国や、人間は奴隷にしてはならない、奴隷にしていいのは亜人だけとか、国によって違います。
ベルトネルド国王が治めるこの国では、人間も獣人も差別無く、同様に奴隷として扱われてきました。
ベルトネルド国王が若くして国王となり、様々な改革を行いこの国は変わりました。
奴隷を商う者は国が許可証を出した奴隷商人のみ。この制度を強引に進め、これまで奴隷を商ってきた昔からの商会がいくつも潰れました。
更には奴隷を所持するにも資格が必要となりました。奴隷であっても食事に衣服、休息を最低限度与えられない者は、奴隷所持資格を剥奪され、奴隷を持つことが許されないようになりました。
一方で奴隷を所持することは裕福さを示すステータスに。様々な商売が活気づくこの国で、食事の質が良く肌艶の良い奴隷を所持し、衣服も良いものにして見せる。奴隷に回す財の余裕があると見せびらかすことが、裕福な貴族や商人の見栄となりました。
今では貧しい国の平民の中では、この国の奴隷となった方がマシな暮らしができると噂になっている程に。
奴隷の所持と商いに制限を設けたことで、今では昔より奴隷売買が増えています。
「ネスバールがこの国の裏を抑えてくれるお陰で私はやりやすい」
「ふふ、ベルトネルドのような真の変態が王であるなら、いくらでも手を出そう」
「ならば見限られないようにしなければ、まだまだやらねばならないことがある」
「なに、俺の商売をやりやすくしてくれた借りもある」
そうなのです。巷で麗しき賢王と呼ばれるベルトネルド国王は、実はド変態なのです。それを知るのは一部の者だけですが。
ベルトネルド国王の為の奴隷の調教には私も手伝いましたから、ええ、いろいろ解ってしまいます。本当に変態ですねベルトネルド国王。
国を豊かにし、国民にも慕われる偉大なるベルトネルド国王。その性癖以外は完璧だと思うのですが。神は二物を与えずと言いますが、どうしてこんなド変態になってしまわれたのでしょうか。
ご主人様とベルトネルド国王は何か通じ会うものがあるのか、お二人で楽しそうに話をします。私のご主人様がこのように、まるで旧来の友人のように話すのがベルトネルド国王だけで、私はベルトネルド国王のことが羨ましくなります。
私も真の変態となればご主人様と通じ会う何かが産まれるのでしょうか?
話を終えてベルトネルド国王が帰られました。身分を隠す為の灰色の仮面で顔を隠して。
私はベルトネルド国王が立ち去ったあと、その扉を見続けていたところ、私のご主人が、
「どうしたジューゼ? ベルトネルドに何か?」
「いえ、その、裏を知らなければ立派な国王だと思えるのですが」
かつて国王が買った奴隷、年端もいかない少女の顔が思い浮かびます。他にも別の貴族の買った奴隷の顔も。
「どうして王や貴族というのは変態が多いのだろうか、と考えてしまいまして」
「ジューゼは何故だと思う?」
私のご主人様が私を試すように言います。ご主人の差し出すキセルに私は煙草の葉を詰めながら考えます。
「金と暇を持て甘し、並の刺激では物足りなくなってしまったからではないか? と」
「違うぞジューゼ。それは状況のひとつだ。そこからひとつ奥を覗いてみろ」
「ひとつ奥、ですか?」
「貴族にしろ王族にしろ、政治というのはマトモで普通の輩には務まらんからだ。変態で無ければ政治屋は務まらんからだ」
ご主人様の持つキセルに火を着けます。ご主人の好みのレイドの葉の煙草の煙が、赤い唇からプカリと出ます。
「マトモで普通の輩とは己の利益の為に動く。自分が損をすることを嫌う。その幅が広がったところで、そいつの家族と友人の利益が大事となるだけ。ひとつの領地の民の全て、ひとつの国の民の全ての為の政策を行う者が、それでは困る。マトモな奴に政治屋は務まらん。一方で変態とは、己の利害を越えて己の趣味の為に身命を捧げられる者だ」
私のご主人様はベルトネルド国王が座っていたソファに目を向けます。そこに座っていたベルトネルド国王を思い返すように。
「ベルトネルドは本物の被虐趣味でその上、幼児性愛者だ。故に利害も論理も越えてその情熱と信念で政治を行える」
「はあ」
「国王でありながら、自らが国民の奴隷であることを心から喜び、国民に尽くすことに快感を感じる。だからこそアイツの政策はおもしろい。ベルトネルドが国王になってからのこの国の景気の良さを見たか?」
「この五年で貿易の要所として、また新たな商売の仕組みを作り地方でも減税から住みやすくなったと聞いております」
「その上、ベルトネルドは幼児性愛者だ。年端もいかない小娘に尻を叩かれて絶頂する真のマゾだ。幼児性愛者のアイツのように、自国の子供たちを心から愛せる男はまずいない。だからこそアイツは子供の未来を考えた政策を本気で考える。強引にでも子供たちの為になる政策を押し進めた結果、今のこの国では優秀な人材が育ちつつある」
「奴隷の子にも読み書きを、という政策はこの国以外ではありません」
「わかるか? 政治を行う者は変態でなければならない。だから貴族も王族も変態となるような環境を自ずと作る。逆に変態に成れない普通の輩が政治を行えば、汚職と不正の横行する碌でも無いことにしかならん」
「真の変態で無ければ国を治められないのですか?」
「政治屋以外にも変態で無ければできない職業というのはあるが、領主や王とは一流の変態で無ければならない。あのベルトネルドは戦争にも強いぞ」
「確かに軍師としても才を見せこの国を守りました。そのときの捕虜を戦争奴隷としてこの国は栄えました」
「真の加虐趣味、真の被虐趣味は戦争にも強い。これは戦闘でもケンカでも同じだが。相手が何をすれば喜ぶか、相手が何をされれば嫌がるか、SMの解る者には感覚で解る。そして相手がされて嫌がることを、いつまでもネチネチと執拗に変質的に攻められる者が戦いでは強い。一流の兵法者は一流のSM者でもある。一芸万事に通ずというヤツだ」
ご主人様の哲学を聞き、なるほどと思います。突き詰めたマゾのベルトネルド国王だからこそ、政治でも戦争でも強いと。そして貴族が優秀な為政者となるためには、変態の方が良いということですか。権力を持つ者に変態が多いのはそんな理由があったのですか。
「ベルトネルドは俺がこれまで見てきた中で、類い稀なる変態の中の変態だ。アイツがその変態を遺憾なく発揮できるなら、この国はより栄え発展することだろう」
「ご主人様はそれを手伝うと?」
「俺は人を見るのが趣味のようなものだからな」
キセルをくわえ、うまそうに煙草を呑む私のご主人様。
「ジューゼ、お前は見込みがある。今はいろいろな人を見ることだ。うわべでは無い腹の底を見るんだ」
「はい、ご主人様」
後日、あの女奴隷を買った目付きのエロイ貴族のおぼっちゃまがまた来ました。しかし、どういうことでしょう? 前は落ち着き無くイライラしていたのですが、何やら余裕を兼ね備えたように見えます。
迎えたご主人様は楽しそうです。
「どうだ? 新しい女奴隷は? 蓋は外れたか?」
「蓋、か」
貴族のおぼっちゃまは自分の頬に触れ思い返すように。
「……奴隷に顔を踏まれるなど、貴族として屈辱でしか無いと思っていたが……」
「己の心の迷宮の扉を開けた気分はどうだ? ふふふ」
「奴隷商人、貴様、知った上であの女奴隷を俺に売ったな?」
「ほう、それをあの女奴隷から聞き出したとは、よほど信頼を得られたようだな?」
「フォルンド家のいないハズの娘が、フォルンド家と確執のある我がズライド家の手の内にある。フォルンド家にとっては悩みの種だろうよ」
「言ったろう? 俺は俺の商品に自信があると。そしてあの女奴隷はお前のもとでこそ真価を発揮する、と」
「あぁ、実にいい買い物をした。女奴隷一人買うだけで、フォルンド家の弱味を俺が手に入れたのだから。感謝しよう。それと奴隷商人、頼みがある」
「あの女奴隷が、奴隷として売られる前に姉のように慕った侍女のことか?」
「全て手のひらの上か? 解っているなら話が早い。その女も俺に売ってもらいたい」
「ここにはいない。足取りを追っているところだ。何処かに逃げ出しているなら俺の手の外だ」
「ならば情報だけでもいい」
「慌てるな。商品として手に入れたなら、若造、お前に売ってやろう」
「手付けはいるか?」
「いらん。ただし捜索にかかった費用は上乗せさせてもらう」
「それでいい。いや、それで頼む。金に糸目はつけない。だから他の奴には売らずにしてもらいたい」
「いいだろう。ふふふ、ずいぶんと物分かりが良くなったな?」
「ふん、奴隷商人が俺より遥か上手と認めただけだ。癪なことだが」
なんというのか、驚くほどにすんなりと話が進みました。あの無駄に偉そうだった貴族のおぼっちゃまが、まるで一皮剥けたように。
商談を終えた貴族のおぼっちゃまをお見送りして、私のご主人様の部屋に戻ります。
「どうしたジューゼ? 妖精に騙されたような顔をしているぞ?」
「いえ、はい、あの貴族のおぼっちゃまがどうしてこうも変わったのかと、不思議で」
「人というものは、己の性根を見据え受け入れたとき、己の器を知り、人としてひとつ成長するものだ」
キセルを差し出すご主人様。私はキセルに煙草の葉を詰め火を着けます。ご主人様はうまそうにレイドの葉の煙を口にします。
「ときに異なる者との出会いが、人の在り方を壊し、新たにかたち造る。それを己の手で操る奴隷商人というのは、これは実におもしろいものだぞ」
「はい、ご主人様」
流石は私のご主人様。いずれは私もご主人様のような、一流の奴隷商人に。人を見透かし、人を引き合わせ、その人の実力を世に現す為のお手伝いを。
誰もがその心を偽らずに生きていける世界の為に。未だに私は、私のご主人様のように人の性根を見極めることはできませんが。
いつか私もご主人様のように。
「ベルトネルド用の新しい奴隷はどうなっている?」
「今も調教中です。鞭の扱いにも慣れ加減も憶えてきました。何より、幼いながらも男を鞭で打つときに浮かべる至福の笑みは、アレは産まれついてのサドですね」
「あの子もまた逸材。どれ、少し様子を見に行くか」
小さな国の偉大な王。その闇を支える者もまた、人の暮らしに必要な者。人が人を売り買いすることは、その形が変わっても、人には未来永劫手離せないものでしょう。
私の敬愛するご主人様こそが、必要悪の魔女として、この国の繁栄を影から支えています。