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異能探偵『薙宮』  作者: 山羊山音子
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好きの気持ちに偽りはない

あー、雫に感情移入しすぎてつらい。

『ピピピッ、ピピピッ!』

「うるさい」

 聞き慣れたアラームの音で目を覚ます。手の届く位置にあるアラームを、半ば叩くようにして停止する。

「うん?」

 まだ寝惚けている頭を起こすと体の上に何かが乗っていた。

「雫か。寝相悪いなこいつ」

 俺の体に覆いかぶさるようにして雫が眠っていた。

 あの後すぐに眠った俺は雫の下敷きにされたおかげで、身動きが取れずこの姿勢のままだったようだ。

「痛っ……。首寝違えてるし」

 動こうにも雫が邪魔になって起きられない。さっきから起こそうとしているのだがなかなか起きない。

「起きろ!」

「起きてるよ……」

「おい、二度寝するな」

「俺低血圧なんだよ」

「知らん」

 雫は人の腹の上で二度目を始めようとした。俺の上に乗っていることに気づいていないのだろうか。有ろうことか俺を抱き枕のようにして顔を埋めてきた。

「お前寝惚けるのもいい加減にしろ。襲うぞ」

「あ? 俺は男だっての。それにお前そういうの興味ないだろ」

「今のお前の体は女だってこと忘れてるだろ」

「オンナァ? 知らねえやあ」

 雫はそう言いながら寝返りを打った。俺の上から転がり落ち頭を床にぶつけていたが、逞しくそのまま二度寝を決め込む。

「学校でもたまに寝起き悪い時あるけど、その比じゃないな」

 雫はTシャツがはだけへそが出てしまっている。

「おい。本当に誘ってるのか? もう朝だぞ。襲っちゃうぞー?」

「友ならいいよ。好きにしろ」

「は? お前本当に起きろ。その発言は男としてのアウトのラインだぞ」

 まだ寝惚けているのか雫は俺の言葉を無視してむくりと起き上がった。

「俺がいつまでも寝惚けていると思ってんの?」

「それは、どういう……」

 起き上がった雫は俺の腰に跨る。体を起こしかけていた俺はベッドのへりに背中を預けた姿勢で固まってしまう。

「お前ならいいって言ってんの。この意味分かってんのか?」

「お前こそ正気に戻れ。お前は越えてはいけない一線を越えようとしている」

「俺は気づいたんだよ」

 何をーー。

 その先の言葉は出なかった。唇が塞がれた。これが何か分からないほど俺は鈍感じゃない。

「やめろ!」

 俺は慌てて雫を突き飛ばした。

「何のつもりだ!」

「お前がいけないんだろ!」

 怒鳴る俺に対し雫も声を荒げた。雫が何を怒っているのか俺には分からない。

「お前の立てた仮説の話。深層意識の話だよ。最初は馬鹿にしてた。そんなのありえないって否定してた。でも遊園地でお前と一緒に遊んで気づいちまったんだよ。俺は男なのに、女になりたかったんだって。でも、女でいられるのは一瞬で、お前の女にはなれないって気づいちゃったんだよ。あの観覧車で見た景色は、お前にとっては男の俺との景色なのかもしれない。でも、俺にとっては、男として好きなお前との景色だったんだよ。そしたら涙が勝手に出てきて、それで、どうしたらいいか分かんなくなって……」

「雫……」

「男の時はこんなことなかったのに、女になってから変なんだよ。もう、自分が分からねえよ」

 雫は胸の内を明かすと静かに涙をこぼした。足元に落ちる滴が、これほどまでに切なく見えるのは、目の前の雫が女だからなのか、それとも俺が雫を男として見ているからなのか。

「お兄? 朝から何騒いでんの?」

「気にするな。先に下に行ってろ」

「りょー」

 奏は中に入ってくることはなく、そのままトタトタと足音を鳴らしながら一階に降りていった。

 もしかしたら今の会話を聞かれたのかもしれない。

「友、俺さ、力のコントロールできるようになったんだよ」

「本当か!?」

「お前と遊園地から帰ってきた次の日さ、女のままだった。それでその次の日男に戻ってみたらできたんだよ。そしたらさ、本当は今日じゃなくて明日のはずだろ?」

「そ、そうだな」

「俺さ、もう女なのか男なのか分かんないんだよ。学校行くときは男じゃなきゃいけないけど、お前はこんな俺とも仲良くしてくれるか? 今までと同じように接してくれるか?」

 雫は俯いたままそう言った。俯いたまま視線だけ伺うように俺を見ている。視線が合うと少し逸らしてまたこちらを見る。

「お前は俺を誤解している。俺だって男と女の区別くらい付けてる。今の時代、LGBTは認められてくる。お前がその価値観を持っているように、俺にも価値観というものが存在する」

 俺の答えはいつだって変わらない。誰に対してだって変わらない。

「俺にとってのお前は男で、それ以上に、友達だと思っている」

「……。うん、そうだよな」

「だけどな、人を好きになれるっていうのはすごいことだ。お前の気持ちに応えることはできないが、それでも、俺はお前の友達でいたいと思っている」

 こんな答えした持ち合わせていない自分が情けない。雫を傷つけたくないのと同じくらい、自分が傷つきたくないと思っている自分が情けない。

「友、ありがとう。お前のおかげでこの能力のことは解決したし、ちゃんと応えてくれたから吹っ切れた。ああ、泣いたらスッキリした!」

 雫は言いながら笑った。曇りのない笑顔に涙の跡を残しながら。

「友。いきなりキスして悪かった。すまん」

「気にするな。初めてが男とでも俺は気にしない」

「初めてとか、照れるじゃねえか……」

「いや、その反応はキモいぞ」

「てめー!」

 いつもの調子の雫に戻ってくれたようで何よりだ。そして俺も、自然体で入られている。

「てか今日も学校じゃん!」

「そうだったな」

 俺たちは慌てて支度をして一階に駆け下りた。

 俺の部屋にはもう憂いも後悔も残っていない。あるのは解き放たれた想いと一粒の滴だけ。


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