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異能探偵『薙宮』  作者: 山羊山音子
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雫と遊園地

おー、壊れてしまう。俺の自我が、崩壊する。TSBLって本当いいよな。俺たぶんバイだわ。

 それから金曜土曜は男状態を挟み、見事に日曜日、雫は四度目の性転換を迎えた。

「おはよう雫ちゃん!」

「お前絶対バカにしてるだろ」

 日曜日の朝。俺は自宅で雫ちゃんをお迎えした。見事にジャージで体のラインを隠した雫ちゃんは男にも女にも見える。今は髪が短いためボーイッシュガールより少年という感じだ。

「今日呼んだのは他でもない。これに行くためだ」

「なんだそれ」

「石山パークランドの入場チケットだ」

「懐かしいな。小学校低学年の時に行って以来だ」

「だろう?」

 石山パークランドはうちの近所にある遊園地で、あまり大きくはないが、近くに動物園もあるため子連れの客が主なターゲットになっている。

「それでそこに何しに行くんだ?」

「男と女が二人で遊園地。それはデート以外にないだろう」

「お前まさか、とうとう女に目覚めたのか!?」

「ちっがーう! まったくもって的外れな答えだよ雫ちゃん。これはお前の深層意識にある欲求を満たすことで変化に対しアプローチをしようという検証だ」

「深層意識?」

「そう」

 俺の今回の仮説一つ目。

 雫の深層意識、心の奥底にある願望や欲求が異能という形で現れたのではないかというものだ。そしてその欲求が女になりたい、と仮定し今日一日女として雫ちゃんを扱おうということだ。これにより転換に何かしらの変化があればよし。なければそれもよし。

「で、男二人で遊園地デートに行くのか?」

「男二人? 雫ちゃんには女として行ってもらうのだよ。マイシスターカモンヌ!」

「……誰も来ないぞ?」

「あいつ、打ち合わせ通りにって言ったのに」

 どうやらマイシスターは徹底抗戦の意思を示しているようだ。であるならば俺も戦うとしよう。

「雫行くぞ」

「どこに?」

「まあ、一回上がれ」

「お、おう」

 俺は雫を連れ立って妹の部屋の前へ。

「奏、入るぞ」

 ノックのタイミングと同時に声をかけ扉に手をかける。部屋の中では奏がスマホを持ってベッドに横になっていた。

「お兄、何?」

「こいつに服貸して欲しいんだけど」

「「は?」」

 雫と奏の声が重なる。

 奏は雫を見て「誰だこいつは?」という顔をしている。

 雫は「いきなり何を言っているんだこいつは?」という表情で俺を見ている。

 二人はお互いに状況を飲み込もうと必死に頭を動かしていることだろう。そんな二人に分かりやすいように俺が説明をしてやる。

「奏。今からこいつと遊園地デートに行くんだが、見ての通り可愛げもへったくれもない格好をしている。故に哀れなこいつに服を貸して欲しい」

「そ、それは妹さんに迷惑だろ」

「雫。お前は他人に気を遣っている余裕はあるのか? この実験がうまくいけばお前は解放されるのだぞ?」

「で、でも……」

「安心しろ。俺の妹で俺の身内。つまり俺の許可は妹の許可になる。いいか、この世に兄より優れた妹などいないのだ!」

「いや、勝手に話進めないでくれる!?」

 と、今まで静観を決め込んでいた奏からツッコミが入った。話に割って入るタイミングを伺っていたようだが、漸く自分の話すターンが来たという顔をしている。

「それで、その人は?」

「我がクラスメイトの雫だ。こいつに服を貸してやってくれ。お前たちは背丈も一緒だしちょうどいいだろう」

「ちょうどいいって……お兄妹をなんだと思ってんのさ」

「妹だが?」

「はぁ、分かった。今用意するから待ってて。それから服はあげる。人に服貸すの嫌だから」

「そ、それは申し訳ない……」

「雫さんでしたっけ? 遠慮しないでください。返されても困りますから。それに、この後いらなかったら捨ててもいいんで。私は私でお兄に新しい服買ってもらうので」

 それを聞いた雫は俺の顔を見上げる。見上げると言ってもそこまで差があるわけじゃないが。

「気にするな。奏、村島でいいよな?」

「は!?ユニムロに決まってんじゃん!」

 どうやら安価で済ませようというのはダメらしい。村島、俺は好きだけどな。

 とりあえず、妹の説得と服の確保が完了したことで俺たちは奏の部屋を去る。雫は着替える必要があるため俺の部屋に招いた。

「……いや、出てけよ」

「ああ、すまん」

 雫が女になっていたということをすっかり忘れていた。というかあいつの心は男のはずで、男同士風呂も共にしたことがある仲の筈だ。なのに今更何を恥じらう必要があるのか。まさか女の体になったことで精神にも変化が発生し始めている? さらに本人気づいていない。これはかなり重要なことなのでは?

 そう考えた俺は気づいた時には行動に移っていた。

「ぎゃーっ!? 何入ってきてんだ、バカ!」

「ちょ、どけ!」

 俺は机に向かいノートを広げ今思いついた仮説を書き込んでいく。部屋に入った一瞬下着姿の雫が視界に映ったが、今はそれどころではない。

 肉体が精神に与える影響は、肉体の変化が劇的であればあるほど大きくより早くなるのか。

 例えば、体を鍛えていたらメンタルも強くなった。これは肉体が強くなったことが自信となり精神が強くなった。であるとするならば、肉体が女になった時、精神も女になって行ってしまうのではないか。と考えられる。

「雫、お前の心は男のままか?」

 中途半端に服を着ている雫の方を向いて話しかける。そこには女物の下着をチラ見せさせてる雫が呆れた表情で立っていた。

「男だよ。だけどお前はもう少し気にした方がいいと思うぞ?」

「俺に常識がないみたいに言うな。お前が男であるならばこの行動はなんらおかしなものではない。それにお前が女物の下着を身につけていても、俺は何も思わないし何も言わない」

「それは本当に助かる。正直下着姿見られんのが一番恥ずかしかった。でもよ、着ねえと痛えの。こればっかりはわからねえよなあ」

「ああ。分からないな」

 雫の悩みは俺では解決できそうにない。これは一刻も早くこの能力を解明して問題に対処する必要がある。

「では、お前の着替えも済んだことだし、いざ行かん遊園地!」

「おう!」

 デートという言葉に難色を示していた雫だが、意外と乗り気である。懐かしの遊園地が楽しみなのだろう。

 雫(女装バージョン)を連れてバスで石山パークランドへと向かう。石山パークランドは山の上にあり、そこそこ田舎の遊園地という印象を受ける。一番の目玉は観覧車だろう。そしてジェットコースターにメリーゴーランド、ティーカップにゴーカート。絶叫系の見せ場はアポロというアトラクションだ。振り子のような形で座席が動き、頭が逆さまになるまで持ち上げられる。

 観覧車は空に一番近い場所というキャッチコピーで売っている。たしかに県内ではかなり高い位置にあるが、標高2038メートルの巌鷲山がんじゅさんの方が高い。なんて言ったって雲の上の景色だ。観覧車では到底追いつけない。

「雫ちゃん、何から乗りたい?」

「マジで女扱いするんだな……って、手まで繋ぐ必要はないだろ!」

「俺だって覚悟を決めてるんだ。お前が駄々を捏ねったって何も始まらない。それにこれはお前のためでもあるんだ。いい加減お前も覚悟を決めろ」

 踏ん切りのつかない雫に一喝入れる。雫は諦めたように息を一つ吐き、俺の腕に抱きついた。

「やるからには徹底的にやるぞ」

「いい表情かおになってきたじゃないか」

 雫を連れ俺たちは懐かしの遊園地に足を踏み入れた。

 それから多くのアトラクションを乗りグロッキーになったりパレードを見たりして時間を消費していった。当然雫を女扱いすることは忘れず全力でエスコートした。だが、もし俺の仮説が正しければこの実験は失敗かもしれない。むしろ逆効果なのでは無いかとすら思っている。しかし始めてしまった以上、そして今日一日雫の姿を見て、言えなくなってしまった。

「雫、楽しかったか?」

「ああ。最高だったよ。こんな気分になったのは久しぶりだ。やっぱ友達と来るからいいのかもな!」

 夕日に染まる景色。俺たちは空に最も近い場所に座っていた。ゆっくりと流れていく時間と、下に小さく見える人影。この空間には今二人しか乗っておらず、男女が二人。漫画やアニメであればとても甘酸っぱいシーンなのだろうが、ここにいるのは男が二人。

「なあ、なんで雫は泣いてるんだ?」

「は? 泣いてなんか……」

 俺に言われてから気づいたのか、雫は涙を拭う。しかしどんどん溢れてくる涙は止まることなく袖を濡らしていく。

「ハンカチ使え」

「悪い。目にゴミでも入ったかな?」

 ハンカチを受け取った雫は涙を堪えるように目を抑える。少し経つと収まってきたのか、雫はハンカチをポケットにしまった。

「これ、洗って返すわ」

「ああ。分かった」

 久しぶりの遊園地が泣くほど楽しかったのだろうか。それとも何か別の要因があるのだろうか。こんな時に優子の能力が欲しくなる。

 だが、俺はなぜか聞くことができない。俺のためにも、雫のためにも。俺は雫が泣いている理由を聞くことはできない。根拠なんてないのに、聞いてはいけないと思っている自分がいる。

「今日の実験はこれで終わりだ。今後も経過観察をする予定だが、今日はゆっくり休んでくれ。付き合わせて悪かったな」

「いや、俺の問題を抱えてもらってるから文句はねえよ」

「次の実験は四日の夜だ。大丈夫そうか?」

「もちろん」

 雫はまだ目が赤く、涙が流れた跡が残っているが、気丈に笑顔を作った。その表情はどこか無理をしているようにも見えるし、自然体のようにも見える。

「そろそろ終わりだな」

 観覧車も終盤。遠くに見えていた夕日も姿を隠し始め、俺たちが見ていたものも木々に隠され始めている。遊園地に来ていた子連れの家族もいつのまにかいなくなっている。残っているのは二人だけのように感じる、少し寂しげな遊園地。

 俺は雫の手を引いて遊園地に背を向けた。


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