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異能探偵『薙宮』  作者: 山羊山音子
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悪魔儀式

悪魔儀式ってなんだよって思ったわ。

『私の名はファンダ』

「喋った!?」

 俺は思わず声を上げてしまった。

『私が見えているのか。いつの日か見た少年よ』

 霊子を通して、悪霊の声と映像が流れ込んでくる。それによって俺たちは霊との通信が可能になっている。

『私は悪魔。この世界に召喚され、願いを叶えにやってきた者』

「悪霊じゃないのか!?」

『霊とは少し違うな。たしかに同じ思念体ではあるが、出自が違えば存在自体が変わる。魂とはそういうものでな』

 俺たちが悪霊だと思って追いかけていたのは、実は悪魔だったようだ。

『そこの黒い娘には驚かされた。この世界に来てから私を認識できる一人目の人間だったからな。まさか人間ごときの護符に私が近づくことすらできないとは、恐ろしいものよ』

 ファンダと名乗った悪魔は霊子を見て実に楽しげに笑う。昔を思い出しているかのような哀愁のある表情の悪魔に、みんなはどうしていいか分からない。

 現状でまともな人間は一人もいない。霊子は悪霊に意識を集中しているため反応が薄い。奏と雫はシンプルに現実を飲み込めていない。優子は霊子の思念を読み取ることに意識を割いている。エリカは俺と同じように、目の前の未知なる存在に興奮している。

 里美はよく分からない。時折里美の強い思念が紛れ込んでくるが、よく分からないことを考えている。これはなんのイメージだろうか。少なくとも言葉ではない。

「里美、今何考えてる?」

「いやあ、何かに似てるんだよねえ。この悪魔だっけ?」

『私の名前はファンダだ』

「ファンダさ、あれだ。吸血鬼みたい!」

 里美がそう言ったことで、吸血鬼のイメージが突然流れ込んできた。優子の力もまだまだ完璧ではなく、強い思念は通してしまうようだ。

 だが、里美の言うこともあながち間違いではない。洋館に巣食う悪魔。黒い見た目に人間とは一線を画す異様な雰囲気。今は黒い靄のように見えるが、もし形がはっきりしていたら、吸血鬼のようなシルエットになっていることだろう。

『吸血鬼か。面白いことを言う娘だ。奴らは不完全なアンデッドだ。死に切れずまともに生きることも許されない。我々にとっては羽虫のような存在よ』

「そうなの?」

『ああ。吸血鬼というのは神の怒りに触れ、日の下で生活できなくされた哀れな生き物よ』

「へえ。吸血鬼は幽霊じゃないんだ」

『そうだな。奴らには実体があり死がある。全ての生き物は等しく死を抱えている。その点我々のような思念体には死という概念が存在しない。いずれお前たちにも分かる時がくるだろう』

「なんか、面白そう!」

 平然とファンダと会話をする里美に、誰もついていくことができない。

 俺はファンダと里美の会話に、意を決して割って入る。

「ファンダ。この街で異能者が発生している原因はお前か?」

『いかにも』

 ファンダは迷う素振りも見せず即答した。

「お前が与えているものは呪いなのか?」

『呪い? たしかに力を与えているが、呪いとはまた違ったものだ。力をコントロールする人間は強い魂へと昇華される。コントロールできなくとも何か問題が起こることはない。なぜなら、私にお前たちを殺す理由がない』

「そうなのか」

 ファンダは言った。死ぬことはないと。この言葉をどこまで信じていいのか分からない。だが、力を与えている本人がそう言っているのであれば、本当なのかもしれない。

『それに、私たちは契約以外で魂を搾取することは許されていない』

「契約?」

『ああ。我々悪魔は契約に従いこの世界に顕現している。契約に縛られた我々は契約に生きる。神によりこの世に出ることを許された我々に、この世界に悪作用をもたらすことはできないとされている。神の裁きが降るからだ』

 神の裁き。悪魔。いよいよ現実から遠のいた話になってきた。奏や優子はポカンとしていて話についてこれていない。エリカも少し頭を悩ませているようだ。エリカの場合はSFよりの思考をしているため、時間をかければその内勝手に納得するだろう。

「それで、お前が能力を与える目的はなんだ?」

『娯楽、だな』

「娯楽?」

『ああ。私は契約によってこの世界に呼ばれたが、契約を履行すれば自由の身となる。神の裁きが降らぬように過ごしていればいつまでもこの世界にいることができる』

 神の裁きがどういうものかは分からない。だが、こいつが悪魔というならば、力を授けるのに何か代償は対価は必要になるのだろうか。

「俺にも力を与えることは可能か?」

『現状では無理だな。強い結界に守られ私では近づくことができない』

「結界?」

「おそらく何か、お守りのような物を持っていないか?」

 お守り……霊子の護符か。

「持っている」

『それを離せば、私から力を与えることはできる』

「対価は?」

『これは契約とは違う。我々が契約を結べるのは召喚者のみであり、この力を与えるのは私の娯楽であり勝手にしていること。故に対価を求めることはできない』

「そうなのか」

 俺はエリカから手を離しポケットに手を入れた。中には少しシワの付いた、まだ効果を失っていない護符が入っている。

「薙宮殿!?」

 霊子が驚いたような声を上げる。だがその心配も分からなくもない。この悪魔を一番恐れ、警戒していたのは霊子だ。ファンダが悪であるか判断できていない状況で、この取引を行うのは危険だと言いたいのだろう。だが、

「雫。この護符預かっていてくれ」

「分かった」

 俺は雫に護符を渡し正面を見る。エリカから手を離したため、今ファンダが見えているのは霊子しかいない。

「ファンダ。俺はお前の姿が見えていないんだが、俺にも見えるようにすることはできるか?」

 声は返ってこない。もしかしたら何か言っているのかもしれないが、俺に聞こえない。

『……コレデ、キコエテイルカ?』

「おぉ!?」

 見えないと思っていたファンダの姿が、薄い靄のようになって可視化した。

「くっ……強い、力が……」

「霊子!?」

 ファンダの姿が見えたと思うと、霊子が苦しそうに膝をついた。

『ミエルモノニハスコシチカラガツヨスギルカ。デハショウネン。オマエダケデオクノヘヤニコイ』

 霊子を通して聞いていた声よりも不鮮明で聞き取りづらい声。だがファンダは確かにいる。廊下の突き当たり右手にある部屋にファンダが入っていく。

「じゃあ、行ってくる」

「薙宮殿。気をつけてください」

「ああ」

 霊子は俺が止まらないのを知っている。だから、もう止めようとはしないでくれた。

「お兄、大丈夫?」

「友君」

「友、気をつけろよ」

「大丈夫だよ。そんなに重く考えることじゃない」

 俺は皆の心配を背に受けながら奥の部屋へと足を進めた。ファンダは扉をすり抜けていったため扉の前で一度止まる。

「よし」

 扉の前で息を吸い込む。覚悟はできた。後は中に入るだけ。

 俺は扉に手をかけゆっくり中に向かって押し出した。

「こ、これは……!?」


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