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《 Infinity Pioneer Online 》~一般人の兄が妹にオタクに染められる話~  作者: いちにょん
間章 桜、再び芽吹くその日まで
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桜、再び芽吹くその日までー3

☆ sideー二三桜樹


「んっ…」


 午前四時。部屋に鳴り響く鐘の音が耳に入り、少しずつ意識を覚醒させていく。

 携帯のアラームを止め、固まった体を軽く解した後、目を擦りながら洗面所に向かう。


 今日は夏休み最終日。先日、九月六日から通う予定の私立ルーミナ高等学校へ転校する事が決まった。転校と編入に違いが良く分かっておらず、色々と面倒事もあったが、全蔵とマーちゃん(とある組織)バルク(とある企業)が秘密裏に介入したことにより、詰まっていた段取りが嘘のように進んだ。あなた達は何をしてるんだ。


 あくびを噛み殺しながら洗面所で顔を洗い、歯を磨く。昨日の家に朝食は作ってあるのでまだ寝ている香織に『冷蔵庫に朝食置いてあります。チンして食べてチン』と置き手紙を残してあるので朝食の心配はいらない。

 俺は帰ってからでもいいかと、冷蔵庫に入れてあったinゼリーを手早く食べると、引越しの為に大分片付いた部屋へと戻る。


「これを着るのも久しぶりだな…」


 タンスの隅に掛けてあるユニフォームを取り出すと、少しそれを眺める。

 あれかれ早二ヶ月。この二ヶ月は色んな人に心配され、励まされ、常識を破壊され、オタクの沼に足を突っ込み、でら大きい動物と死に物狂いで戦った。……後半が混沌を極めている。


「よしっ」


 アンダーウェアの上から『明日ヶ丘学園』と刺繍の入ったユニフォームを羽織り、昨日のうちに用意しておいたエナメルバッグを持って玄関を出る。


「行ってらっしゃい」

「起きてたのか…いや、起こしたか?」


 少し土汚れの残る白のスニーカーを履いていると、後ろから香織から声がかかる。寝巻き姿で、髪にも僅かに寝癖が残っているので、もしかしたら俺の物音で起きたのかもしれない。そうだとしたら申し訳ないことしたな…。


「起きてたが正解。何かしようとしてたみたいだから」

「今から寺本の家を襲撃しようかと」

「寺本くんの部屋ってなんかあった?」

塵芥(ちりあくた)と大量のエロ本」

「総じてゴミ屋敷じゃ…ちゃんと掃除するように言ったら?」

「その歳で親父ギャグか?伯父さんに似てきたな」


 香織のお父さんは我が家では珍しい頭皮の涼しい人だ。しかし、顔が整っているので活かしたスキンヘッドのように見えるが、ストレスによるものだと以前言っていた。

 年齢的にもそうなのか、俺が中学生の時からうすら寒い親父ギャグを連発するようになり、中々に気を使う。


「パパのはもっと寒いよ。氷河期と間違えてマンモスが生き返るくらいには」

「マンモスって氷河期で植生物が変わったことが原因で絶滅した説が有効だったような…」

「マンモスを絶滅させたのはパパだよ」

「伯父さん何者だよ…」

「吸血鬼の第四神祖らしいよ」

「お前…勝手にDVD見たな…」

「中々に面白かった」


 香織の家にはテレビが無いと伝えると大量のアニメDVDとポータブルDVDプレイヤーをセットで送り付けて来た桜華。

 てっきり編入試験とかあるのかなと復習がてら勉強の合間に消化していたのだが、俺がVRにログインしている間にこっそり見ていたようだ。

 喜べ桜華。オタクの沼に引きずり込めそうな奴がここにもいるぞ。



「っぅ……ただ歩くだけでもキツいな…」


 香織の家から徒歩二十分程で明日ヶ丘学園に着く。香織は自転車を使って通学しているのだが、今の怪我だらけの俺の体では自転車を漕ぐ事も無理の範囲に入ってしまう。

 体を労りながらゆっくり時間を掛けて歩いて来たのだが、それでも靭帯がズキリと痛む。


 午前五時半。今日は殆どの部活が休みで、大会が近かったり、日程が残ってる部活はこんな朝からでも部活に勤しんでいる。

 学園に入るといつも運動部の声や吹奏楽部の楽器の音が鳴り響く学園内もいくばかりかは静かだ。


 校門から少し歩いて馴染み深い校庭へと足を踏み入れる。

 着いてそうそうだが、バックネットの裏に置いてあるトンボを手に取り、脱帽してグラウンド一礼。

 十五分程かけてしっかりと内野にトンボを掛け、エナメルバッグからグローブとボール一つ、ロージンバッグを取り出す。

 高校に入ってから四足目になるスパイクに履き替えて、靴紐をしっかりと結ぶ。


 手入れをサボっていたせいで少し硬くなったグローブに「しまったな」と顔を(しか)め、ボールを掴む感触を確かめる。


「ふぅ……」


 春の選抜。決勝戦。ランナー無しのツーアウト。ツーストライクであと一球、いつも通り投げれば終わりだったあの試合。

 しかし俺は、その最後の一球を投げることが出来なかった。


「シャッスッ!」


 グラウンドに再び脱帽して一礼。

 マウンドに上がり、プレートの傍に手に持ったロージンバッグを落とす。久しぶりのマウンド。

 この広いグラウンドの中で一番高い場所。僅か十インチの頂き。その頂きに俺は、二ヶ月振りに立っている。


 手に付いたロージンを軽く息を吹きかけて飛ばし、ボールの縫い目を指でなぞりながら俺はゆっくりとセットポジションに入る。



 転校する前に最後にやり残したこと。



 二ヶ月前から止まった時間を自分の手で区切りを付ける。



 ゆっくりと振りかぶり、全身の痛みに耐えながらなるべく前のフォームに近づかせながら俺はボールをホームベースの少し先に向けて投げる。


 ふわりふわりと山なりの軌道でホームベース手前でワンバンしたボール。そして数度、バウンドを繰り返し、ボムッと小さな音を立ててバックネットに当たる。


「あーしたっっ!!!」


 腰の後ろで手を組み、何故か込み上がる涙を堪えながらこのマウンドに感謝としばしの別れを告げる。

 

 最後に再びトンボをかけた後、寮の監督室にい高橋監督にお礼を言いに行った。

 いきなり今、一番好きなものはなんだと聞かれて、悩んだ末にゲームと答えたらその話を聞かせろと一時間ほど《IPO》の話をした。高橋監督も野球一筋の人生を送ってきた人だ。話のほとんどが分からなかったと思うが、高橋監督は俺の話を楽しそうに聞いていた。

 そして最後に『お前の無茶を止められなかったのは俺の責任だ。すまなかった』と頭を下げた高橋監督に、俺は気にしないでくださいと伝えて寮を後にした。


 無事に止まっていた時間を進めることが出来た。たった一球だけだが、無理に投げたことで全身が痛いはずだが、どこか足取りは軽かった。


 校門の近くに植えられた桜。そろそろ夏も終わりだと言うのにまだまだ暑く、桜は青々と葉を付けている。

 もうこの桜を見ることは無いのだろうが、きっと春には綺麗な花を沢山咲かせるだろう。




 ───────桜、再び芽吹くその日まで。 完




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