桜、再び芽吹くその日までー1
☆ sideー二三桜樹
「いやぁ…眠い……」
《白帝》を倒した後、30分の休憩を設けて栄養補給に、トイレに行ったりと休憩する為にログアウトした。
…その後が凄かった。
再びログインすると『アヴストュニール商会』を含めた多くのプレイヤーが《トマホ平原》に駆けつけていた。
なんでも掲示板が大盛り上がりだったらしく、朝早いといのに多くのプレイヤーが中継を見ながら応援してくれていたようだ。
ミサキさんのカリスマ性って凄いんだな。あの事態を収集付けるなんて…。
俺達も疲れているということで一時、解散。寝れるかなと少し期待したものの、街の手前でオーカやヲタキング達と合流した瞬間、どんちゃん騒ぎ。そのまま商会に移動して宴会だった。
そりゃもう漫画かよって言いたくなるくらいの豪華な料理が並んでおり、あっちこっちで呼ばれて話して、弄られて…一発芸やらされて……あと、カグヤとも一悶着あったものの、ミサキさんがどうにかしてくれるようだ。
「あ~…体が痛い」
疲労軽減シートに、定期的に体を電動で揉みほぐしてくれたりと何かと内部構造以外の利便性が凄まじいこの高級椅子型VR機器。しかし、半日以上同じ姿勢を取っていれば流石に体が固まってしまう。
「よっと…今は…四時半か。いててっ、やっぱりVRした後だと体が重く感じる」
軽く上体を延ばしたり、肩を回したりして筋肉の凝りを解す。
ついでに時計を見ると午後四時半。少し夕飯が遅くなるかも知れないが、作るか…。
「おっ、やっと出てきた」
「おはよ…部活は?」
「コーチが急用で監督役がいなくなったので午後過ぎには解散した~」
「なるほどな」
リビングに行くと頭にバスタオルを巻いて、女性誌を広げてソファに座る香織を発見。
いつもならまだ部活の時間なのに、シャワーを浴びて部屋着に着替えている所見ると本当に早く終わったようだ。
「そっちはもういいの?」
「うん、全部終わって騒ぎに騒いで四次会までしたからな…まぁ、まだ続いてるみたいだけど」
「元気だねぇ……私ももう歳かなぁ」
「それだとタメの俺も歳になるだろ。まだまだ俺は元気だぞ。おばあちゃん、はいどうぞ」
「おっ、悪いね~」
香織と話をしながらポチッとスイッチを押せば直ぐにお湯が沸く素晴らしい文明の利器を使って温かいお茶を入れる。昆布茶が凄く好きです。
夕飯前なので量は少なく、先日買った漬物と近所のおばあちゃんから貰った梅干しを小皿に盛って香織に差し出す。運動後は塩辛いものが食べたくなるものだ。塩分補給は大事に。
「う~~~!!すっぱぁぁぁい!!!……ん?私の顔に何か付いてる?可愛すぎて見蕩れてた?」
「ひょっとこみたいな間抜け面だなと」
「素直な意見をどうもありがとう。君は女の子を素直に褒められないのかな?」
「睨めっこ強そうだよな」
「おっと、遠回しなディスりを受けた気がするぞ?」
口を『*』のように窄めて梅干しを口にする香織。なかなかに面白い顔だが、流石は桜華の従姉妹というべきか…現役人気モデルの桜華から幼さを取り除いたような容姿をしている香織は傍目から見たら美少女なのだろう。
俺たちの親戚は異常に顔面偏差値が高い。そして何故か女性陣は似たような顔をしている。年代が近いほど瓜二つに見えるし、並ぶと経年劣化を見ているようだ。
以前、桜華が『うちの一家はアルトリアかっ!?あぁん!?』とか叫んでいたのを思い出す。
「今日の夕飯はなんじゃらほほほい」
「なにその独特のリズム」
「天啓かな」
「卵まだあったかな」
「人の話を聞けーい」
「夕飯は内緒でござる」
「なんでござる?」
「最近、忍者の知り合いが出来た故…にんにん」
「私、未だに幼稚園の桜樹が短冊に忍者になりたいって書いてたの覚えてるわ」
「俺もお前がケーキになりたいって言ってたの覚えてるよ。その夢は叶いそうか?」
「なんでそんな余計なことまで覚えてるかなぁ!?」
「お互い様だろ」
空いた小皿とマグカップを持ってキッチンへ。そろそろ夕飯の支度をしないと行けないので香織の暇潰しの相手になりつつ、冷蔵庫から食材を取り出していく。
「桜樹の今の夢は?」
「ゴジラ」
「おっほい、夢の実現度合いが幼稚園から変わってないぜ旦那」
「そういうお前は?」
「お嫁さん」
「片腹痛い」
卵、玉ねぎ、ウインナー…がないのでベーコン。ピーマンは香織が嫌いなので…まぁ、刻んで入れればバレないだろう。この前もアスパラガスが苦手と言っていたので近所の叔父さんから貰ったアスパラガスをキュウリって言って出したら美味しい美味しいとか言いながら喜んで食べてたし。
「そう言えば、夏休みの課題は写し終わったか?」
「ばっちぐー!助かっちゃった。お礼は何がいい?」
「皆が笑って暮らせる…世界……かな…」
「バレンタインのお返しの比じゃないくらい倍率補正かかってない?」
「気のせいだろ」
暇な時に頭に叩き込んだレシピを思い出しながら料理を開始。香織にはなるべくサプライズしたいので匂いのあるものは後回しで…。
いけない、いけないご飯を用意しないと…今は四時十五分…充分間に合うな。早めに気づいて良かった良かった。
「お米が怒った」
「はいはい。ネタが無いなら動画でも見てろよ」
「オーケー、二三桜樹の天然インタビュー切り抜き集でも見てるよ」
「おい、やめろ」
「87分」
「嘘だろ、そんなにあるのかよ…」
切り抜いてドラマよりも長い俺の天然発言集とは一体…。
「再生回数270万、高評価12万…人気者だね!」
「知りたくなかったそんな事実…」
「中学最後の大会、見事優勝を果たした桜樹くんの一言『連覇を狙っていきたい。あ、来年高校か』」
「読み上げるな」
「海外記者に『七回裏、あそこで打たれなければ余裕が出来たと思いますが、何故あそこでストレートを投げたのですか?』という質問に対して英語が分からずに困っていると、近くにいた海外選手に声をかけて通訳をして貰い…満面の笑みで…『ビーフ!』と答える」
「騙されたんだよ!お前の好きな物聞いてるぞって!!」
「インタビューだけ見ると頭のおかしい人にしか見えないねぇ…」
酷い話だ。ニヤニヤとボイスレコーダー片手に現地の記者がインタビューに来たのだが、生憎、ネイティブ発音とスラングが混じった記者の言葉をリスニング出来るほど英語が得意では無いので一緒にランニングをしていたアメリカ代表のエリックに通訳を頼んだらあの様だ。
「このオジサンはオーキの好きな物を聞きたがってるみたいだよ。美味しいお店を紹介するとも言ってる」なんて言うからアメリカのジャンボステーキを期待して「ビーフ!」と答えたのだが、向こうの記者も鳩が豆鉄砲食らったような顔したあと、爆笑してやんの。
「悪い、香織。醤油切れたから買いに行ってくれないか?」
「醤油?まだなかったっけ?」
「さっきコーヒーと間違えて一気飲みしてなくなった」
「もう少しまともな嘘つこうよ!?まぁ、行ってるけども……あ、楽しみにしてるね」
ぶつぶつと文句を言いながら外着に着替えるために部屋に向かう香織。最後にひょっこり顔を出して「にししっ」と歯を見せて笑うとご機嫌な様子で部屋へとスキップで向かう。
流石に態とらしすぎたかな…?そもそもコーヒー買ってきて言えば良かったんだよ。何故醤油をチョイスした過去の俺よ。
まぁ、結果追い出すことに成功したのでちゃっちゃと作りますかね。
☆
「醤油を買いにゲームセンターとカフェに寄ってきた香織さんがご帰宅ですっ!出迎えご苦労!!」
「クレーンゲームの商品にでもなってたのか?」
「商品はお菓子の詰め合わせです」
「醤油は?」
「朝ご飯、桜樹が自分で食べろと言うことで卵かけご飯食べたので醤油があることはしっかりチェックしてまーす!」
「ちなみにコーヒーは?」
「コーヒー…?うちにあったっけ?」
「選択肢をミスしたか…」
ガチャガチャとドアノブを回す音が聞こえたので濡れた手をハンドタオルで拭いて香織を出迎える。
どうやらゲームセンターとカフェでかなり時間を潰してくれたようで、途中から香織の帰宅を考えずに料理に集中出来た。
「ん~~、いい匂い。ハヤシライス?」
「まぁ、見てからのお楽しみってことで」
玄関で話込もうとする香織の背中を押してリビングへ。中々の自信作なので早くお披露目したいところだ。
「ということで作りました。デミグラスソースのオムライス。ナイフでとろーっと」
「おぉぉぉぉ!!早速作ったの!?すごっ、美味しそう!!映えってやつ!?撮っていい!?広めていい!?!」
「好きにしてくれ…」
予想以上の香織の喜びっぷりに若干引き気味の俺。人って予想を超える反応をされると照れる以上にドン引きするんだね。
とは言え、ここまで喜んで貰えるのは嬉しい。特にこの子供のような屈託のない笑みなんて桜華そっくりだ。向こうに戻ったら《・・・・》作ってやるか《・・・・・・》。
「冷めないうちにどうぞ」
「いっただきま~す!!!」
ナイフでオムレツ部分を切り、トロリと中身がこぼれる卵に「はわわわわわわわ」などと奇怪な声を上げる香織を見ながら俺もいざ実食。
「美味しい!」
「そりゃよかったよ」
「久しぶりにこんなの食べたなぁ」
「まぁ、たまにはな」
「ぜっっぴん!!!」
この料理は行き場に困っていた俺を何も言わずに泊めてくれたお礼。そして最後の餞別といったところか。
「香織」
「なに~?」
「俺、愛知にもどるよ」
「……そう。叔父さんには?」
「まだ。だけど、明後日に時間取ってもらってるから一度愛知に戻って話してくる。手続きが色々とあるけど、九月の頭には出来ると思う」
「引越しは?」
「業者に頼むよ。そこは小遣いでなんとか」
「そっかぁ…寂しくなりますなぁ…」
「とか言って、大学は愛知だろ?」
「まあ、同じく小学生からスカウトされてますからねぇ」
「実家の集まりがあれば顔合わせするし…その…なんだ……ありがとう……」
「人の胃袋握るだけ握って帰るってひどい話だわ~」
少し前から考えていた事。野球という道が断たれた今、大阪でやりたい事は正直無いに等しい。
父さんはプロ野球選手で母は大学教授。仕送りは気にしなくていいと散々言われて明日ヶ丘に来たものの、プロ野球選手になって恩返しすることを前提に甘えさせてもらっていた。それが無くなった今、ただ家族に迷惑を掛けるのは心苦しい。
ただでさえ高校に入ってから一回も実家に戻らない上に、そこまでしていた野球を捨てなければならなくなった俺を気遣って今も色々としてくれている。
踏ん切りが付いたのは《白帝》を倒した時。色んな人と触れ合うことで、カグヤを助けたことで、俺の中で心の整理がかなり付いた気がする。
「前々から考えてはいたんだが…悪いな。急な話して」
「そんなこと言いつつ、荷物の整理初めてたでしょ」
「…タイミングを見計らっていたってのが正しいかな」
「まあ、向こうでも頑張りなさいな。野球以外でも桜樹なら才能あるんだから何でもできるよ」
「ありがとう。実は、少し気になってるとこがあるんだ」
「へぇ…弁護士が何か?それとも野球に関わる職種?」
野球選手以外の選択肢を考えたことが無かったが、いざ野球が出来なくなってこれからどうしようか…そう考えた時にこれならと思えたものが一つあった。
まだ確かじゃないけど、これを目指せるように、いつか自信を持ってこれになりたいと言える日が来るといいな…。
「いや、野球は関係ないんだ───────




