第四十五話 鎖縛の姫と白き帝ー22
次回で終わる。予定です。
☆ sideーオーキ=ペンデレエーク
「オーキさん!」
「はい!」
エミリアさんを踏み台に、《白帝》の脇腹辺りまで飛び上がる。
そして両手に握られた槍斧を無数に付けられた傷跡に重ねるように振るい、突く。
「時間は…残り45分…!!」
「HPは三割強…ここに来て物理遮断と魔法遮断が断続的に入れ替わるせいで思ったように削れてないでござるな。それにあの飛ぶ石…なかなかに面倒でござる」
「このままだと時間切れだ!!」
気にしてはいけないと分かっていても時計が気になってしまう。一時間を切ったあたりから特に気になり始め、今では《白帝》に攻撃する毎にチラリと視線が吸い寄せられる。
『オーキ氏、横!!!』
「くそっ!!!」
思考を少し外に飛ばしただけでそれを狙いすましたかのように《白帝》から攻撃が来る。
俺は、ヲタキングからの通信を受け、ほとんど攻撃を視認していない状態で直感頼りに横から迫り来る鉢を横っ飛びで避ける。
「厄介だな、あれ!!」
《白帝》の特殊モーションである『仏の御石の鉢』。
俺の上半身ほどの大きさの黒光りする鉢が《白帝》の手足のように空中を縦横無尽に駆け巡り、攻守の役目を担う。
尻尾のように後方だけでなく、360度どこからでも攻撃を仕掛けてくる。加えて、あの小回り…今まで大振りの一撃に警戒を置いていたところにあのスピード感のある攻撃。これまで築いてきたテンポが乱される。
「取り付く島も無い…!」
息を整えながら、全体に視線を巡らせて次の攻撃が来ないことを確認する。
五割を切ってからほぼノータイムで五つの特殊モーションのどれかを放ってくる。
その中でも物理攻撃遮断が厄介だ。魔法攻撃をほぼ持たない俺は、周りのフォローに入って貢献はしているものの、ダメージでの貢献は0に等しい。
「何か打開策は……!」
奥歯をギリリと噛み締め、必死に何か無いかと考えるが、思考が深く入ろうとした途端に左右から鉢が襲ってくる。
「くそっ!邪魔だ!!」
槍斧を振るって正面から迫る鉢を叩き落とし、《白帝》の足に攻撃を加えるがダメージはほんの僅か。
塵も積もれば──と言うが、今は積もる時間が酷く惜しい。
『全員、私が一か八か削る。後はお願い』
苛つきと、焦燥が重なって一分が長く、そして重く感じる。攻撃の振りも大きくなり、上手いように遠心力を使えていない。
どうすれば…そう思っていたその瞬間、オーカが通話を通して覚悟を決めたと分かる芯のある声で呟く。
『今だけスポットライトは独占させてもらうよ』
☆ sideーout
現在の《IPO》では、トッププレイヤーが最初期に選んだ職業や種族を上位のモノへと変更している。
特定のNPCとの親密度を上げたり、クエストを達成したり、特定のモンスターを一定数討伐したりと、条件を満たすことで『初期職』から『上位職』へ。『通常種』から『上位種』に移り変わっている。
そしてオーカの職業は初期職の『賭博師』であるが、種族は《IPO》でただ一人、『神』の名を持つ『死神族』。
現実世界とは異なる歴史を歩んできた《IPO》において『神』とは目に見え、耳で聞き、触れることすら可能なもの。
《地球》よりも根強く、根深く、『神』という存在は多くの人々に認識されている。
「 『 Grim Reaper 』 」
その中でも『死神』という存在は、最も人々に恐れられ、最も身近にいる存在として《IPO》の世界に広まっている。
───────死神とは天災である。
───────死者の魂を従え、
───────死を弄び、
───────死を呼吸のように呼び寄せる。
───────ふと、誰かの命を狩り、
───────ふと、大事な誰かを奪い去る。
───────人々は死神の気まぐれを恐れ、
───────人々は神に助けを求める。
───────死神もまた『神』だというのに。
「自らをチップに、狂った賭けを。『死神賭博』……」
『死神賭博』とは、『死神族』と『賭博師』の混合スキル。
自らを構成するHPを代償に相手のHPを刈り取る最悪最凶のスキル。
このスキルはプレイヤー、NPC相手になら無類の強さを誇る。
役を揃えれば自ら削ったHP値に役の強さ分、倍増させて相手のHPを削ることが出来る。例え、ワンペアでも、『アヴストュニール商会』の最先端装備を着込んだオーカなら《IPO》に存在する八万のプレイヤーの九割以上を全損させることが出来る。
しかし、この『死神賭博』はPvPに置いてはオーキの『暴食の罪』以上にチートと呼べるスキルだが、PvEではそう簡単にはいかない。
ただでさえHPが高く設定されたモンスター。役を揃えて倍率を上げても、削り切る事は難しい。特に《白帝》などのレイド系モンスターのHPは億を超えていく。
オーカの総HPはバフ込みの最大でも1000に届かない。それで億単位を目に見て削ることは乱数要素がかなり関わってくる。
この『死神賭博』は他にもいくつか厳しい条件が付きまとう。五枚のカードのうち、相手の攻撃を受ける度にカードが一枚、固定される。
そして、手にしたカードを引き直すには相手に攻撃を加えた後、MPを消費することで引き直す事が出来る。
MP、もしくはMPと等価値のものが尽きた時点で強制的にドロップ。
「最後まで戦いたかったけど…」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるオーカ。
その言葉が示すようにこの『死神賭博』はHPが全損した時点で蘇生アイテム及び蘇生魔法を含めた死亡したプレイヤーを生き返らせる行為が無効となる。
つまり、オーカがこの場でHPを全損した時点で蘇生は不可。このフィールドから強制退場。再び、セーブ地点で復活しても《白帝》と戦うことは出来ない。
「私のチップは全HP。運営のお情けで負け確全損で対モンスター相手にだけ倍率更に二倍!!私のHP、全部持ってけクソ猫野郎!!!」
オーカの『ベット』の合図により、オーカの目の前に五枚の半透明のカードが並ぶ。
ハートのQ。
スペードの5。
ダイヤの4。
ダイヤのJ。
クローバーの4。
「この段階でワンペア…だけどそんなんじゃ全然削れない…!!」
『死神賭博』は『死神』の気まぐれの暇潰し。大きな役を出してこそその性能を発揮する。
オーカが狙うのは最低でもストレートフラッシュの7777倍。
その確率7万分の1
───────0.0015%
引き直しが存在する以上、その確率は高くなっているものの、狙って引けるようなものでは無いのは確か。
「絶対に引く…!」
オーカは青白い火玉を大鎌に纏わせて《白帝》に振るう。
ダイヤの4を残して4枚をチェンジ。オーカの総MPの四割が一気に削れる。
ダイヤの4
クローバーの2
ダイヤの6
ハートの3
ハートの5
オーカは一瞬、手元にきたカードをみ見て目を輝かせるも、すぐに唇を噛んで舌打ちを零す。
ストレートの倍率は10。これでは全く足りない。
「もう、いっちょぉぉぉぉぉ!!!!」
オーカはダイヤの4とダイヤの6を残してカードチェンジ。この時点でオーカにはストレートフラッシュ以外の選択肢は見えていない。
オーカのMPがまた削れ、残すMPは3割。
ダイヤの4
ダイヤの6
ハートのK
ダイヤの9
スペードの1
「違う…!ダイヤの4…ダイヤの9…どっち、どっちを捨てるのが正解!?いや、次が最後じゃない。ここで2枚引いて…!!」
悩みに悩んだ末にオーカが出した結論はハートのKとスペードの1を捨てること。
そしてオーカのMPの残りは1割。
ダイヤの4
ダイヤの6
ダイヤの9
ダイヤの7
スペードの9
「まだ…まだ!!」
オーカはアイテムボックスに保険の為に残しておいたMP回復薬を飲み干し、一か八かで残りMP全てを使ってスペードの9とダイヤの9をチェンジ。
ダイヤの4
ダイヤの6
ダイヤの7
ダイヤの8
ダイヤの───────
「お願い!来て!来てよ!ここで引かなきゃダメなの!!!」
喉がはち切れんばかりに、神にも縋る勢いで必死に祈るオーカ。
そして目の前に置かれた最後のカードは…
───────10
無常にもオーカの目の前に現れた最後のカードは、ダイヤの10。最後の選択肢でダイヤの9ではなく、ダイヤの4を捨てて入れば…奇跡は起こっていた。
「まだ、まだ…この体を使えば……!」
オーカの目に諦めは無い。
『人族』や『エルフ族』、多くの種族を含めたプレイヤーの体の中には『魔力器官』と呼ばれる、魔力の元を作り、魔力を作り出し、魔力を蓄える機能を持った特殊な器官が存在するとゲーム内設定で公表されている。
しかし、『死神族』の設定は通常と異なり、『魔力器官』を持たず、自らの体そのものか死と魔の力によって形成されている。
この『死神賭博』はMPまたは、MPと等価値のものが無くなれば強制終了。しかし、『死神賭博』はまだ終わっていない。
つまり、オーカは、オーカの体そのものを差し出せばまだ、この狂った賭けを続けられる。
「腕一本!!!」
オーカがそう叫ぶと同時にオーカの左腕が消滅する。
オーカは腕が無くなったことで狂った平衡感覚に苛立ちを覚えながら全蔵を踏み台に、飛び上がる。
そして振るわれた大鎌。見事、オーカの攻撃が《白帝》に振るわれる。
クローバーの8
「違うッッ!!!左足!!!」
一目見て違うことを確認するとオーカは迷うことなく、左足を代償にクローバーの8を…そう思った瞬間、オーカの体に鉢が突き当たる。
そして固定されたカードはクローバーの8。
「あきらめて……諦めてたまるかァァァアアア!!私の体、全部持ってけぇぇぇぇぇ!!!」
オーカは右手に握られた大鎌を空に向かって放ると、その体を完全に消滅させる。
そして《白帝》の体に回転しながら落下してくる大鎌。
しかし、オーカの投げた大鎌は再び横から割り込むように飛んできた鉢によって弾かれる。
大鎌は回転を止め、《白帝》の体から外れて落ちていく。
(お願い…さく兄………)
鉢によって弾かれた大鎌に近づく影が一つ。
「俺がッッ!!穿つッッ!!!」
妹のバトンを受け取ってその大鎌を握りしめたオーキ。その場でクルリと一回転すると、《白帝》に向かって放り投げる。
今度は片腕を失って不完全だったオーカの一撃とは違う、勢いと想いの乗った一撃。
大鎌目掛けて鉢が集まってくるが、もう遅い。
オーカの大鎌が《白帝》の体を傷付ける。
クローバーの8
クローバーの9
クローバーの10
クローバーのJ
クローバーのQ
オーカの総HP967
ストレートフラッシュ倍率7777倍
チップ…総賭け
967×7777×2=15040718
1500万を超える大ダメージが《白帝》を襲う。
『ッ…グッ…ァァァアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛』
苦しみの声を上げる《白帝》。
残りHP…一割三分
残り時間…三十分
(ざまぁみろ…)
オーカは《蘇生不可能です。最終セーブ地点復活まで3秒》というウィンドウメッセージと共に《白帝》の姿を見てほくそ笑むと、ミサキ達の元へと消えていく。
☆ sideーオーキ=ペンデレエーク
「オーカ…待ってろ、祝報もって凱旋してやるからな」
オーカが一か八かの踏ん張りを見せた。形勢逆転だ。これで負けたら兄として顔向け出来ない。
「行くぞぉぉぉぉ!!!」
「最後でござる!皆、踏ん張れぇぇぇ!!!」
「押せ、押せ、押せ!!!」
皆の目にも闘志が戻り、これまでに無い勢いで《白帝》を圧倒していく。
キツい…キツいが、最後の…最後の踏ん張りだ。絶対に倒れてやるか!!
「オラァァァ!!!」
手に伝わる確かな手応え。ここずっと無かったクリティカルの感触。
よし、過去最高にノって来てる。一撃一撃を大切に、確実に…!
左手に構えた槍斧をアイテムボックスに戻し、右手の槍斧を両手に握って一撃に集中する。
「いける!!いけるぞ!!!」
残り二十五分。残りHP一割。
後は押し通すだけ…ここで俺も『暴食の罪』の残った切り札を使えば、火力も上がる!!時間制限付きだが、使うならここしか無い…!!
「『絶───────
スキルを発動しようとした瞬間、背筋にゾクリと悪寒が走る。
何だこの感じ…確かに《白帝》の存在感、威圧感は凄まじい。あの絶望に似た雰囲気を感じるには十分だった。だが、これは感じたことの無い…漠然とした嫌な感じ。
『 【月転】 』
《白帝》がこれまでに無い程静かに、そう、小さく呟いた。
「ガハッ!?」
突如、体を襲う凄まじい圧力。衝撃で肺の空気が押し出され、全身を衝撃が走る。
持続的に物凄い力で強制的に地面に縫い付けられる。立ち上がることすら出来ない程の力。
視界の端に移るステータスに『月転』のバッドステータス。
目を凝らして詳細を見るが…
ーーー
『月転』
月葉kあRuく、【ー】は重い。地HA転じtE月【ー】成し、地は月と【ーー】反転巣rう
ーーー
ノイズが走ったように次々と文字が化けて、表示されてを繰り返す。
こんな時まで…!役に立たない……!!
「ガッ…グッ……っ……ぁら……!」
歯を食いしばり、首をなんとか動かして《白帝》を見上げる。
その目は黒く濁り、じっとある方向を見つめていた。
ふざけるな。ふざけるなよ…お前…どこを見ている……!!
カグヤ───────!!!
???『【───────】の覚醒を確認。プレイヤー勝率100%…Error…ストーリー改編。最適解を算出。《白帝》の【─────】を『月転』に変更。プレイヤー勝率100%…clear…オールグリーン』




